残念ながら上司の1on1では実際のエンゲージメントが上がらない理由
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何のための満足度調査?
かつて、ある優れた経営を評価する賞の審査員としてある中小企業さんを訪問してお話をお伺いしていた際、社長さんが、おや?と思うようなお話をされました。
それは、その会社の従業員満足度が低かったので、改善として、項目の見直しと、対象の見直しを行った結果、満足度が上がった、というお話。対象の見直しというのは、パートやアルバイトを除いて社員だけにした、ということでした。
これ、皆さん、どう思われますかね?
少なくとも、項目と対象が違うデータを変えてしまっては、調査の連続性がなくなるので、比較できないデータになってしまっています。というのもありますが、いや、何のために満足度調査してるの?という疑問が湧いてきたわけです。
満足度調査の結果、こういうところに組織的な課題があることがわかったので、それをこう変えた結果、満足度調査でも結果が向上しました。
こういうのが改善であり、満足度調査は結果系なので、プロセスをいじらずに結果を変えようというのは、そもそも、経営として何の意味があるのか?といえば、こうした経営を表彰されたいから、というだけの理由なわけで、意味がなくなります。
実は、日本の組織においてこういう原因と結果の逆転現象というのは結構、起こっているような気がしていて、なぜか、当事者はあまり気づかないということがあるようです。
前に働き方改革の記事を書きましたが、ここでも、手段と目的の入れ替わりが起こっていました。
エンゲージメントは結果指標
さて、今回、取り上げたい結果指標は、最近、何かと話題になっている「エンゲージメント」です。これ、調べていくといろいろ根とか闇が深すぎて、ちゃんとした考察は別記事にしたいと考えていますが、いずれにしても、これは、従業員満足度調査と同様、結果指標です。
結果指標という言葉を見慣れない方のために、一応、解説しておきます。まず、指標というのは、何かの状態をチェックするための測定値、だと思ってください。例えば、気温を見て、30度超えてるからクーラー入れようとか、外気が25度を切ったからクーラー消そうとか、そういうことを判断するものです。
経営にはアートやセンスの部分と、ロジックやサイエンスの部分との2種類があると思うのですが、この指標は後者だとお考えください。つまり、アートやセンスは根拠というより直観で動くものですが、ロジックやサイエンスはそれを後から証明するもの、というようなイメージです。優れた経営にはこの2つのアプローチの融合が必要です。
その後者の手法を実践する際に必要となるのが指標による検証なわけですが、この指標、簡単に分けて、インプット指標とアウトプット指標とアウトカム指標、という3つに分けることができます。例えば、ある地方で市町村がキャンペーンをやって、それで観光客を増やして地方経済活性化につなげたいな、と思った場合、そこにいくらのお金と人材をつぎ込むのか、というのがインプット指標となります。その結果、どれくらい観光客が来たのか、という結果が、アウトプット指標。そして、最後のアウトカム指標というのは成果、つまりは経済効果ということになります。
このうち、結果指標と言っているのはアウトプット指標のこと。これは結果であり成果とは異なります。
日本企業でエンゲージメントが低くなる理由
話を戻しますが、エンゲージメントというのは結果指標です。どれだけ従業員が会社に愛着を持っているか、ストレスなく働けているか、モチベーションを保てているのか、ということを測るものですが、概して日本企業はこの値が低い。
なんで低いかというと、長期雇用が「当たり前」で、少々、その会社のことが嫌でも、なかなか辞めないからです。というか、辞めて次の仕事が見つかるか不安だから、です。
下記の記事でも引用した部分を、再掲載しておきます。
「急速に消え始めている」のは確かですが、これはドラッカーが例に出している30代など、割と若年層の話。さすがに40代50代の中高年ともなりますとよっぽどニーズの高い専門性を持っていない限り、そう簡単に転職できないのが現実でしょう。
エンゲージメントを高める手段として1on1が推奨されている?
この記事では、エンゲージメントを高めることそのものについては扱いませんが、気になっているのは、エンゲージメントを高める手段として、1on1が推奨されているという話をいくつかお聞きしたことです。
直観的に、上司の1on1ではエンゲージメントが上がらないやろう、と思ったのですが、なぜ、そう思ったのかを、きちんとロジックで解説していきたいと思います。
結論から言えば、もし、1on1でエンゲージメントが上がるとすれば、それは上司の1on1ではなく、経営者による1on1だと思うからです。
エンゲージメントというのは日本語に直せば「絆」となりますが、これすなわち「経営を自分事として捉える」ということになります。では、どうやったら従業員が経営を自分事として捉えられるようになるのかと言えば、それは簡単に言えば、「自分の意見を持っていて、それを伝えられて、それが経営に影響を与えられる実感を得られる」ということに尽きると思います。
激しい結論から言えば、社員全員を役員にしてしまえ、ということになりますが、日本のサラリーマン会社の場合、役員が経営を自分事と思っていなかったりするので、実はそんなに簡単な話でもありません。
しかし、どうでしょう。経営者の方、つまりは社長でも会長でもいいのですが、自分のために時間を使ってくれて、話を聞いてくれて、しかも、自分の意見を経営の意思決定に生かす、みたいなことが実感できたら、この会社の経営の一部を自分が担っている、という気になるのではないでしょうか?
ということで、会社に対するエンゲージメントを高めるというのはつまり、この会社の経営のハンドルを自分も握っているんだ、という実感を持たせることに尽きるわけです。
再び上の記事から、ドラッカーの言葉を引用しておきます。
この文章の詳しい背景は上の記事を読んでもらうとして、ここで伝えたいのは「従業員が会社や製品との一体感を求め、責任を持ちたがっている」ということ、この気持ちがエンゲージメントにつながる、ということです。
さて、ここまでの話で、経営者による1on1であれば、エンゲージメントを高められるかもしれない、ということはなんとなく納得いただいたのかな、と思うのですが、ということは、1on1自体に効果がないわけではない、ということを言っています。
上司の、というところに問題がある
ということは、「上司の1on1ではエンゲージメントが上がらない理由」は論理的に、上司の、というところに問題がある、ということになります。
私が聞いたいくつかの事例では、部長や課長といった中間マネジメント層に、エンゲージメント結果の結果責任を負わせている会社がいくつかあるようです。
いや、無理ゲーでしょ、それw
と思ってしまうのは、そもそも、今の日本の組織において、中間マネジメント層に結果責任を負わせているということ自体、エンゲージメントを高めることに反しているからです。
経営のすべての結果や成果に対する責任を負うのは、誰でもないトップマネジメント層です。言い換えれば社長と言ってもいい。
社長を中心とした組織の場合、実際に私が理想的だと思っている組織の結果責任の分担は、下記の図に表の通り、3つに分担されています。
しかし、エンゲージメント経営を目指すということは、先ほども書いたように、経営のハンドルを従業員にも握らせるということなので、すべての結果責任を組織全体にシェアする、という経営になります。これは、稲盛さんが提唱するアメーバ組織と親和性が高い考え方ではないかと思います。
すべての結果責任を組織全体にシェアするエンゲージメント経営を目指しているのに、ミドルマネジメントにエンゲージメントの結果を押し付けるというのは、これは施策として矛盾しています。
アメーバ組織については、ここではこれ以上、触れませんので、下記に参考になりそうな記事をリンクしておきます。
もっと思想的に最先端に行ってしまいたい方には、DAO(自律分散経営)も理論的には唱えられているようです。
理論的には、と言いましたが、まあ、中小企業やベンチャーなどでは、実験的に導入する例もあるようですが、上の記事にもありますように、これらの仕組みは、「日本的な組織や人事制度とは真逆の性質を持つ」ところに特徴があります。
つまり、結論から言うと「日本的な組織や人事制度は古い」のが、実はそもそもの前提にあるわけです。それは当然、日本の政治や法律や税制などのシステムが古いことの影響を受けています。
これらは言ってみれば、結果指標を左右する原因となるものです。こちらにメスを入れないで、実際に組織のエンゲージメント結果が上がるわけがありません。なぜなら、それは難しい話ではなく、何度も言っているように、エンゲージメントは結果指標だからです。
エンゲージメントハラスメントが生まれるかもしれない?
日本的な組織や人事制度が古いことが、結果としてエンゲージメントの結果の低さにつながっていることは、当然のように、いわゆる政府と言いますか、官僚の皆様もわかっていることでしょう。だから働き方改革だのリスキリングだの言っていたわけです。働き方改革については、まったく本来の目標設定とは違う、残業時間の制限に罰則まで設定して、本気で日本的な組織や人事制度を変えようとまでしましたが、まあ、本来の目的である「付加価値の向上」を目標設定としていないので、結果だけは合わせてくる形で企業は対応しました。その辺の話はこちらに書いています。
エンゲージメントも同じ結果になる予感しかしません。上司による1on1はおそらく、また違った形のハラスメントという結果を生みそうです。それは、エンゲージメント調査で良い答えを書くように、と上司が部下に強要するハラスメントです。それを行うのが、上司による1on1という密室になりそうで、これはちょっと怖い話ですね。
本来、そもそも、エンゲージメントが問題になるのは、これは人権に関わる問題だからです。ちょうど最近、Netflixで話題になった「地面師たち」を見ました。
内容は実際の事件を元にかなり脚色を加えた面白いエンタメでしたが、気になったのは、中に出てくる大企業で働いている人たち。
これは戦争なんだ、と言い切り、部下に檄を飛ばしたり、社長派と会長派で争ったり、秘書と部長が浮気してたりと、なんかもう、オフィスが非常事態というか、なんか普通じゃない状態。責任問題を取りざたして出世競争をちらつかせたりして、ほんと、戦時中ですか?という人ばかり登場してきます。
働くことと人権を結びつけるということは、人が人を人として尊重し、お互いに高めあい助けながら結果を出していく、ということを前提として考えています。それは極めて平和な職場を実現しようという考え方であり、仕事は戦争だ、という発想とは対極の発想です。
なんでそんなに競争したがるの?と思う反面、でもまあ、こういう意識で働いている昭和世代、まだまだたくさん居るんだろうなぁ、と思ったのです。
(この話は別記事で書きますが、兵隊レベルで経営数字をどうこうしなければならないというのは、経営戦略レベルが終わっている会社の特徴です。日本企業は政府も含めて戦略的には特にアメリカに敗戦しており、その泥沼からは抜け出せていません。日本が復活するには戦略が必要なんですが、これはまた別の話として書きたいと思っています。)
その敗北している日本の組織が、戦略的に勝っている外国から押し付けられている組織の健全性の基準が、エンゲージメントなのです。なので、本来、これを高めようと思うなら、ドラスティックな変化を実装することが求められます。しかし、激しい変化など、誰も望んでいない。
であれば、どうするか。結果指標だけに着目して、とりあえず結果だけは良くする。そのための手段は選ばない。こうして、方法が目的化し、成果の伴わない結果が達成されることになります。これまで日本の組織で繰り返されてきたことですし、また繰り返されるでしょう。その際に、悲しい思いをする人が出ないことを祈るばかりです。
それでも部下との1on1でエンゲージメントを高めたい上司の方に
さて、なんだか絶望的なことを書きましたが、それでも、もしかしたら本気で、部下との1on1でエンゲージメントを高めたい、という上司の方もいらっしゃるかもしれません。
その方にお伝えしたいのは、実際にエンゲージメントを高めることのできる1on1は、コーチングではない、ということです。コーチングには守秘義務がありますし、実際に行動するのはクライアント側です。
実際にエンゲージメントを高めることのできる1on1で、行動すべきは上司であるあなたです。話したことが何にも経営へのフィードバックにつながらない場合、部下は無力感を学習します。何を言っても無駄なんだな、と思うわけです。
あなたは部下の意見に対して、それが上司や顧客の声であるかのように真摯に向き合わなければなりません。そして、可能な限り、その声を経営の意思決定に反映させなければなりません。もし、あなたがそこに対して無力なら、どうすれば、その声を経営の意思に反映させることができるのか、部下と作戦を立てる必要があります。
繰り返しますが、会社に対するエンゲージメントを高めるということは、この会社の経営のハンドルを自分も握っているんだ、という実感を持たせるということです。それは上司であるあなたも持たなければなりません。
もっと良い会社にするために、部下の意見に耳を傾け、一緒に作戦を考え、実行し、成果につなげる。
その覚悟を持って、部下と接することができれば、経営者でなくとも上司との1on1で実際のエンゲージメントが上げることは可能ではないかと考えますが、いかがでしょうか?
現場からは以上です。お読みいただきありがとうございました。この記事が面白かったという方のスキ、何か言いたいという方のコメントもお待ちしております。
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