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【ボクシング】2・13後楽園ホールの3試合を批評&考察


出田沼の深さを奮闘・小林に嚙みしめてほしい

◇2月13日/東京・後楽園ホール
日本スーパーウェルター級タイトルマッチ10回戦
○出田 裕一(39歳、三迫=69.6kg)チャンピオン
●小林 柾貴(24歳、角海老宝石=69.4kg)1位
負傷判定7回1分47秒 2-1(68対66、66対67、67対66)

 出田よりも15歳若く、経験でも浅い小林が、初回にして“巻き込まれた”と感じた。が、この若者は2ラウンドに入ると長短織り交ぜて、しかも上下に差し込む右アッパーで流れを引き戻していく。入り込んでくる出田のみぞおちを、絶妙なタイミングで突き刺したボディアッパーは特に出田をバタつかせていた。

 けれども出田はやはり業師だ。自分のピンチをごまかす術を心得ている。小林のアッパーが生きる空間を、頭とグローブを押しつけ、押し込みながら潰し、体を密着した状態から頭の位置も小林のアゴ下に押しつける。両腕で小林の腕を巻き取りつつ、スッと抜いては左グローブを小林の顔面にねじ込む。小林の右目の腫れを悪化させる、地味だが味のある小技だ。

 初回1分すぎに腫れ出した小林の右目周り。結果的にバッティングによるものと判断されたが、腫れ出しのきっかけは、私の目には出田のジャブに見えた。その後、たしかに頭も再三当たったが、出田のこれまた目立たないが、ジャブやフックも確実にヒットしており、腫れがひどくなったのはそのためだった。
 タイトルマッチ経験の浅いレフェリー(私の曖昧な記憶で恐縮だが、ひょっとしたら初めてかもしれない)は、映像を見るかぎり、腫れた瞬間にヒッティングによるものかヘディングのためか、いずれかのアピールをしなかった。それがどうにも腑に落ちない結末になだれ込む要因となったが、今後はそこをしっかりとその瞬間に見極めてもらいたい。

 4ラウンド、小林はある程度の勝負をかけて、中距離からの強打を繰り返した。しかし、期待以上の効果を上げることはできず、スタミナも使ってしまった。ポイントは奪えていたかもしれないが、目には見えづらい出田の圧迫感がじわりじわりと小林を蝕んでいたように思う。潮目がはっきりと変わったのは5ラウンドだ。ギアを上げた出田の左右フックが小林を圧する。肉体的のみならず、精神的にも追い込まれてきた小林が、力づくで跳ね返そうと強振するスタイルに変わった。心が乱れている証拠だった。目の腫れもそれに追い打ちをかけていたろうが、それだけでは決してなかった。見えづらいということもあろうが、下を向き、上体を折ってしまうシーンが何度もあったのは、エスケープと受け取れた。この回を終えてのオープンスコアでは、48対47、49対46で小林支持が2ジャッジ、もうひとりは48対47で出田だったが、流れは完全に出田のものとなっていた。

 疲れとダメージを抱える小林は、6ラウンドに入ると出田の軽い左右フックに何度も崩れかけたが、目が見えない状態からの必死の強振で出田のマウスピースを落とさせた。しかし、ここでの中断を生かすのもまた、出田の経験力だ。呼吸を整えて連打を繰り出していく。様々な状況を加味せずに、この場面だけを考えて判断すれば、ここでストップとなってもおかしくなかったろう。

 インターバル中にドクターが青コーナーに向かい、目の状態をチェックする。ここにいたって初めて目の腫れがバッティングによるものとアナウンスされる。7ラウンド開始ゴングが鳴らされるも、小林はなかなか出てこない。おそらく石原雄太トレーナーが続行するかどうか本人に問いかけていたのだろう。
 出田はその光景もしっかりと見ていた。一気に襲いかかり、40発近くの連打を繰り出した。軽打でヒットを奪えていなかったものの、ロープを背負った小林は無抵抗だった。試合を止めてもおかしくないシーンだ。が、レフェリーは止めず、出田の連打終わりの間ができたところで中断し、ドクターチェック。これを経て、ようやく試合を止めた。

 試合を成立させること、ポイント劣勢から挽回し始めた出田、ポイントをリードしていた小林と、様々なことに気を配り、レフェリーも混乱していたのではなかろうか。だが、一瞬の躊躇や迷いで決してしまうのがボクシング。シンプルに、その場だけで判断するのが得策と考える。

 小林の大奮闘は讃えたいが、やはり出田が大きく上回っていたと感じた。途中から右を振って入ることを繰り返した出田のブローを、その場にとどまって受け止めず、冷静にステップを使った距離で外し、空振りを誘う。そんな駆け引きをできるようになると、大きく飛躍できると思う。
 出田には、戦ったものにしかわからない妙味がある。悔しさだけでなく、ボクシングの奥深さをどうか噛みしめて今後に生かしてほしい。

出田=35戦18勝(9KO)16敗1分
小林12戦9勝(4KO)3敗

左の位置とワンツー。渡来スタイルは奥が深い

スーパーライト級8回戦
○渡来 美響(25歳、三迫=63.1kg)日本5位、WBOアジアパシフィック14位
●アリ・カネガ(26歳、フィリピン=63.3kg)WBOアジアパシフィック7位
TKO4回28秒

 胸の前と腰の高さ。基本的にこの2箇所に左グローブをセットして、ジャブを放つ渡来。向かい合う相手にとって、視界外から突如現れるこのフリッカージャブは、視界内からのそれよりも反応しづらい。しかも渡来のジャブは、速さだけでなく重さもともなうものだから、カネガはあっという間にこのブローで主導権を握られた。さらに渡来は、ジャブと同じタイミングで同じ出どころからのフックを放つ。これは、クリーンヒットを奪えずとも、相手を混乱させるだけでも効果絶大となる。
 出どころの異なるジャブ、そしてフック。たったこれだけで4つのパターンがある上に、“間”を少しずつずらして放つタイミングを変えていけば幾通りにもなる。さらに上下左右へと打ち分けていく等、“肉付け”を増やしていけば、引き出しは限りなく無数に近い状態となっていく。ボクシングとは、こういう競技なのだ。

 顔面がガラ空きの状態は、第三者が見れば心許ない。しかしそれは、渡来のようなジャブを打たず、ただ漫然と時を過ごす者にのみ当てはまる不安だ。しかも、腕を上げて構えるハイガードとの違いは、相手が距離をつかみづらくなるという視覚効果もある。同じ位置取りをしていても、腕が眼前にあるのとないのでは、向かい合う者の感覚は変わってくる。試しに誰かを前に立ててやってみるとわかりやすいが、腕が上がっている方が近く感じる。つまり、腕が外れていると奥行きを感じさせられ、距離感がつかみづらくなるのだ。

 フロイド・メイウェザーに心酔し、メイウェザーばりのいわゆるL字ガードスタイルがすっかり有名になった渡来だが、本家同様、体を捻って肩や腕で受け止める巧さがあればこそ。さらに、相手のパンチを受け止めたリズムを飲み込んで自らのリズムを作り、攻撃に転じることができる。ロープを背負って相手を誘い、腕や肩を打たせてのリターン・カウンターは彼の得意技。そうしてワンツーをタイムリーにヒットさせるパターンは、亜流を越えてすっかりオリジナルになっている。

 2ラウンドには、小さく動いて相手を引きつけて“間”を創出し、転じて素早いワンツーを打ちこんでカネガをダウンさせた。渡来はまるでグリーンボーイのように、これでもかとワンツーを打ちこんでいく。これが実に良い。
 グリーンボーイのように、と思わず書いてしまったが、ワンツー、いわゆるジャブからのストレートを大切にしない新人選手の多さは、すっかり昨今の定番だった。上に上がっていく選手、強い選手は必ずワンツーを大切にしているということを、いま一度確認してほしい。

 3ラウンドになると。カネガも右フックを打ち込むタイミングを変えて、プレスのかけ方も変えてきた。渡来も、“呼び込む”ではなく、“後退”のフットワークになりかけていた。が、ラウンド終了間際に右カウンターをヒットして、追撃でダメージを与えると、続く4ラウンドは、はっきりと勝負を決めにいくスタンスに切り替えた。足幅を広げ、重心を落とした形だ。そうして左フックをヒットさせて連打。たたらを踏むように後退したカネガはふたたび尻もちをつき、ここでレフェリーが試合を止めた。

 日本ランキングを見てみると、2位に関根幸太朗(26歳=ワタナベ)がいる。渡来とは手法は異なるものの、関根もまたディフェンスでリズムを作れる稀有な選手である。4月9日、渡来の同僚で日本チャンピオンの藤田炎村(29歳)が1位の李健太(27歳=帝拳、※試合時は28歳)と3度目の防衛戦を行うが、“ネクスト”を考えると楽しみでしかたがない階級である。

渡来=5戦5勝(3KO)
カネガ=12戦10勝(6KO)1敗1分

廣瀬の上手さに岩下も引きずられてほしかった

フェザー級8回戦
○廣瀬 祐也(25歳、協栄=56.8kg)
●岩下 千紘(27歳、駿河男児=57.0kg)
判定2-0(76対76、77対75、77対75)

 サウスポー同士の一戦は、予想どおり、技術の廣瀬とパワーの岩下という構図になったが、廣瀬の上手いボクシングに、岩下が何かを思い出してほしいという願望もあった。というのも、実は巧さを持つ岩下のボクシングが、ずっと荒れているように感じていたからだ。
 これは同僚で同学年の湯川成美にも言えること。お互いに刺激し合っているのか、それともいずれかが引きずられているのか、はたまたジムの方針なのか、それは定かではないが、ここ最近の彼らはパワーファイト偏重が過ぎる。その代償として、防御が疎かになっていると思っていた。

 岩下のプレスに押されるように見える廣瀬だが、後退し、左右へと逃げているように見えて工夫が見られた。岩下の右肩越しに放つ左クロスのタイミングが良い。これを印象づけておいて、返しの右フックも再三決まった。

 岩下は、時折クイックな上体の動きやフェイントを入れて、持ち前のセンスを感じさせるシーンもあったが、廣瀬に小突かれてかわされて、基本的には左一撃狙いの構えに陥った。動きが少ないから廣瀬にとっても好都合。悪循環にハマりかけていた。が、それをすんでのところで抑えていたのは右ジャブだ。廣瀬の呼吸のタイミングを読んで、ずらしてヒットさせ、鼻血を流させた。防御意識の高い廣瀬だったが、唯一ジャブには反応できていなかった。

 岩下が、このジャブをベースに組み立てていれば、また違った展開になったかもしれない。だが、やはり1発を当てたい意識が優ってしまった。そう仕向けた廣瀬の展開力もあれば、岩下のボクシング感がそうさせたのかもしれない。ここからの岩下の“変化”に期待したが、その片鱗を見せるにとどまってしまった。

 左対左に弱いのか。岩下の頭の位置が気になった。廣瀬の左クロスが再三再四、岩下のテンプルを捉えた。リターンの左を、体重を乗せて打ちたいという思いもあったのだろう。廣瀬がクロスを打ち込みやすい位置に、常に岩下の頭があった。強い左にこだわりを持つがゆえ、重心移動にともなっての岩下の頭、その位置は、彼の癖になっているのかもしれない。
 いずれにしても、そこを突いた廣瀬、おそらくは指示しただろう陣営がうわてだったということだ。

 廣瀬サイドからすれば、返しの右フックを序盤のように打っていれば、もっとはっきりとした勝利を得られたかもしれない。が、そこは岩下のリターンの左を警戒して、打つのを控えざるをえなかったのだろう。

 貯め打ちスタイルの岩下は、体全体の動きが少ないが、力みが強く、スタミナの消費量も多いのだろう。けれども、絶対的なスタミナが足りないのではないかと思う。終盤は、はっきりと動きが落ちた岩下を、廣瀬が何度もダウン寸前に追い込んだ。結果的にラスト2ラウンドのスコアが勝敗を分ける形となったが、初黒星となった岩下、そして陣営がこの結果をどう受け止めるか。そこに岩下の今後がかかる。かなうならば、大いなる“きっかけ”の試合としてほしい。

 テクニシャンの印象が強かった廣瀬の終盤のひたむきな連打は、新たな一面を見た思いだ。精神的に追い込まれてのものでなく、それまでの展開作りがあったからこそ活きた。前・日本フライ級チャンピオンで、1歳上の先輩・永田丈晶のステップワークを学んでいるというが、良いところを吸収して、さらに技術を磨いてほしい。

廣瀬=13戦9勝(4KO)3敗1分
岩下=10戦7勝(4KO)1敗1分1無効試合

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