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「ジャーボンテ・デービスの強さって何?」 問われて慌てて考えてみた

 FODで吉野修一郎(三迫)の復帰戦を見終え、テレビのチャンネルをパラパラと変えていたところ、図らずも前日の米・ラスベガスの一戦(ジャーボンテ・デービスフランク・マーティン)がWOWOWで始まるところだった。プエルトリコ・マナティとメインイベント同士がライブで丸被りとなり、スブリエル・マティアス(プエルトリコ)をコントロールするリアム・パロ(オーストラリア)の戦いぶりにすっかり見入ってしまった自分は、こちらを優先したのだった。

マティアスは、地元大観衆の大声援もプレッシャーになったのかもしれないが…

「今回もまた、いつものパターンだったな」

これがデービスのKO勝ちを見届けて集約し、抱いたひと言だった。

 この試合を見た友人(防辞苑)から、ほどなくして連絡が来る。

「ジャーボンテの強さってどう思う?」

 あらためて訊かれ、戸惑った。デービスの強さをはっきりと言語化し、頭の中に用意したことがなかったからである。

 長年にわたり『世界ボクシング パーフェクトガイド』(ベースボール・マガジン社)の「パウンドフォーパウンド・ランキング」に参加し、順位作りの際にはデービスを常に上位につけてきたが、「強い」という最大のインパクトある言葉で片づけ、お茶を濁してきた感がある。「何を無責任な」と思われるかもしれないが、むしろデービスの強さをスラスラと語れる人のほうがすごいと思うのだ。

「スピードが速い」。「パンチも強い」。「相手をねじ伏せる決定力がある」。そういうありきたりな言い方はできる。しかし、こんなものは世界のトップを張る選手たちにとって当たり前の戦力だ。けれども、それ以上のもっと深い部分についてとなると、このデービスとテレンス・クロフォードあたりは言葉を失わせてしまう。これが例えばオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)や井上尚弥(大橋)ならば言葉は溢れ出てくるんだけれども。もちろんここに好き嫌いは介在しないし、ウシクや尚弥のボクシングが浅いわけでも決してない。

「う~む」と唸ったまま数秒押し黙ってごまかしつつ時間稼ぎをする。こんなときは何か言葉を発しながら、頭の中に納まっているものの連なりに期待するしかない。

 いつものパターン……ここから紐解いていくことにする。直近3試合、エクトール・ルイス・ガルシア(ドミニカ共和国)、ライアン・ガルシア、そしてマーティン戦に限っても、いずれもデービスは相手に好スタートを切らせている。4回戦は言うに及ばず、12回戦の長丁場となる世界タイトルマッチでも「初回が最も重要」と考えている身としては、それに反する戦い方だ。

「ジャーボンテってスロースターターだよね」という友人の言葉がここで挟まってくる。

 そう、ある意味そういう言い方もできるかもしれない。が、いわゆるスロースターターのように後ろ向き感はなく、デービスの場合は積極的で前向きな印象がある。しっかりとした戦略に基づいているから。それが事前に準備したものなのか、それとも戦いながら用意していく戦術なのか、もちろんはっきりとはわからない。勝手な想像だけれども、事前の想定はもちろんあるが、それに囚われることなく、戦いの中の肌感覚で修正していく。そういうタイプと見る。

 相手の良さを出させず潰す。相手のボクシングをさせない。戦いの常套手段だが、デービスは敢えてそれをせず、逆に導いて相手の良さを出させていく。ハイガードに構え、入ったり出たりを繰り返して相手の反応を見、強打もコンビネーションもある程度自由に出させる。1発を貰うことももちろんあるが、決して芯には食わず、ヘッドスリップ等で威力を逃がす。連打は決して貰わない。ガード上をある程度好きなように叩かせる。そうして威力や軌道、角度などのデータを収集し、体に染み込ませる。打たれてもブレないガードの強さ、威力を半減させるガードの上手さももちろん備わっていなければできない芸当だ。

 手法としてはマティアスにも共通するが、決定的に違うものがある。マティアスはディフェンス度外視のボクシング。「打てば当たる」とその気になった相手が、躍起になって攻撃を強めてリズムを乱し、それに順じてスタミナ浪費する様を、圧力で覆いかぶせてしまうというやり方だ。が、いわゆる“番狂わせ”でマティアスを攻略したパロと陣営は決して“その気”にならずさせず、徹底的にリズムをキープした。小突かれて捕らえられず、焦って乱れ、スタミナを消耗してしまったのはマティアスだった。こういう展開で敗れることは遠からず、だった。

 マーティンも、体全体に宿るスピードに乗って左カウンターのタイミングの良さも披露し、積極的に攻撃を仕掛けていく姿でもデービスを上回っているように見えた。デービスのプレスも、素早いサイド移動でうまくいなしているように見えた。だがそれはあくまでも“見えた”にすぎず、ポイントを奪うことにつながったにしろ、戦いをリードする主導権を握っているようには思えなかった。それは両者の表情を見ても明らかだった。マーティンは開始からトップギアで必死。デービスは、まだまだ隠し持っているゆとりに満ちていた。ボクシングIQの高いマーティンだからこそ、自分が手を出させられている、動かさせられていることを十分に理解していただろう。それでもリズムやテンポを変えられないのは、変えたらあっさりとやられてしまうから。もう、止まることができないのだ。

 データ解析を終えたデービスは、ハイガードを解除して、腕の位置を下ろし気味に本来の自由な姿に戻した。この腕の位置の変化だけでも、マーティンなりに築いていた距離感は狂う。加えて、デービスのパンチの出どころやタイミングもまるで変わる。マーティンが把握してきたものがすっかりリセットされてしまう。それまでに受けていた圧力に加え、この変貌ぶりに完全に置き去り状態にされてしまう。

さらに前座のアルベルト・プエヨ(ドミニカ共和国
)対ゲリー・アントワン・ラッセルの試合もおもしろかった

 ここまで振り返ってきて、やっぱりデービスは「左アッパーの選手」だと確信に至った。試合を決定づけた一撃やクリーンヒットを奪ったわけではないにしろ、この試合でも再三再四、とんでもないタイミングで振り抜いた。観ているだけの者が思わずのけ反ってしまうような、“間”を突き破るもの。ゾッとするような瞬間……。パッと見では取り乱しこそしなかったものの、マーティンの内心は揺れ動くどころかメタメタになっていたのではないか。レベルの高い選手だからこそ反応してしまう類のもの。きっと同業のボクサーならば、あの凄さをより実感できるはずだ。この試合の前に登場したデビッド・ベナビデスの、ガード間を滑り込んでいく左ショートフック同様に、「当たらずとも相手を圧してしまう一撃」だ。それをデービスは、相手のストレートに合わせて放り込む。その危険性は、競技者ならばなお実感できるだろう。
「その位置取りで、いちばん強く当てられるパンチを選択する」井上尚弥の瞬間技同様の磨き抜かれたセンスがある。デービスは、左アッパーを狙う位置取り作り、それまでにインプットした相手のデータから逆算したタイミング算出。それらを同時に表出させる最大のパフォーマンスでもある。

柳修平(三迫)の技術に圧倒されるも、
ただでは終わらなかった今治項太(新日本大宮)の粘りも見事だった新人王予選

 吉野復帰戦の前座に登場した苗村修悟(SRS)もやはり、後ろ手(右)アッパーを得意とする選手。それを警戒する狩俣綾汰(三迫)を、切れ味鋭い左右フックで先制攻撃して強く意識させ、決めてみせた。
 右アッパーを当てずとも、なんなら出さずとも、警戒させるだけで大いなる武器になる。その警戒心を逆手に取った戦略・戦術を立てられると、さらに余裕を持った戦い方を今後していける。そういう駆け引きをできるようになると、さらにレベルの高い戦いに没頭していける。振り回す強打者から、ステップアップしていける瞬間を見たような試合だった。

 吉野の復帰戦からデービス対マーティンと、奇しくも“ライト級”を続けて見ることになった。シャクール・スティーブンソンに完敗を喫した吉野は、「スピードと技術にやられた」という感想がもっぱらで、もちろんそれも決して誤りではないと思う。が、立て続けに見た両試合を比べてみて思うのは「テンポの違い」だ。言葉で表すのは難しいが、スピードとテンポは異なる。ハンドスピード等、瞬間的な速さでは吉野も決して退けをとらない。だが、圧倒的にテンポが違う。
 速けりゃいいってもんじゃない。遅いのが悪いわけでも決してない。テンポの違いに惑わされ、それをスピードで埋め合わせようとして、自らリズムを崩してしまうのが最も恐れることなのだ。

 ボクシングをはじめとする対面競技はもちろんのこと、われわれが日常で常に行っている他人との会話でも、この“テンポ”が殊更大切だ。何気なくしているおしゃべりでも、必ずいずれかのテンポで進んでいる。それがいわゆる“主導権争い”。そんな気はなくとも、どちらかが必ず握っているものだ。
 わかっているようで、実のところ実体をつかみづらい“テンポ”。そのヒントは誰もが送る日々の中にある。専門誌『ボクシング・ビート』の連載「那須川天心(帝拳)の魅力」で彼が語っていたように、お笑いや漫才、落語などから体感できることも多い。映画やドラマなどで役者が発するセリフや立ち振る舞いにも“テンポ”は溢れ出す。もちろん、ボクシング本体を見て感じることができればそれに越したことはないが、わかりやすいものから学ぶ、結びつけるのも得策かもしれない。

……と、こんな感じで口から出まかせのように「デービスの強さ」を語ったら、友人は「なんとなくわかった」と言ってくれたけど、本当のところはどうだかわからない。

 彼の試合がある度に絶賛の言葉を表している井上浩樹選手(大橋)に、「プロの目から見たジャーボンテの凄さ」を今度大いに語ってもらおう。

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