秤と単位と・・・比べるものはどれですか?
おはようございます、今日も思うことを思うままに書いてみたいと朝のノイズが少ない頭の半紙に、文字を書き綴ってみたいと思います。
朝文相を書くときのイメージって、真っ白いキャンバスか、半紙の上に、文字を書いていくと言うイメージもしくは、絵の具で色を塗っていく、そんなイメージで書いています。
たっぷりと墨を入れて、真っ白い半紙の上に、ふっと浮かんだ言葉を一気に書き記す
今日は自分の秤、他人の秤と言うことで、ここで言う秤はスケールと言いますか、物差しという意味合いでの秤と言うことでお話をしたいと思います。
ややもすると、自分に対する秤と他人に対する秤は異なる場合が多々あります。
自分には甘く、他人には厳しく・・・往々にして
そんなことないでしょうか?
また、場合によっては相手に対する秤と自分の秤が異なると言ったこともないでしょうか。
現在は世界的にメートル法が使われていますが、それでもゴルフなどではヤードを使ったり、アメリカなどではガソリンをガロンという言い方をするように。
私たちは比較するとき、他人の芝生がうらやましく見えるから、妬むという感情を持つことがあります。
妬むという感情を持つから、往々にして自分自身のスケールと他人のスケールを替えて比較してみる傾向はないでしょうか。
極端な話、彼は1ガロン、私は3リットルのガソリンを持っている。
もしくは、彼は1000ドル、私は10万円持っている・・・みたいな言い方をしていないでしょうか。
1000ドル、為替の動きで若干変わりますが、判りやすく1ドル100円とすれば、1000ドルは10万円で、自分と同じなんですが、単位を省略してみたらどうでしょうか?
自分がすごく沢山持っているように錯覚を起こさせることも可能ですよね。
ガロンとリットルの比較も然りですよね。
一ガロンは3.78541リットルですから、本当は一ガロンのガソリンの方が多いのですが、その辺の事前の知識がないと三リットルのガソリンの方が多いと思ってしまいそうですよね。
結局、人と比較するときは、本来ならば統一した基準で比較すべき事なのですが、それを比較ではなく、自分に津行が良い数字だけを操作して見せようとする傾向が、世の中には多数あるように思えるのです。
そうした意味では、自らの心を落ち着かせるには、正しい知識を持って、正しく行動する事が重要になってくるし、それがかなわないときは最初から比較することを止める・・・こうしたことも重要なのではないでしょうか?
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