【似非エッセイ】気づかれない気遣い

「炬燵記事(こたつ・きじ)」全盛の時代にあって、これが虫唾が走るほど大嫌いだが、ついつい目に留めてしまい、得も言われぬ敗北感を味わうこともままある。昨日もそうだった。タレントの藤田ニコルさんのSNSからの引用記事。スポーツ各紙がこぞってネットに上げていて、“やっちまった”次第だが、藤田さん自身の発言について思うことがあったから、ちょっとここに書くことにした。でも、その炬燵記事をリンクするのは馬鹿げているので貼らない。ささやかな抵抗である。

 藤田さんは「道を歩いていて、後ろから来る人に恐怖心を覚える」という。男のオレだって、誰かにビッタリとくっついてこられたらそりゃ気持ち悪い。女性ならなおさら。その感覚は至って健全だ。
 でも、たまたま向かう方向が一緒になることは往々にどころか、しょっちゅうある。そして、これがまた不思議なもんで、なぜか決まって「女=前、男=後ろ」という構図になる。

 そんなときどうするか。

 何もない一本道ならば、他の周囲の人に不審に思われない程度のスローウォークをする。「とっとと行っちゃってくれ!」というやつ。でも、そういうときにかぎって、女の人の歩みが遅い。その際は、思い切って止まる。電話がかかってきたようなフリをして、スマホを取り出して見たりする。横道があればそこに入って立ち止まり、スマホを眺めて彼女との距離が充分開くまで待つ。お店があれば、用もないのに飛び込んでみたりもする。

 夜道はもっと気を遣う。遥か前方だけれども、「オレ歩くの速いし追いついちゃうなぁ」というときは、寄りたくもないのに近くの喫煙所に向かって一服したりする。数分後、「さあ、もう大丈夫だろう」と思い、念には念を入れて遠回りする道を選択して歩き出す。が、ゆっくりと坂を上り切ったつもりが、まだ中腹を下っている彼女を見つけて愕然とすることもしばしば。そんなときは、歩行状態でどうするかを決める。

 彼女が単に歩くのが遅いなら、逆側の歩道にまた戻る形を取り、反対側の歩道からとっとと追い抜いていく。けれども、後ろ姿を見て、明らかに歩きスマホをしてると判じた場合はそんな気は遣わない。「一服したりなんだりで与えてやった時間は何だったんだ」と心の中でボヤきながら、歩道を変えずに一気に抜き去る。
 スマホに夢中になってる彼女たちは、こっちが敢えて足音を立てながら近づいてあげているにもかかわらず、それにすら気づかず抜き去り際になって驚き、10人中10人がビクッとして一瞬立ち止まる。中には「キャッ!」なんて声を上げる者もいるが、知ったこっちゃない。そんな平和ボケをしてるやつらは、ちょっとぐらい驚かせてやったほうがよい。自分がやっていることの危険度を思い知らせてあげるオレの優しさだ。

 晴れ渡った先日の昼間、近所の裏道を歩いていたら、前方の横道からこちらの幹線に向かってくる女性を見つけた。「あ、こりゃまた向かう方向もタイミングも重なっちゃうな」と思い、道の逆側に渡り、スローウォークに切り替えた。が、その女性はオレが歩いてくるのを察した瞬間、急に脱兎の勢いで駆け出した。近くにいた数名の老人が、「あんた、何かしたの?」って不信感に満ちた眼差しでオレを貫く。

「え~! オレ、なんもしてねーよ。あの女が勝手に走り出しただけだよ!」って、10年前なら言っただろうな。けど、オレも大人になった。何の言い訳もせず、「彼女はきっと、以前に怖い思いをしたことがあったんだろうな」と、黙って理解を示した。
 けれど、わずか15mばかり走って、彼女はふたたびゆっくりと歩き出した。どうせなら、もっと見えなくなるまで走ってほしかった。なにより、「この男の人に失礼なことをしている」と思ってほしかったが、そんなこときっと露ほども思わないんだろう。

 後ろからはもちろん、前から来る人だって何をしてくるかわからない世の中。警戒心を持つことは大事。極力気を張って歩くべきである。が、本人のあずかり知らぬところで、気を遣って歩いてる男衆もいるのだよ、ということだけは知っておいてほしい。

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