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人間パーキングエリア

生きていることがもう、限界に達しそうな深夜2時。気がつけば家を出ていた。ドラマの中でしか見たことのない置き手紙というものを初めて残し、実家を出た。
深夜2時が故、当然公共交通機関は閉まっている。私は実家の近く(と言っても徒歩20分はかかる)のカラオケで夜を明かすことにした。何ヶ月か前に友人と行ったきり、夜中に1人で来る未来が来るとは誰が予想しただろうか。カラオケでは1曲2曲ばかり歌って、眠気に負け、閉店時間の5時の電話で起きることとなった。旅のスタートにしては、先が思いやられる。
結論から言う。私の旅は4日間で幕を閉じる。
結論から言う。旅をすれば、何か大きいものが得られる。とも限らない。
結論から言う。旅をしなければ、得られないものは、確かに存在する。

日の出を見ようと決意。淡路島の展望台(名前を忘れた)に向かう。流石に眠い。日の出を待っている間にも、青色、水色、紫色、オレンジ色、白色の調合が少しずつ変化する空を楽しむ。友人と香水を作りに行ったことを思い出した。身の丈に合わないお洒落な遊び方。一定のリズムで大きなパノラマの海を横切る客船と、大きなパノラマの空を横切る飛行機、不定期に飛び回る鳥達を見ながら、自然の美しさを再確認する。ゆっくりと、着実に登ってくる太陽は思っていたより何十倍もの赤みを帯びていた。

続いて、名も知らないような砂浜に到着。ホテルの宿泊客やバーベキュー会場に隣接している砂浜だった。最近にしては体感温度が高く、心地の良い風と耳触りのよい波音を全身に浴びる。履いていたストッキングを脱ぎ、足の裏でまだ冬の香を纏ったままの砂屑たちを踏みしめる。気持ちいい感触。バーベキュー会場から抜け出したチャラめな若者2人がタバコの煙と共に景観を汚してくるが、「ばり綺麗やん、透き通ってるやん」という言葉を聞いて、何故か安心する自分もいた。2、3時間で海と空の青さが眩しくなってしまい、あてもなく移動する。

次の行先は香川県の丸亀市。
移動に時間がかかったからか、あたりは薄暗くなっている。丸亀市内はスナックや居酒屋で溢れかえった大人の街であった。今日の夜はとことん飲みたい。飲んでやる。そしてカロリーなどに縛られずに食ってやる。今回の旅の目標を体重増加に切り替える。1軒目は餃子が有名な居酒屋へ。柚子サワーがかなり美味しい。結局美味しいご飯をお腹いっぱい食べていれば、何とかなる気さえしてくる。2軒目は、沖縄料理がコンセプトの居酒屋へ。30代後半、いや40代だろうか。黒縁メガネをかけた真面目で律儀な雰囲気の漂う店主さんとお話をする。初めて飲んだ沖縄の地酒達は私の頬を赤くする。
「この子抱っこしてください〜」
そう言って店主さんが連れてきたのは、赤子…ではなく、ペットロボットであった。沖縄風に彩られた店内の一角に、ペットロボットが1体。これこそがカオスかと口角を無理やりあげる。

「ふーん」
書きかけの日記を開いた私は、今ジュースが一杯500円もするカフェにいる。
一杯500円のジュースはアルバイトのお姉さんの手の中のパックジュースからコップへうつされただけのようだ。

少しだけ、ほんの少しだけ憂鬱だったり、
少しだけ、ほんの少しだけ悲しかったり、
少しだけ、ほんの少しだけ自分が嫌になる瞬間にこの日記を開く癖がある。
この日記を書いたとき、わたしは心底落ち込んでいて、本当に心が真っ暗だった。
それから時間が経つと、この旅もダイジェスト版でしか心に映し出せなくなっている。
日記の中の、【旅をしなければ、得られないもの】も、今はなんなのかいまいちピンとこない。
それよりも横の席でくちゃくちゃと音を立ててパスタを食べているメガネの小太り男の方が気になってしまっている。

人間の人生は、高速道路みたいだなと思う。
大抵は、平坦で長くて長くてゴールが見えない。
そして、退屈で眠たくなる。
眠気で事故を起こしたり、富士山がふと見えたり、虹が見えたり、たまーに凄く大きい出来事が起こる。これの繰り返し。良いこともあれば悪いこともある。これの繰り返し。
ここで忘れちゃいけないのがパーキングエリアの存在。走り疲れたり、トイレに行きたくなったら立ち寄れる天国のような場所。温泉があるところもあれば、絶景が見れるところだってあるし、眠れるところだってある。数は多いに越したことは無いけど、数には限度があるし、間隔もまばらだ。パーキングエリアのない高速道路はそれこそ地獄なのかもって思う。だって居眠り運転し放題、トイレも我慢しなきゃダメ。悪いことしか起きてくれない。

隣の席の小太り男がいつの間にかいなくなって、いただきますを律儀に言ったものの、パンケーキにかける蜂蜜がぶちゃいくな音を出した金待ちのマダムに変わっている。

私は休息を取りつつ、こういう今を生きてます。
あなたはどんな今を生きてますか。

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