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NETFLIX「宇宙を駆けるよだか」④

こんな長くなると思って書き始めてないんですが、いつのまにやらこんなことに、、

はい、今回で終わりますよ。

そして、これから書くことが一番書きたいこと(かも)。愛あるゆえの、、ということで、ちょっと批判めいたことも書きますが、作品ファンのかた、どうか、怒らないで~…

noteがしきりに見出しをつけろというので、今回からつけてみますね~(我ながら、ゆるい)

最終回が尻すぼみ

言っちゃった…。

なんか最終回「え・・?」って感じじゃなかったですか?原作ありきのものだし、そこは大きくは変えられないものなんだとしても、、

ちょっと拍子抜けすぎるというか。。

前半のあのハラハラ感はどこいった・・?的な。。

(以下ネタバレ含む)

まず、カンタンに中身入れ替わりすぎじゃないですか??ダイジェストにしちゃっていいのかなっていう。そこ!そこの入れ替わった状態での役者の芝居をもっと見せてくれっていう、、だって、そこがこのドラマの見せ場のひとつよね?俳優の見せ場よね?というね。。

そして、一番「あれ??」って思ったのが海根さんが、ずっとひねくれ(ざるをえなかった)海根さんが、他3人や母親、クラスメイトのおかげで「いい子」になっていくとこ。

ちょっとこれは意地悪な見方かもしれないけれど、ルッキズムの呪縛ってそんな簡単に解けるものか???って思いました。

ルッキズムを徹底的に叩いて欲しかった

このドラマが

自分の容姿が醜くて、周囲からもずっとそのことでからかわれ、自分自身も「醜い」自分を大嫌いになって、(あゆみと入れ替わるという目的があったにせよ、それが失敗するリスクを理解しながら)高層ビルから飛び降りたひとりの女の子=海根さんの物語を描くのだとしたら、

もっと徹底的にルッキズムを叩いて欲しかった。

このドラマは(ぱっと見)、「心がきれいなら見た目なんて関係ない」というメッセージを発信しているように見える。

番組のコピーもそれに類するものだったので、実際そうだったのかも。

でもさ、残念ながら

そんなのをやすやすと信じられる社会に住んでないよね、私たち。

ここから突如わたしの話になりますが

わたし、小学生の頃肥満児で、よく「デブ」って言われたんですよ。そのあと中学生くらいから背がのびて、BMIだと「痩せすぎ」って判定されるまでになったけど、そうなってからもずっと自分はデブなんだって思い続けていた。

体重的には「痩せてる」のかもしれないけど、でも足はめちゃくちゃ太いし、顔は丸すぎるし、

「わたしはやっぱり他の女の子よりデブで醜い」

…… だから努力して、人並みにならなあかんと。

この年(37ちゃいです、、)になるまでに、それなりの人生経験を経て

いろんな呪いを解くこともできたけど(モテない呪い、女子力の呪い、若さ至上主義の呪いなど)

でも、正直今でもどっかで自分は「デブ」で「醜い」って思ってる。まだ。つまり30年間も。

そんな私からしたら、心が見た目に勝つ世界なんてどこか嘘っぽいよ。

そもそも「心VS見た目」っていう構造に説得力がない。そこは実際は切り離せないものだ。もっというと(ルッキズムに侵されきったこの世界では)見た目だけでジャッジされることはあるけれど、

心だけでジャッジされることってあるだろうか…?というか、そもそも心ってそういうものじゃないよね。形があるもの、取り出して見せて、美しいとかそうじゃないとか判別できるものでもない。

まあそれを言っちゃこのお話は成立しないんだけどさ、、(心と体を切り離して入れ替えてるからこそ、このお話になるのだから、、)

でも、でもね。もっとやりようはなかったのかなと思うわけです。

もっと言っちゃうと、このドラマは海根さんの苦しみを描き切れてるんだろうか、と。

わたしはこのお話は心も見た目もパーフェクトなあゆみの物語ではなく、海根さんの物語であるべきだと思っていて。なぜなら海根さんはルッキズムに呪われ続けている社会の住人であるわたしであり、あなただから。

だからこそ、見たひとの心の中にいる海根さんに徹底的に寄り添ってほしかった。

そのためには他の3人を100%真っ白の善人にしちゃいけなかったと思う。それぞれのリアリティある個性をそこに息づく人物として「生きさせ」なければいけなかったと思う。

それぞれのリアルな個性があって、その違いをちゃんと描いて、それを尊重しあうことが叶う世界でしか海根さんは救われない。

入れ替えものとして成立させるために、キャラクターの善悪を際立たせ、単純化させたのが結果として作品の主幹となるテーマを脅かしているように思えちゃったんだな、、。わたしには。

人間とは善も悪も、聖も俗もいろんなものがマーブルにごちゃまぜになってる存在だってとこを、ちゃんと描いて欲しかった。

そうすることで、ちゃんと私たちの物語を私たち自身が肯定しながら、彼らの物語に重ねたかった。…というのは、視聴者としては求めすぎかな?

まあでも、この内容のお話で

ジャニーズをキャスティングしたのは天才

「顔ファン」っていう言葉がある。あんま好きな言葉じゃないけど。ある。

ファン同士で喧嘩するときに使われることが多くて

「どうせ顔ファンでしょ」「顔ファンですけど、なにか問題が?」みたいなのが使用例です。

「顔ファン」という言葉の言外には「顔(見た目)以外のもの、、性格とか、表現力とかその人のこれまでの歴史、、、ではなく」というニュアンスが含まれる。

顔だけが好きなんでしょ?っていう意味ですね。

ジャニーズのアイドルのファンの間でもこういうやりとり↑ たまに見かけます。まあそうだよね、彼らはルッキズムバリバリの世界に生きている。ルッキズムピラミッドの上のちっちゃい△のところにいるのが彼ら。私が改めて言うまでもなく、彼らにとって、ルックスは最大の売り物のひとつなのです。

でももちろん、彼らの魅力は見た目だけじゃない。見た目が好きでファンになった人も、その後いろんな面を知ってどんどん好きになっていく。(あるいは離れていくこともあるけれど)

歌声が好き。ストイックな姿勢が好き。ファン想いなところが好き。仲間を大切にするところが好き。たまに泣いちゃうところが好き、、、

興味を持てば、見た目の他にもいろんなものが見えてくる。

それでもやっぱり彼らはルッキズムからは離れられないわけで、

太りすぎないように、とかお肌の手入れ、とかめちゃくちゃ気を使っているわけです。

そんなアイドルである彼らがこのドラマにキャスティングされたのってかなり感慨深い。野島伸司による伝説のジャニドラ『お兄ちゃん、ガチャ』をちょっと思い出したりして。アイドルカルチャーのある種の自己批判的なドラマでしたよねあれは。長年ジャニーズと仕事してきた野島伸司だからこそできた奇跡のドラマでしたよ…

『宇宙を駆ける~』はそういうドラマと並んで語ることもできると思う。アイドルとそれを取り巻くカルチャーに内包される問題がド直球で描かれているから。ジャニストのふたりは何を思ったかな。

無理めな「明るさ」は不要だった

最後に、、(結局なげーなw)

わたしにはどうしても許せないシーンがひとつだけあって、、

(以下ネタバレ)

最終話で、火野くん(心はあゆみ)とシロちゃん(心は海根さん)が手を取り合って校舎の屋上に立っている姿をみて、

あゆみ(心はシロちゃん)と海根さん(心は火野くん)が何気なく、男二人が手をつなぐことを揶揄するセリフがあったんですよね。それでフフって笑い合う。

わたし、これでこのシーンで、スーーーっと心が覚めてしまって、、、

なんでこのセリフが必要なのか意味がわからんくないですか?

本筋にはなんにも関係ない話。だから、きっとちょっとした息抜き的な、ほっこり的なの入れたかったんだと思うんですよ。視聴者もそこで「フフ」って笑えるような、、(わたしは全く笑えないけどな!)

たしかにこのドラマ、テーマは思いし、

死ぬため、ではないにしろ、なんどもビルから飛び降りるシーンがあるんですよね。

ルッキズムで苦しんでいる(と自覚している人はとくに)間違いなくしんどいドラマだし、(ちなみに、自殺願望があるひとは見ちゃいけないドラマだと思います)

まあ、放っておいたら、くら~いドラマになると思うんですよ。

だから暗くなりすぎないように、視聴者が目をそむけたくならないように

あかるく前向きなハツラツとしたキャラクターを描き、最後もハッピーエンドにして。

テーマ曲も明るいものにして、

たまにほっこりエピソードも入れて、、。

(中身があゆみの海根さんがパンケーキの大食いをするところとか、、、まあこれもかなり「太った人」へのステレオタイプな描写でかなりどうかなと思うな、、、)

いいんですよ、ちょっと一息、的なシーンが入っても。

でもそのシーンが誰かを傷つける描写になっているのは、本末転倒だと思う。これまでの話もなんだったの?って思っちゃいました。俳優さんたちもかわいそうですよこれは、、、

てか、そもそも

暗いドラマじゃだめなのかな?無理やり明るくする必要なかったんじゃないかなって思います。NETFLIXなんだから、ちゃんと質の高いものをつくれば、暗くたって、正当に評価され、ずっと見続けてもらえるんじゃないかなあ、、

と最後にちょっとモヤモヤを吐露しちまいましたが、

お話自体は特に前半は超面白いし、なんといっても若手俳優たちの熱演が光りまくり(そこが最大に見どころ)で、

おすすめのドラマであることには変わりないので、

もし興味もったひとは、まあ見てみてくれや~~(誰)


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