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君の人形 ep.2

 あれから、六年、七年、と経って私と高野君の関係は名前のつかないものになった。付き合おう、といって数回デートを試したものの、どれも退屈で、お互いに一緒にいることは楽しいものではない、ということがわかってしまった。でも、それが別れた原因ではなかった。デートらしきものはしなかったけど、私と高野君はよく、「人形ごっこ」を楽しんだし、それはある意味で恋人がするもののようにみえた。
 別れた方がいい、という結論をだしたのは高野君が他の女の子とデートをするようになったからだった。高野君に罪悪感みたいなものはなかったと思う。むしろ、罪悪感を覚えたのは私の方で、私みたいなひとと付き合っていると高野君がほんとうに居心地がいい、と思えるようなひとと堂々とデートすることができないのではないか、と思うようになったからだった。堂々とデートができたとしても、彼女持ちのくせに浮気なんかして、と誰かから高野君が非難されるのは嫌だった。それで、私の方から「別れよう」といった。
 高野君は、でもこれからも俺と遊んでくれるよね? と初めて悲しそうな顔をみせていった。
 私はうれしかった。
 悲しくて、でも、そういってくれることがうれしかった。
 そして、名前のつかない関係が始まった。

 ○ 

 ショーツにキャミソール姿の私を、高野君は女のひとのような節の細い指で触っていった。それは、新たに製造された部品をひとつひとつ点検していくような慎重さだった。私は視線を天井から高野君の方までおろした。高野君は、目を伏せてすごく真面目な顔をしていた。講義を聞きながらルーズリーフにメモをとっている学生時代の高野君とそれは似ていた。高野君が顔をあげた瞬間、私はすぐさま視線を元の天井の位置に戻した。
「どうしたの、これ」
 そういって、高野君は私の太股を掴んでそこにできた痣をさした。私は起きあがって、しらない、といった。
「しらない?」
 高野君は無表情にそういった。怒っている、そう私は感じた。
「ごめんね。しらない間にできてた」
 いつになく早口にいって手のひらでその痣を隠そうとしたけど、高野君はそれを手で払った。「別にいいよ」と高野君はいってくれたけど、それは本心ではなかった。高野君は脱がした私の服を拾って、カーテンを開けた。
 外のひかりが入ってくると、私はとたんに鳥肌が立った。
「誰だって痣ぐらいできるよ」
 きっと私は怯えた表情になっていたんだろう。高野君からそういわれて、不本意に感情をだしてしまった自分の顔をごしごしとこすった。高野君は、窓を開けず煙草をくわえた。チェストの上に転がっている百円ライターを適当に掴んで火を灯した。銘柄はしらないけど、高野君は同じ種類の煙草をいつも吸っている。
 私の顔をみると、あぁ、ごめん、と高野君は今気づいたように、窓を開けた。
「今度会うときまでに、痣はきっと治っているから」
 ブラウスのボタンを締めながら私はそういった。そういいながら、でもその言葉を自分でも全く信じてなかった。
「うん」
 高野君はそれだけいって、窓の外を見た。窓の向こうは一軒家のざらざらした壁だけがみえる。高野君は何をみているのだろう、と思っていたらどうやら下をみているらしく彼が振り返って、さっきとはうってかわった明るい表情をして、卵が落ちてる、といった。
 ブラウスだけ着た私は窓の方に寄って、その下を見た。名前のしらない鳥の卵が、ドクダミの花の上で割れていた。

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