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扇を大事に

友人のご主人は、学生時代にお能のサークルに入っていたようだ。
私が仕舞で『屋島』を習っていると言ったら、友人経由で「うしおにうつるは~」とメッセージが送られてきた。びっくりしつつも「かぶとの~~ほしのかげ~~~」と返信したら、ご主人は大変嬉しそうにしておられたとのことだった。なんと、能を習っているとこんな面白いやりとりが発生するのかと思った日。

謡のお稽古では、私が「とおりこまち」と言った『通小町』(かよいこまち)が後シテの部分に入った。
小野小町と深草少将のやりとりが繰り広げられるところだ。
ヨワ吟とツヨ吟が交互に出てくること自体が大変なチャレンジであるが、言葉と節を追いかけるのに必死すぎて今自分が誰なのかわからなくなっている。練習していると、いきなり深草少将が高いところから始まってしまい、違う、違うじゃないかと自分で自分に突っ込む声がむなしく部屋に響いている。そのため録音を聞いて物語のストーリーを追いかけながらイメージトレーニングをしている。次のお稽古までに何とか少しはよくなりますようにと念じているが、今のところまだその効果はみえていない。



仕舞は『屋島』の「行き順だけ」最後までいった。しかし、扇を太刀に見立てて動くというのは難しい。先日も刀を抜いたら、それでは小刀を抜いたみたいになっていますと言われる。それならば傘で練習しようと思ったのだが、私がやると部屋の床を削ってしまうだけだろうとご忠告を頂いた。
刀の持ち方も難しい。「びわまめさん、また自分を切っていますよ」としょっちゅう言われている。扇を盾にしたときも、盾の位置が低すぎるため、それでは矢が飛んできて全然ご自分の身を守れていませんとのご指摘が飛ぶ。私が戦国時代の武将だったら真っ先に切られていたことだろう。

そして、戦いが終わると刀は扇に戻る。ここでまた扇がスムーズに開いてくれない。親指が扇の下にあるので扇の上に乗せてもいいですかとお伺いしたら、太刀を抜いたときから親指は扇を軽く握る感じにしないといけないとのことだった。私ときたら、刀に変わってからは扇(刀)を指先で軽くつまむように持っていたらしい。これでは、敵と戦うときに毎回刀が飛んでいってしまう。

気になったのが、刀が扇に戻る時のこと。お仕舞では扇を刀に見立てるので、戦いが終わったら刀はまた扇として用いる。実際の能のお舞台ではどうしていらっしゃるんですかと聞いたら、扇も太刀も両方使うが、使わなくなったものは捨てるんですと先生はおっしゃる。思わず、「そんな自由でいいんですか!?」と言ったら、画面の向こうではこの人は何を言っているんだろうと言わんばかりの先生のお顔が見えた。このようにして私のお稽古は進んでいくので、ときどき先生のお疲れ具合が心配になる。

そして、その扇について懸念事項が出てきた。
これまで1年間子ども用の扇を使っていた私であるが、今は晴れて大人用の扇で練習をさせて頂いている。こちらに手荷物で持って帰ってきた大事な大事な一本である。
扇はどのぐらい頻繁に買い替えるものなのか伺ったら、大事に使えば数年はいけるのではないかとのことであった。ほっとしていたら、ただし『屋島』のような曲では扇を閉じたり開いたりするので、割とすぐにだめになってしまうかもしれませんが、という補足が。

何とか次の帰国まで持たせないといけない!
そう思っていたのに、先日扇が入っている箱を床に落としてしまった。半泣きで箱を拾ったら、箱の隅っこが割れてしまっていた。扇は無事であったが、こんな大事なものを落としてしまったことへの反省と、もし扇が壊れたらどうやって修理すればよいのだろうと考えたらどうにもこうにも日本が恋しくなった。

扇を大事に。お稽古中だけでなく、家の中でも大事にしよう。

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