見出し画像

YURIホールディングスPresents プレイヤーズヒストリー 2023シーズン特別編

ブラウブリッツ秋田は、2023年シーズンのJ2リーグを13位でフィニッシュした。結果だけを見れば、いわゆる“中位”と呼ばれる順位であることは間違いない。ただ、22チームが並ぶ順位表を改めて眺めてみると、このリーグの難しさが浮かび上がってくる。

ブラウブリッツより1つ順位の低い14位はロアッソ熊本。昨シーズンはクラブ史上最高位の4位に入り、J1参入プレーオフでも大分トリニータ、モンテディオ山形を退けて、決定戦へと進出。最後はJ1の京都サンガF.C.と激闘を繰り広げ、昇格にはあと一歩届かなかったが、大いにサッカーファンを沸かせた熊本も、今季は難しいシーズンを強いられたと言っていいだろう。

16位にはベガルタ仙台の名前を見つけることができる。優勝争いも経験したJ1から降格してきたのはまだ昨シーズンのこと。7位でプレーオフ進出を逃した2022年シーズンを経て、J1復帰を至上命題に臨んだ今季はなかなか浮上のきっかけを見出せず、シーズン途中で監督も交代。一度も昇格争いに加わることなく、失意の1年を終えている。

21位に沈み、降格を味わったのは大宮アルディージャだ。予算規模はブラウブリッツの数倍にも当たるJ2屈指のビッグクラブも、ここ4シーズンは常に残留争いに巻き込まれ、何とかJ2のステージにしがみついてきたものの、第14節以降は一度も降格圏内を抜け出せず、来季はクラブ史上初のJ3リーグを戦うことになった。

それだけこのJ2リーグにとどまり続けるハードルは高い。今季のJ3に所属しているチームを見てみても、J2以上のカテゴリーを経験しているのは実に二桁に及ぶ10チーム。そう考えると、一度たりとも降格圏内に足を突っ込むことなく、昇格プレーオフ圏内すら窺うような時期も過ごしてきたブラウブリッツの2023年シーズンは、やはり称賛されて然るべきだという前提に立って、1年間を振り返っていきたいと思う。

今季から加入し、ディフェンスラインを逞しく束ねた河野貴志の言葉が、プレシーズンのチームが置かれている状況を如実に表している。「初めての経験だったので、最初の10日ぐらいは『まだ10日なのか……』と思いましたけど、終わってみればあっという間で、僕にとっては充実した53泊54日でした(笑)」。

『53泊54日』というフレーズ自体がまず聞き慣れないが、ブラウブリッツにとってこれぐらいの数字は冬から春にかけての“風物詩”だ。周知の事実だが、雪の影響で秋田でのトレーニングは行えないため、今年もチームは2か月近く高知に滞在して、来たるシーズンに向けて研鑽を積んでいく。

その行程を聞いて、驚いた。開幕戦の地である群馬へと赴いたチームは、試合が終わると高知へ帰還。第2節の熊本戦後も、再び高知へと舞い戻る。第3節の藤枝MYFC戦前日が、つまりは“53泊目”。この一戦を終えた日にようやく秋田へ戻り、第4節のジェフユナイテッド千葉戦を迎えたわけだ。

ゆえに、スタートダッシュの価値はより高まる。ザスパクサツ群馬との開幕戦に引き分けたブラウブリッツは、そこから前述した熊本戦、藤枝戦、千葉戦で怒涛の3連勝を記録。4節終了時点で首位のFC町田ゼルビアと勝ち点で並び、3位に付ける。

とりわけ千葉とのホーム開幕戦はクラブにとっても、サポーターにとっても、大きな意味のある90分間だった。なぜならこの一戦は、コロナ禍以降で初めてスタジアム全体での“声出し応援”が可能になった試合だからだ。

河野が移籍後初ゴールを叩き出し、1-0で勝利を収めた試合後、吉田謙監督はサポーターの声援について問われると、一言でその感想を表現した。「生声は心に刺さる」。シーズンで獲得することになる5分の1の勝ち点を手にした最初の4試合は、振り返ってみると今季の結果を左右する大事な時期だったことに、疑いの余地はないだろう。

第8節で挙げた勝利も語り落とせない。そこまで7連勝中と無双状態の町田と対峙したアウェイゲーム。終盤の84分に阿部海大が奪ったゴールは、そのまま決勝点となり、開幕から無敗を続けていた首位を撃破してしまう。「ゴールしたのもルーキーの時以来だったので、メチャメチャ嬉しかったですし、喜び方もメチャメチャダサかったですね」と自ら笑った阿部は、これがリーグ戦では実に5年ぶりの得点。意外な伏兵の活躍で、ブラウブリッツがこの節の主役を鮮やかにさらう。

第16節からは6試合も勝利に見放される。折り返しの21試合目。前半戦のラストゲームとなったホームの藤枝戦は1-3で敗戦。吉田監督は試合後に「向き合って反省して、その反省が執念に変わればこの試合は無駄ではなかったと思います」と語った。ブレない指揮官と、ブレない選手たち。日々自分と向き合い続ける継続性の真価は、それから4日後に確かな形で発揮される。

6月28日。藤枝戦から中3日で挑んだ水曜開催のアウェイゲーム。1年でのJ1復帰を狙う清水エスパルスと激突したゲームは、とにかく攻められた。シュート数は秋田の2本に対して、清水が18本。だが、この試合唯一のゴールはそれまでシーズン無得点だった齋藤恵太が記録する。

「気持ちでつかんだ根性の勝ち点3。選手はどんな時も気持ちをぐらつかせることなく、本気の基準を毎日上げようとしている。これからも粘り強く、気持ちを込めて戦いたいと思います。平日の夜にもかかわらず、熱量を込めて選手を後押ししてくれたサポーターの皆さま、本当にありがとうございます。これからも秋田一体で共に戦っていただけたら幸いです」(吉田監督)。清水の夜空に選手とサポーターの歓喜が弾けた。

第28節からは未勝利が9試合も続き、少し順位が気になるような時期を過ごす。そんな中でも、ともにホームで引き分けた第32節と第33節の2試合には、ブラウブリッツの希望と課題が存分に詰まっていたように感じている。

第32節の相手は清水。昇格争いの真っ只中にあった静岡の雄は、2か月前のリベンジを期してソユスタへと乗り込んできた。ルーキーらしからぬ大胆なプレーで、完全にレギュラーを掴んだ髙田涼汰の鋭いクロスが左のゴールポストに当たるなど、前半からチャンスを作り出していたブラウブリッツは、後半開始早々に古巣対決に燃える水谷拓磨のCKが相手GKのオウンゴールを誘い、先制点を奪う。

ただ、同じ相手に連敗は避けたい清水もCKから同点弾をゲット。結果的に試合は1-1のドローだったが、シュート数はお互いに10対10のイーブン。前回対戦で3を手にした勝ち点は1に変わったものの、J2きっての強豪相手に真っ向からやり合っての引き分けは、大いにチームの成長を感じさせるものだった。

第33節の相手はジュビロ磐田。清水同様に昇格争いへ食い込んでおり、この時点での順位は自動昇格圏内の2位。前節で千葉に敗れ、3位清水との勝ち点差は1ポイントになっていたことで、必勝を誓ってソユスタへやってきた。試合が動いたのは後半。不動の守護神・圍謙太朗が相手の決定機を防いだ直後、水谷のFKを頼れるキャプテン・飯尾竜太朗がボレーで押し込み、ブラウブリッツが1点をリードする。

しかし、終盤の87分に前節同様CKの流れからスーパーゴールを叩き込まれ、スコアは1-1に。さらに90+8分には立て続けに2度の決定的なピンチが訪れるも、1度目は圍がビッグセーブで凌ぎ、2度目は相手のシュートミスに助けられる。清水戦とまったく同じ、先行して追い付かれる形でのドロー劇ではあったが、今季の悪癖でもあった試合終盤での失点を喫し、勝ち点2を失った印象は否めなかった。

傍から見れば、3位の清水と2位の磐田というリーグ有数の難敵から、2試合続けて勝ち点1を奪ったという見方もあるかもしれない。だが、それぞれ性格の違うドローを並べてみても、焦点を当てるべきはホームでの勝敗。結果的に2023年にホームで白星を挙げたのは、5月7日に行われた第14節の栃木SC戦が最後。そこから実に15試合に渡って、ブラウブリッツは一度もソユスタで勝利を手にすることが叶わなかった。

J2残留を決めて臨んだ第41節のアウェイ・ファジアーノ岡山戦は、まさに今シーズンの集大成とも言うべき一戦だった。前半の終了間際に藤山智史のロングスローから、畑潤基の左足ボレーがゴールネットを揺らすと、後半にはロングカウンターから齋藤が完璧なループシュートで追加点。守っても相手にほとんどチャンスを作らせないまま、見事に無失点を達成。「日常からの積み上げが全て」(吉田監督)。今季2度目となる2点差の勝利で、1年間の積み上げを明確な結果で証明してみせる。

ところが、ホームで戦った最終節は、来シーズンに向けての“宿題”を突き付けられることになる。徳島ヴォルティスを向こうに回してオウンゴールで先制したが、後半のアディショナルタイムにまさかのPKを献上。またも試合終盤に失点を許し、半年近くソユスタでの白星がないまま、今季のリーグ戦は幕を閉じることとなった。

シーズンラストゲームを終えたばかりの吉田監督は、会見の中でこういう言葉を紡いでいる。「どんな時もゴールを目指し、前に行く。その意志は躍動していました。1センチ、ボール1個分の執念は悔しさから出てくるものだと思います。さらに、良い選手、良いチームになると信じています」。ホームで幾度となく味わった悔しさを糧に、『1センチ、ボール1個分の執念』を積み重ねるだめの日々が、また来季も彼らを待っている。

言うまでもなく、選手たちは強い覚悟を持って、秋田の地へと身を投じている。

「目指しているところはJ1ですけど、自分は現実主義なので、まだJ1でやる自分は想像できていないですし、やっとJ3で去年の1年を通してプレーできて、『J2にチャレンジしたい』と思えるようになったので、まずはこのJ2で自分の力を発揮できるかどうかですよね。自分の中では1個ずつ、コツコツとやるだけかなって」(諸岡裕人)

「年齢や今後のサッカー人生を考えた時に、上のカテゴリーでやりたいということは誰しもが考えるはずで、それに近付くためにもオファーをしていただいた秋田で挑戦したいなと思ったんです」(河野)

「秋田はトレーニングも凄くしっかりやるという話も聞きましたし、去年が凄く悩んだ時期だったので、もう1回鍛え直してもらうことで、本能的にサッカーができるんじゃないかなと思って、移籍を決めました」(丹羽詩温)

「去年引退した本田拓也選手に『年齢とか年俸とか関係ないから、上でやれるチャンスがあるなら上に行け』ということを言われたんです。それがずっと頭から離れなくて、岐阜に残るかかなり悩んだんですけど、最終的にはその言葉が自分の中で響いて、上のカテゴリーの秋田を選びました」(畑)

プロサッカークラブというのは、実にシビアな仕事場だ。同じ選手たちと、同じスタッフたちが、同じ目標に向かって一緒に戦えるのは、いつだって目の前の1年だけ。シーズンが終わってしまうと、そのグループを去らざるを得ない者もいれば、また新たに加わる者もいる。

だからこそ、応援したい。自らの運命を託す場所にブラウブリッツを選び、ブラウブリッツのために戦う選手たちを。生活のすべてをサッカーに費やし、我々に熱狂を届けてくれる選手たちを。

吉田監督がホームの大宮戦後に話していた言葉が印象深い。「我々は秋田で生きて、秋田で暮らしている。その地で戦えるということは、人間の生命体として強さを発揮できると思います。アウェイの地に行っても信じあって一つになる、戦い抜く、ということをこれからも続けていきたいと思います」。

ホームでも、アウェイでも、晴れの日も、雨の日も、それこそ雪の日も、いつだって貫くのは秋田一体。2024年もブラウブリッツは変わらない。

文:土屋雅史
1979年生まれ、群馬県出身。
Jリーグ中継担当や、サッカー専門番組のプロデューサーを経てフリーライターに。
ブラウブリッツ秋田の選手の多くを、中・高校生のときから追いかけている。
https://twitter.com/m_tsuchiya18

YURIホールディングスPresents プレイヤーズヒストリー
ピッチ上では語られない、選手・スタッフのバックグラウンドや想い・価値観に迫るインタビュー記事を、YURIホールディングス株式会社様のご協賛でお届けします。
https://yuri-holdings.co.jp/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?