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9・12後楽園ホールの3試合評。サウスポーの前足(右足)、その使い方を考えさせられた

☆9月12日/東京・後楽園ホール
フェニックス・プロモーション(大橋ボクシングジム)
WBOアジアパシフィック・ライト級タイトルマッチ12回戦
○保田 克也(31歳=大橋)チャンピオン
●ジュン・ミンホ(30歳=韓国)3位
判定3-0(118対110、119対109、119対109)


 相手を呼び込み、その入り際に左ボディアッパーを差し込む──いわゆるボディカウンター。これが、保田が最も得意とする攻撃とこれまでの戦いの中で見ていた。がしかし、その狙いが強すぎるのか、こだわりがありすぎるのか、ともすれば受け身の姿勢になりがちで、そのため相手を勢いづかせてしまい、ポイントを失ったり、劣勢を強いられたりしてしまう。それが保田にとってマイナスポイントだと思っていた。
 そうして、たとえペースを握っていたとしても、試合が終盤にさしかかってから攻撃姿勢を強めても、自らが築いた流れやリズムが邪魔をして、うまくシフトチェンジできない。長くバックギアに入れていたものを、いきなり前進させようとしてもタイヤが滑らかに作動しない車と同じである。

 けれどもこの日の保田は4ラウンドに入るとギアを入れ替え始めた。これまでになく意図を持った切り替えだった。自ら攻めて、そのまま攻め落とせればそれにこしたことはないが、保田にとって必要だったのは、先攻めで相手の心理を揺さぶって、追い込まれた相手が出てきたところへカウンターを合わせる──そういう駆け引きだったのかもしれない。

 挑戦者のジュンは、保田の同門、平岡アンディとの試合でも明らかだったように、サウスポーを苦にしない。迷いなく長い右ストレートをどんどん打ちこんでいくタイプ。保田もこれをことのほか警戒し、前足(右足)を遠く突き出して懐を深く取る演出をし、自身は右ジャブや左ストレートでジュンのボディを折々で刺して、ステップインを封じていた。それでもジュンが時折“壁”を進入してきたときは、ジュンの右に対し、左ストレート上下を相打ちした。

 保田の顔面は早い段階から腫れ始めていたが、ジュンにとっては「ジャストミートできない」思いが強かったのかもしれない。後ろ重心で、常にステップバックできる状態を作り、さらにスウェーバックも織り交ぜる保田の“受け”は、ジュンを混乱させていた。だが、その流れのままに試合を進めていたならば、ジュンも戦い方を切り替えて攻撃姿勢を強め、ひょっとしたら保田はそれに煽られてしまったかもしれない。4ラウンドでの切り替えは、いい頃合いだったとみる。

 試合が折り返し、終盤に入っていくにしたがって、保田はこれまでにないくらい前がかりでジュンを攻め込んだ。ここで攻め落とせなかったのは、今までの試合のような“流れやリズム”に疎外されたわけでなく、仕留め方の手駒不足によるだろう。コンビネーションを磨くのか、強打を当てるためのパターンを磨くのか。そこは今後の課題である。

「ヤスは右フックが強いのに、それを全然生かさないんですよね」と、ミットを受けることもある八重樫東トレーナー評。その右フックは、ジュンの右からの入り際に引っかけるようにして放っていただけ。新たにコンビを組んだ鈴木康弘トレーナーも、きっとこれを生かす手立てを考えていることだろう。

「ジュン選手の距離が遠く、なかなかパンチを届かせることができなかった」と保田は試合後に語っていたが、これは保田の右足がストッパーとなって、自身の動きをセーブしていたからだ。心の変化とともに徐々にそのリミッターは解除されていったが、その切り替えがラウンド中にできるようになれば、変幻自在なボクシングがさらなる高みを突き抜けていくだろう。

ミニマム級8回戦
○リト・ダンテ(33歳=フィリピン)WBC15位
●石井 武志(23歳=大橋)日本7位
判定2‐1(77対75、77対75、75対77)

 3ラウンドまでは、石井がパワーパンチとフィジカルの強さでダンテに圧力をかけているように見えた。が、攻めまくっていた石井は「何で倒せないんだろう。何で当てられないんだろう」の思いをどんどん増していったのではないか。これが、歴戦の中で培ったダンテの道筋。まるで風船のようにふわりふわりと石井の攻撃をかわしながらパターンやタイミング、軌道を読み込んでいたのだ。

 石井は腕力を活かしたブロッキング、ガードが防御術の主体。しかし、これも読み取ったダンテは、キック時代の名残り残す石井の若干開き気味のガードを突いてアッパー、それから左ボディとつなげ、ガードで動きを固めてしまう石井を手玉に取った。コツコツと突き通す右ショートも地味だが冴えた。

 石井は毎度のことながら、序盤から遠い間合いからも左ボディフックでスイングをかけた。大きく空いた顔面に右を狙われる可能性があるにもかかわらず、余程の自信があるのだろう。だが、ダンテもその勢いに無理に抗わず、6ラウンドに1度右を合わせにいった以外は確実性を選択し、距離でかわしていった。

 これまでの戦いではパワーとフィジカルで押し潰せてきた石井だが、さすがにレベルの上がるダンテにはそれでは物足りなかった。が、ダンテの攻防に教わることはたくさんあったはず。中でも右アッパーを空振りしての左ボディブローは、ジムの大先輩・井上尚弥も得意とするパターン。自分が打たれたことによって、身をもってその効果を実感しただろう。

「当たれば」ではなく「いかに当てるか」。また、鉄壁と信じていたガードがなぜ破られたか。それらをこのキャリアでこの相手に教わったことは、石井にとって大きな財産だ。

スーパーフライ級6回戦
○馬場 龍成(27歳=三迫)
●中垣龍汰朗(23歳=大橋)
判定3-0(59対55、58対56、58対56)

 開始から強い踏み込みで右を上下に打ち込んでいった馬場があっという間に流れを形成し、最後の最後までそれを中垣に渡さなかった。

 馬場が左足を常にサウスポー中垣の右足の外に置いて、中垣の動きをロックした──ということもあるだろう。が、それ以上に中垣の右足は機能していなかった。いや、それどころか自らの動きにブレーキをかけているようにさえ見えた。

 デビュー当初の中垣は、ヒザのスプリングを利かせ、サイドへ自在に回り込み、角度を変えたパンチを打ちこんでいた。それが彼の最大の特性だった。が、ここ数戦、結果がついてこない焦りもあってか、正面から強い左ストレートを打とうという意識に囚われており、それが悪循環を生んでいるように見える。馬場サイドは、そんな中垣を見透かしており、先制攻撃で心理面を揺さぶって、正面の戦いにまんまとハメ込んだのだろう。

 メインに登場した保田同様、サウスポーの右足を前方深くに置く構えは、どういう意図を持ってのものか。そこをあらためて考えたい。
 保田の場合、前述のように「懐を深く見せる」スタンスだ。中垣もきっと「被弾しないこと」を念頭にそうしているのだろう。けれども、保田のように常にステップバックする準備、動きが備わっていない。足が動かず距離を取れなければ、スウェーバックしてもステップインに対応できない。実際、馬場にそこを突かれた。

 保田や平岡といったサウスポーの“お手本”がいる。彼らを参考にすることもまた、スランプ打開の一手だと思う。

 前回の山口仁也に続き、中垣に連勝した三迫ジム。相手の現状を把握し、そこを狙う。それを貫いた馬場の力も当然あるが、ジムとしての意思統一、統率力の勝利だったと思う。

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