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【ボクシング】2・22後楽園ホールのトリプルタイトル戦+1試合批評&考察


永田が“ボクサーズ・ハイ”で井上を返り打つ

2月22日/東京・後楽園ホール
OPBF東洋太平洋ーWBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座統一戦12回戦
○永田 大士(34歳、三迫=63.4kg)OPBFチャンピオン
●井上 浩樹(31歳、大橋=63.4kg)WBO・APチャンピオン
判定2-0(114対114、115対113、116対112)

 2020年7月に受けた屈辱。そのリベンジに燃える井上の気迫は、リング登場時の表情や立ち振る舞いからすでに伝わっていた。振り抜く右フック、左ストレートの切れ味と威力も、それを空振りしたときこそむしろゾクゾクとさせた。しかし、永田は決して臆することがない。井上の右リードに決然と左フックをクロスさせ、ハイガードでじわじわと接近し、執拗にガードの上を叩いていく。お互いに相手の強さ、しつこさを嫌というほど味わっているからこそ生まれた覚悟。そのぶつかり合いは観る者の神経を鋭敏にさせた。

 一見イキリ過ぎとも思えた井上だが、虎視眈々と布石は打っていた。ガードとダッキング主体の永田の防御を逆手に取り、強烈なフックを放ち、頭を下げる意識を植えつけた。そこへ左右アッパーを突き上げる。4ラウンド、ものの見事に右アッパーを決めて、タフな永田を棒立ちにさせると、一気に試合を決めにいく。強打の連打。永田はダウン寸前状態となるが、キャンバスを味わうことは決してなかった。

 5ラウンド。井上はガードを固めて手数を控えた。息を整える“休み”のラウンドを作っていると見た。永田のダメージを回復させてしまう行為とも思えるが、永田のタフネスを知り尽くしているからこその“先を見据えた策”なのだと思い直した。井上の様子に、スタミナを使った焦り等を窺わせるものは感じられなかった。戦術としての手休めで、心にゆとりがあるように感じ取った。だが実際は「左拳を痛めて、どうすればいいか迷っていた」のだと後で判明する。

 深刻なダメージも負っていた永田は、いっぱいいっぱいに見えた。しかし、井上の行動に乗じて回復していく。そして、永田のほうもおそらく思い描いていた展開──序盤、中盤の元気な井上の攻撃をしのぎ、いざ後半へ──になだれ込んでいく。ハイガードをいっそう強め、セコンドの指示により、井上のアッパー対策のアップライトスタイルを徹底し、敢えて井上のガードの上をいっそうしつこく叩いていく。井上に手を出させないこと、ひたすら手数を出すことによる“攻勢”という見栄えを考慮して。クリーンヒットを奪わずとも、両グローブを押しつけて押し込み、ジャッジにアピールする。

 前戦で押されまくって後退し、弱々しささえ感じさせた井上だが、そういう脆さは感じられなかった。序盤に披露した強打を見せることはなくなったが、少ないながらもタイムリーなヒットは奪っていた。そして第一は、永田に手数を出させて体力を使わせ、終盤に落ちてきたところで顔を出すはずの“隙”を待っていると見た。永田の終盤の強さを熟知しているからこその、決死の策だ。が、永田は落ちるどころかグングンと手数を増していった。リズムに乗ってではなく、かなり無理をして必死にといった様相で。表面的には守り主体の井上のほうが苦しく見えたかもしれないが、井上は勝負をかけるタイミングをこらえる我慢。心の余白度具合はむしろ、井上のほうが多いと見た。だが、どこかのタイミングで永田はリズムを得た。「ランナーズ・ハイ」ならぬ「ボクサーズ・ハイ」だ。決して器用ではない永田の最大の武器だ。

 待って待って、粘りに粘って、とうとう迎えた最終ラウンド。井上が、貯め込んでいたエネルギーを放出させた。が、永田もそう来ることを想定し、遮二無二耐えて、最後までしっかりと立ち続けた。

 双方の戦略がぶつかり合い、試合だからこその不測のアクシデントを経て、戦術を変えていく。明暗は分かれたが、ボクシングの厳しさ、おもしろさを両者から味わわせてもらった。

永田=24戦19勝(6KO)3敗2分
井上=19戦17勝(14KO)2敗

テクニック・バトルを松本が制す

日本フェザー級タイトルマッチ10回戦
○松本 圭佑(24歳、大橋=57.1kg)チャンピオン
●前田 稔輝(27歳、グリーンツダ=56.9kg)1位
判定3-0(96対92、96対92、96対92)

 中・長距離での戦いは松本がほぼパーフェクトに支配した。それは、サウスポーの前田に対しても違和感なく差し込んでいけるジャブを主体とした左の使い方による。打つ角度やタイミングはもちろんのこと、拳の角度も変えた多彩なジャブ、外から巻きつけるフックは、前田にとって厄介なことこの上なかったろう。それが、前田に左カウンター一択の攻撃を強いた。いや、前田はその戦いに追い込まれたといってよいかもしれない。

 メインディッシュは、松本の右と前田の左。先手後手、先の先、後の先……めまぐるしい駆け引きは、ものすごい緊張感を生んだ。第三者にはほとんどわからない微動のフェイントの掛け合い、騙し合いの応酬。その一端を表せば、目の動き、グローブの小さな動き、ちょっとした肩やヒジの動作、顔の微動、足の出し入れ、そして「行く」と感じさせる“気”……。初回に前田が左をヒットしたが、以降は松本が争いをことごとく制していった。左を駆使したことによって、前田の打つタイミング、入ろうとする瞬間を察知できるようになっていた。特に、前田がステップインの予備動作をしたところで抑えた右カウンターは秀逸だった。前田の左目下を腫れあがらせて、後々視界を奪った威力も素晴らしかった。

 松本は、前田の左に対し、左フックのカウンターも用意していた。ジャストミートすることは叶わなかったが、これは前田の警戒感を煽るだけでも効果あり。左カウンターに集中できる松本に対し、右ストレートと左フックを意識せねばならぬ前田は、それだけハンディを抱えるということだ。

 しかし松本は、自ら左フックのカウンターを捨ててしまった。右カウンターだけでいけると踏んだのか、もしくは自分の右と前田の左、この勝負だけをしてみたくなったのか。前者ならば、それは油断につながるもの。後者なら、その気持ちはなんとなくわかる。

 腫れがひどくなり、松本の右をまともに浴びるようになった前田は、そのまま落ちていく様相も窺えたが、セコンドの叱咤も受けて、とことん戦い抜いた。しかも、半ば自暴自棄になってハチャメチャな逆転を狙うのでなく、冷静に、唯一の武器たる左カウンターを虎視眈々と狙って。9ラウンド、そして最終ラウンドに決めた左は凄まじかった。特に、上体の極小の動きで松本を引っかけ、タイミングをずらして突き刺し倒した左は鮮やかだった。最後の最後で叩き込み、松本に鼻血を流させた左も見事だった。
 最終盤のミスさえなければ松本の完封だったが、こういう経験を乗り越えたこともまた、彼を大きくするのだろう。「ああいうシーンを作ったら、世界戦では見逃してくれない」と自分を律した言葉は素晴らしい。

 大劣勢ながら、イチかバチかの博打的攻めでなく、冷静に技術で松本を追い込んだ前田のスキルは、いつか大きな花を咲かせてもらいたいもの。そのためには前の手の多彩さと駆け引きが必須だ。松本から学び取ることも多いはずで、聡明な前田のことだから、そんなことは言われなくてもすでに考えているはずだ。

松本=10戦10勝(7KO)
前田=15戦13勝(8KO)2敗

“こだわり”捨て、左強打封印した中嶋の鉄の意思

OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王座決定戦12回戦
○中嶋 一輝(30歳、大橋=55.1kg)8位
●中川 麦茶(35歳、一力=55.3kg)6位
判定3-0(119対109、120対108、120対108)

 最大の武器である左ストレートの強打。これを鉄の意思で封印した中嶋の、心の強さが完勝を果たした最大の要因だろう。そして、中川にとってはそれが最大の誤算だったはずだ。

 中嶋が、強引に左を打ち込むと、ほんのわずかだがバランスが乱れる。これをかわしそこなえば危険極まりないが、中川にはそれを実現できる技術がある。そして、そこに左フックや右を合わせる技も。中川は、相手を呼び込んで刺すスタイルを最も得意とし、そこでリズムを作ってから攻めていくのが必勝パターン。だが中嶋は、大前提のリズムを作らせなかった。自らが相手を引き寄せるスタイルをベースに据えた。ただ安穏と迎え打つのでなく、派手な動作はないものの、実に堅実な前の手(右)の使い方によって。中川に左フックを出させないよう、その左腕にまとまりつくようなフェイントを入れまくった。
 そうして、6,7割の力で、確実に当てることを目的とした左ストレート、それを生かすフック、ボディアッパーで中川の精神も肉体も削った。

 リズムを作れないまま、前に出ざるをえなかった中川は、目のフェイントを入れながら、スローモーションのような右のオーバーハンドを繰り返した。中嶋はこれを難なくステップバックでかわしたが、中川のオーバーハンドは“餌”。スピーディーな右ストレートを当てるためのスローブローで、唯一、このストレートだけは中嶋を捕らえることができたが、この日の中嶋は「打たせない」ボクシングを第一に考えていたために、その効果は薄れた。
 速さを見せておいての遅さも効力を発揮する。スローなオーバーハンドも相手によっては有効のはずだが、中嶋には届かなかった。

 袋小路に追い詰められた中川は、自らロープを背負ってのカウンター狙いに逆転をかけた。けれども、中嶋は、常にステップバックできるスタンスとリズムで、連打を打ちこんでいた。左強打を叩き込みながら、中川のリターンブローへの警戒を決して解かなかった。「相手を倒すことしか考えない」と、強いこだわりを持ってプロ生活を続けてきたが、さらに強い意思で自らを律した姿は感動的だった。平岡アンディの父、ジャスティス・コジョ・トレーナーとの相性も良いのだろう。そして、彼が積み重ねてきたアマチュア・キャリア、その土台があればこその“原点回帰”だ。

中嶋=18戦15勝(12KO)2敗1分
中川=41戦28勝(18KO)10敗3分

ダウン喫するも、アポリナリオが20連勝

51.5kg契約8回戦
○デーブ・アポリナリオ(25歳、フィリピン=50.5kg)
●タネス・オンジュンタ(31歳、タイ=51.1kg)
KO4回1分44秒

 右足を相手の左足の中に入れて、斜めに突き刺す右ジャブ。外に入れて左ストレート。また中に入れて今度は右から左。こうして角度もタイミングもパターンも変えながら、アポリナリオは強烈な左ストレートで軽々と倒す──というわけにはいかなかった。上体の柔らかさ、それを使ったボディワークの反応の良さ、そして、アポリナリオの強打を恐れずカウンターを狙えるハート。オンジュンタのセンスの良さが明白だった。

 それを察したのか、それとも左に自信を持ちすぎたのか。アポリナリオが左を振るうと、それにオンジュンタは左フックを同時打ち。そして右フックを返そうとしたアポリナリオよりも先に、中から右。これがカウンターとなって、アポリナリオは尻もちをついてしまった。

 しかし続く4ラウンド、アポリナリオはダウンで目覚めたかのように、ジャブと前後ステップで速いテンポを創出し、リズムを作ると、ワンツーでオンジュンタを倒す。そうして、一気にスパークし、跳びつくような右アッパーをねじ込んで、2度目のダウンを奪った。
 ここもカウント8で立ち上がったオンジュンタだが、福地勇治レフェリーは10まで数えた。目の動きや挙動でダメージを悟ったのだろう。

 ダウンを奪われたことで、アポリナリオの評価が下がるような声も聞かれたが、あのタイミングで打ったオンジュンタを褒めるべきだ。

アポリナリオ=20戦20勝(14KO)
オンジュンタ=14戦12勝(6KO)2敗

《後楽園ホール・現地取材》

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