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【ボクシング】2・16後楽園ホールの3試合を批評&考察


相手を観察して変化。坂の生き残り術

◇2月16日/東京・後楽園ホール
OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座決定戦12回戦
坂  晃典(32歳、仲里=58.9kg)5位
鯉渕  健(27歳、横浜光=58.9kg)6位
TKO5回44秒

 予想どおり、鯉渕がワイルドさと勢いにまかせて坂を一気に凌駕しようとした。鯉渕の右スイングは軌道が読みづらく、坂はこれを貰うと明白なダメージを窺わせる足取りに。だが、折々で鯉渕が見せたチャンスを、坂はその都度しっかりと潰していく。最大の窮地に立たされた2ラウンドは、一気にギアを上げての強打の連打で坂は跳ね返したものの、その場面以外の運び方が秀逸だった。左ジャブを丹念に突いて距離を測り、鯉渕の前進を止め、続けて放つ右からの連打への布石、といった具合だ。ここに彼のキャリアの濃さ、生き残り術がはっきりと見えた。

 近年の坂は、試合を優勢に進めながらも一瞬でクリーンヒットをまともに浴び、ダメージをはっきりと感じさせる試合ぶりが続く。そのままストップされた試合もあり、相手からすれば「当たれば倒れる」のイメージがくっきりとインプットされている。
 この日の戦いぶりもそうだった。が、タイトル初挑戦の鯉渕は、完全に「右強打を当てたい」の思いに支配されており、かなり無理をしてスイングをかまし続けた。完璧な“ヘッドハンター”と化し、ボディに散らすこともすっかり頭から抜け落ちていた。至近距離で、ボディを打つ絶好の間合いとなっても、鯉渕は上を打つことに執心して手を出せず、坂が必ずボディブローを差し込んでいた。ここにも両者の差が表れていた。

 2ラウンド終わりですでに鯉渕に疲労や蓄積ダメージが窺えたが、それ以上に“いっぱいいっぱい”、心の余裕がすっかり消えている状態が気になった。戦っていた坂も、2ラウンドの時点で鯉渕の荒い息遣いなどを感じ取っていたのだろう。3ラウンドが始まると、坂はリズミカルにステップと連打を使って、鯉渕を翻弄し始めた。左目上をザックリと切って流血していた鯉渕は、いよいよジリ貧の様相だったが、いきなり飛び込んでの右を決めて、また坂にダメージを与え、一気に全力で勝負を決めにいった。が、ここもやはり坂にしのがれてしまった。

 坂は、ジャブと右で的確に鯉渕の左目上の傷を狙い打った。おぞましいほどの流血で、杉山利夫レフェリーは再三ドクターチェックを促して、5ラウンドに止めた。

 相手を冷静に観察し、適宜ボクシングを変え、ギアの上げ下げを繰り返していた坂と、本当はうまいボクシングも織り交ぜられるはずなのに、攻撃一辺倒で襲いかかることしかできなかった鯉渕。勝つための布石をいかにして打つか。それを考えられる選手は強い。そして、ボクシングという崇高な競技では、やはりイチかバチかの勝負は厳しい。

坂=30戦23勝(20KO)7敗
鯉渕=18戦10勝(9KO)7敗1分

“井岡一翔スタイル”。新たな引き出し披露した鈴木

スーパーフェザー級8回戦
鈴木 稔弘(27歳、志成=58.9kg)日本15位
ジョン・ローレンス・オルドニオ(26歳、フィリピン=58.2kg)フィリピン・ライト級13位
KO1回2分52秒

 相手にじわりじわりとプレスをかけながら、防御のリズムも体に流していた鈴木は、オルドニオのリターンにもしっかりと小さなステップバックで反応。スタンスといい、間の取り方といい、ジムの大先輩・井岡一翔を彷彿とさせた。

 オルドニオの一気呵成の攻撃で、ロープを背負う場面もあったが、類まれなガード力の強さと、腕を打たせながら相手の連打のタイミングも計り、左ボディ、顔面への左フックを差し込む素振りも見せていた。

 下がる相手への左フックで尻もちをつかせた鈴木は、決して慌て打ちせずに状況を把握。中間距離での左ボディブローでダメージを与えると、ふたたびオルドニオに攻めさせてコーナーを背負い、連打の呼吸を読んで、左ショートボディをみぞおちにグサリ。これでテンカウントを聞かせた。

 連打を打たれるのか、打たせるのか。ロープに追い込まれているのか、追い込ませているのか。鈴木は当然後者。まるですべて予測できているかのように、腕の上に吸い込ませるようなガード力と、相手のリズムをも、続けて自らが攻撃に転じるためのリズムへと昇華する。井岡先輩の優れた技巧の影響が、良い形で表れていた。

鈴木=5戦5勝(4KO)
オルドニオ=16戦9勝(5KO)6敗1分

試合を決めたのは左フック。石田の巧みな布石

スーパーフェザー級8回戦
石田 凌太(27歳、角海老宝石=58.9kg)
谷口 彪賀(25歳、協栄=58.8kg)
TKO3回1分14秒

 上体を先に入れながら、やや遅れてくる石田の右に、谷口は圧力をかけられていた。そして、自身は強い左ストレートを打ち込んで局面打開を図ろうと邁進。これが石田の思うつぼとなった。
 初回に石田が右からの返しの左フックで谷口に尻もちをつかせたが、これはほぼノーダメージに見えた。が、谷口の焦り様は、手に取るようにわかった。これでいっそう、「強い左で」の意識が強まってしまったのだろう。

 永田丈晶、廣瀬祐也といった好サウスポーの影響か、協栄ジムのサウスポー選手は、相手と対峙する際に右腕を上下動させるのが特徴的だ。そしてこれをジムにおそらく浸透させた前日本フライ級王者・永田は、スパーリングパートナーを務めた寺地拳四朗の影響を受けたものと思われる。

 前の手の上下動には、様々な目的や意図が含まれるが、谷口はきっと、フェイントとして使う意図があったのだろう。が、ジャブを上下に散らす等の有効利用を欠いたため、残念ながらフェイントになっていなかった。左を打ち込むためのタイミング計測にしかなっていなかった。石田からすれば、「谷口に右はない」と無視することができ、左だけ警戒すればよいと楽になっただろう。

 そして石田は谷口の左を、自らの右に食いつかせた。オーソドックス対サウスポーでは奥の手のストレートの攻防がものをいうが、石田の右に対し、左カウンターを狙った谷口の逆手を取った。

 3ラウンド、右を“撒いた”石田に、これをかわしながら谷口は懐に入り込んで左カウンターを狙ったが、胸前に飛び込んできた谷口に、石田は左フックを合わせた。これがカウンター気味にテンプルを捉えると、谷口は棒のように硬直して後退。石田はすかさずワンツーをフォローして、谷口を大の字に。辛くも立ち上がった谷口だが、寺山修平レフェリーが続行を許さなかった。

 倒したパンチは右だったが、その前の左フックが勝負を決めた。決して器用には見えない石田だが、相手の読みや状況を判断した巧みさが勝利をもぎ取った。

石田=16戦12勝(7KO)4敗
谷口=12戦6勝(1KO)4敗2分

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