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【傍観者は見た!】“いい加減”のススメ。真面目、実直が好結果を生むとはかぎらない


☆日本フェザー級タイトルマッチ10回戦
○松本圭佑(23歳=大橋)チャンピオン
●藤田裕史(34歳=井岡)8位
判定3-0(100対90、100対90、100対90)

 ジャッジ三者がいずれも100対90のパーフェクトと採点した試合。しかしその実、王者・松本にとっては“完璧”な手応えを感じられないものだったはずだ。中盤以降に折々で決めたボディブロー、最終10ラウンドに強引に仕掛け、右目尻をカットさせた攻撃で、ようやく挑戦者・藤田の表情を曇らせたものの、それ以外のほとんどはスカされたり、ふわりとした感触を味わわされたりといった具合だった。

 右ストレート一撃。両腕を広く開けるサウスポー藤田の構えを思えば、それは当然の狙いだった。が、ガードの隙の大きさに反し、半身に構える藤田の懐は、見た目以上に深い。その感覚をつかめぬままにいきなり右を打ちこんだところでクリーンヒットは奪いづらい。予想以上の遠さを感じて、さらに強引に打ち込んではかわされて……の悪循環を繰り返し、松本は一向にリズムに乗れなかった。

 対する藤田は間断なく右ジャブを打ついつものスタイル。これは、いわゆる“リードブロー”の機能を果たしているとは言い難く、配信解説の長谷川穂積さんが指摘したとおり、「自分のリズムを作り、キープするジャブ」。松本に当てようとか次の攻撃につなげようなどという意識は全く感じられないものだ。けれども松本は、自分に向かってチラチラと蠢くこのジャブに過剰に反応してしまった。その証拠に、自らの左ジャブをなかなか打ち込むことができなかった。

 松本はサウスポーを決して苦手とはしていない。相手の前の手のイン&アウトにジャブを打ち分けることもできる。この日はほんの時折、インに打ち込むことはできたが、外からかぶせるようにして打つジャブは皆無だった。この打ち分けをできていれば、藤田もおいそれとリズムジャブを打つことができなかったろう。藤田が自覚的だったのか、それとも無意識だったのかはわからないが、松本にそれをさせなかったという点で、藤田のジャブが松本のそれを抑止したと言える。

 そもそも松本に、ジャブから崩す意識はあったのだろうか。そこも不鮮明だが、右を決める、右で決める意識が強かったのは間違いない。ジャブでリズムを作り、距離を測り、タイミングを計り……という大前提をカットしたことも相まって、試合全体のリズムは藤田が握り続けていった。ボクシングの“法則”に従えば、松本が敗色濃厚に陥ってもおかしくない展開だった。

 それでもポイントは松本が取り続けた。まったくリズムに乗れず、クリーンヒットを奪うこともできなかったが、コツコツと小さなパンチを集めることはできていた。藤田は自分のリズムを構築できていたものの、印象的な攻撃につなぐことはできていなかった。2ラウンドに、強引に右を打ち込んでバランスを崩した松本に左を重ねてみせたが、あのようなシーンをふたたび見せることはできなかった。至近距離で左ボディカウンターを狙っていたが、それで松本を止めることは叶わなかった。総じて松本が決めにくるパンチをよけることに必死で、乗り切れない松本を手玉に取ったり、積極性を示したりするゆとりを築けなかった。おびき寄せてカウンターを狙う松本を警戒し、攻勢をかけることもできなかった。

 松本は、右を当てるためのフェイントをいくつもかけていた。上体の小さな動き、左足の動き、左グローブの動きなどだ。しかし、それらはあくまでもフェイントの域を抜け出ず、いったんリセットしてしまい、タメを作って右を打ち込むことに終始してしまった。リズムを取れず、ペースも握れていないがゆえの所作だ。

 両者の実力差は明白だった。だが、それが招いた松本の力みであり、彼の実直さ頑固さが生んだ悪循環であり、そこにうまく絡みついていった藤田の粘っこさがあった。

 真面目でまっすぐなことは尊い。けれども、それが必ずしも好結果や希望どおりのことを生み出すとはかぎらない。それはボクシングに限らず、誰しもの仕事や生活の中で感じられることだろう。そんなときは、思いきって休んだり遊んだりといった“間”を作り、悪い流れやリズムを断ち切ることが必要だ。
 松本も、自ら下がって流れを変えようと試みていたが、表情は硬く、苦肉の策感が溢れ出していた。カウンター狙いの意図もありありだった。人生経験豊富な藤田からすれば、丸わかりだったろう。

 “いい加減”と聞けば誰もがマイナスのイメージを抱くだろう。が、“良い加減”の遊び心は何をするにも重要になってくる。舞台が大きくなればなるほど、だ。

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