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YURIホールディングスPresents プレイヤーズヒストリー 田中雄大編

目の前にある瞬間を精一杯生きることが、今の自分にできる何よりも大事なこと。その積み重ねが正しければ、きっといろいろなものが後から付いてくる。そうやって今までも日々を過ごしてきた。「地道にコツコツと努力した結果、気が付いたらとんでもない所にいたり、パッと後ろを見たら目標が達成されていたり、そういう感覚が凄く良いなという想いはあるので、目の前の1つ1つのことに集中して、今やるべきことをやっていきたいなと思いますね」。ブラウブリッツ秋田を最後方から支える守護神。田中雄大はそうやって、今までも、これからも、ひたすら日常を積み重ねていく。

田中 雄大(たなか ゆうだい)
1995年11月17日生、宮城県出身。
2020年、ブラウブリッツ秋田に加入。
ポジションはゴールキーパー。
https://twitter.com/yudai_official1
https://www.instagram.com/yudai_official1

のちの職業になる“ゴールキーパー”との出会いは、父親の提案によるものだった。「小学校3年生の時に、僕らの学年にはキーパーがいなかったんですけど、ちょうど僕の父がチームを見ていたので、『オマエがやるか?』と」。目立ちたがり屋の少年は、他の選手とユニフォームの色が違うポジションだということもあって、前向きに新たな役割へトライしていくうちに、少しずつ楽しさの領域が広がっていく。

宮城県名取市出身。小さい頃からユアテックスタジアム仙台に通い、ベガルタ仙台を応援してきた。「観客との距離感も近いですし、応援も凄いので、プレーしている選手を『うらやましいな』と思っていましたね。小さい時は9番のマルコスのユニフォームを着て、ユアスタに行ってました」。

地元で成長し、そのままベガルタでプロサッカー選手になりたいと、自らの将来を思い描いていたが、中学校2年生の冬に、あるチームと出会ってしまう。「青森山田が高校選手権で準優勝したんですけど、カッコよかったんですよね。それまではその存在も知らなかったので、『ああ、東北にこんな強いチームがあるんだ』と思ったんです」。テレビ画面の中の選手たちが、キラキラと輝いて見えた。

「その時にちょうど進路調査があって、第1希望として『青森山田高校』だけ書いたんですよ。第2、第3希望を書かずに。そうしたら、その日の午後にすぐ職員室に呼ばれて、先生から『ちゃんと書きなさい』と言われて、『いや、ちゃんと書きました』と。半分怒られているような感じだったのを覚えています」。

厳しい選択だということは百も承知。それでも、あの“キラキラ”が忘れられなかった。「父親に『青森山田に行きたい』と言った時も、反対されなかったですし、理由もそこまで聞かれなかったですけど、『覚悟があるのか?』って、その一言だけ言われたんですよね」。15歳の春。宮城から青森へ。大きな覚悟を携えて、田中は新たな環境へ1人で飛び込む。

ターニングポイントは唐突に訪れる。高校2年生の高校選手権。そもそも一度は“メンバー外”を覚悟していた大会だ。「選手権のメンバー発表をする時に、当時の青森山田は25人のメンバーの中に、キーパーが2人しか入らなかったんですけど、青森山田のキーパーは『この選手で行く』となったらなかなか序列も変わらないので、このメンバー選考で同級生に負けたら、来年の1年間はもう厳しいという想いはあって、必死に練習から頑張っていたのに、“1番”は1つ上の先輩が、“12番”は同級生が呼ばれたんです」。

周囲の音が消え、絶望に近い感情に支配される中で、自分を呼ぶ声がかすかに聞こえてくる。「『ああ、父さんと母さんに申し訳ないな』って。『もう試合に出られずに3年間が終わるわ』と思っていたら、『…雄大』って聞こえたんです。自分の意識の外から。何が起きているのかわからなくて、メンバー発表が終わってみたら、自分は“21番”で呼ばれていたんです。GKコーチの方が『ドキッとした?』みたいに言ってきて(笑)。『今回は3人で行くことになったんだよ』と」。迎えた高校選手権の初戦。スタメンで出ていた先輩のゴールキーパーが前半で負傷。プレー続行が難しくなると、後半からピッチに出てきたのは“21番”だった。

3番手からの下克上。しかも、同点でもつれ込んだPK戦で、田中は相手の2人目のキックを見事にストップ。優勝候補だった野洲高校撃破の立役者となる。「準備はしていたので、驚きとかもなく、普通に試合に入れたんです。だから、高校の頃のターニングポイントと言われたら、あそこかもしれないですね」。結果的に3年時も正守護神の座を勝ち獲り、U-18日本代表にも選出。青森での3年間は、大きな飛躍の時間となった。

高校卒業後は、まだ新興勢力だった桐蔭横浜大学に進学。関東1部リーグで1年時から出場機会を掴み、3年時には同校にとって初めて総理大臣杯に参戦するなど、着実に成長を遂げていく中で、もちろんプロサッカー選手を志していた田中は、いくつかの選択肢の中から、当時J3に所属していたSC相模原への入団を決意した。その大きな理由の1つは、日本サッカー界が誇る“レジェンド”の存在だったという。

「川口能活さんの影響は大きかったですね。翌年もチームにいるかどうかわからなかったんですけど、『あと1年は残る』ということを聞いて、『こんなチャンスはないかな』と思いました」。ワールドカップのメンバーに選出されること4回。あるいは日本の中で最も知られているゴールキーパーと言っても過言ではないような、川口と一緒にトレーニングできる機会を、逃したくなかったのだ。

結果的に田中は、プロ1年目となったシーズンの序盤で定位置を奪い、川口の現役引退を促すことになる。だが、自身の中で抱えていたリスペクトの灯は、時間を追うごとにさらに煌々と燃えていった。

「ポジションを獲ったという感覚は1回もなかったですね。リスペクトは自分の中で変わらなかったです。毎日が楽しくて、能活さんから見て学べるものは学んで、と。周りの記者の方から見れば、能活さんがちょっとピリピリしている感じはあったみたいですけど、僕の前では一切そういう部分を出さなかったんです」。

忘れられない言葉がある。「『川口能活のこのサッカー人生25年間は、今なんです』と。『相模原にいる川口能活が川口能活なんです』と。代表とか、マリノスとか、海外に行っていたとか、そういうのは過去のことで、川口能活はSC相模原の川口能活だから、今を見てくださいと。『これはたまんないな』と思いましたね。能活さんはいろいろなことを教えてくれました。嫌な顔1つせずに『知りたい?知りたい?』とか言って(笑)。人として素晴らし過ぎました」。年の差は、実に20。自分にとって“お父さんのような存在”になった川口と共有した1年間は、田中にとってかけがえのない財産になっている。

おそらくはもう破られることのないであろう、昨シーズンのJ3で打ち立てた28戦連続無敗優勝も、『目の前にある瞬間を精一杯』積み重ねた結果だった。「チーム全体の雰囲気が自信に満ちあふれていましたね。負ける気がしないというか、1人1人が強気でしたし、『自分がその日のMVPになる』とほぼ18人全員が思っていたので、凄く積極的でした」。

「僕個人は、次の対戦相手のことも、どこでやるとか、いつやるとかは一切気にせずに、ますは目の前の試合だけに集中していましたし、それが終わったらもう次の試合に向かうというか、反省する所は反省するんですけど、とにかく1試合だけのことを考えていたので、28戦連続無敗優勝も終わった時に初めて『え?28戦無敗ってヤバくない?』という不思議な感覚で(笑)。チーム全体としてもそんな自覚はなかったと思いますし、凄く良い状態でしたね」。

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そういうマインドを持ち続けているからこそ、『現状に満足する』という文字もまた、田中の辞書には書かれていない。「前半戦もチームに貢献できるような試合やプレーがもっとできたと思いますし、どちらかと言うと悔しさや反省点が多いので、もっと良くなるはずですし、もっと良くならないといけないなと想いはありますね」。

「でも、やるべきことが明確になって、その中で『成長したい』という前向きな感覚がありますし、結果を楽しむというか、努力や練習を楽しめるような、成長を楽しめるような状態でいるので、後半戦やこれからどうなるのかは、自分でも楽しみです」。

日々の自分と向き合うことは、決して楽なことではない。直面すべきものから目を背け、先にあるはずだと信じたいものを想像してしまうことは、誰にでもあることだろう。ただ、そこに物事の本質はない。やるべきことを、やる。戦うべきものと、戦う。吉田謙監督が率いるブラウブリッツも、そのチームのゴールマウスを託されている田中も、そうやって少しずつ、少しずつ、確実に前へ進んでいる。

だからこそ、きっと可能性は十分にある。『気が付いたらとんでもない所にいる』可能性は、ブラウブリッツにも、田中にも、十分にあるはずだ。

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文:土屋雅史
1979年生まれ、群馬県出身。
Jリーグ中継担当や、サッカー専門番組のプロデューサーを経てフリーライターに。
ブラウブリッツ秋田の選手の多くを、中・高校生のときから追いかけている。
https://twitter.com/m_tsuchiya18

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ピッチ上では語られない、選手・スタッフのバックグラウンドや想い・価値観に迫るインタビュー記事を、YURIホールディングス株式会社様のご協賛でお届けします。
https://yuri-holdings.co.jp/

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