コタロウと琵琶①
皆様いかがお過ごしでしょうか?
琵琶語りのコタロウです。
前回は一気に4回更新するというnote初心者らしい暴挙にでました。
4回に渡る、肥後琵琶についての記事です ↓↓
今回から、また4回に渡り、「コタロウと琵琶」と題し、私と琵琶の出会いをお話しいたしましょう。記憶だけですとどうしてもズレが出てしまっていたので、今回自分のことを見つめなおす良い機会になりました。ありがとうございます。
コタロウこと、岩下 小太郎(いわした こたろう)は1990年8月28日生まれのゆとり世代です。平成生まれとは思えない顔の濃さと希代の福福しさ、なんとかなるさ!精神で人生を乗り越えてきました。
コタロウの実家、父方は熊本県阿蘇市で長年農家として稲作と食用和牛の繁殖を生業としています。イチゴやメロンも作っていた時期もあります。
母方は佐賀の多久家の分家の武士の家系ですが、阿蘇市で祖父母は理容師として活躍しました(ゆくゆくはこの老夫婦の冒険譚も記せたらと思います。規格外すぎますから)。
幼少期、私は母方の実家で過ごします。ずっと母方の祖父母を父母だと思っておりました。
小学生の時、父母が元鞘に戻り、再婚。アニメ「サザエさん」でいうとカツオだと思っていたら、タラちゃんだったのです。
そして、いきなり農家の息子になりました。このころから食べるものが美味しくて激太り、今も食べることが好きなのは美味しい米のおかげでしょう。
さて身の上話はほどほどにして、琵琶との出会いは思いもよらないところから始まります。
2009年5月17日、第15回くまもと全国邦楽コンクールの本丸御殿コンサートを聴くために、当時18歳の私は完成間もない本丸御殿へ行くべく、列に並んで開場を待っていました。
当時、私は5歳から小中高と書道に励んでおり、大学の所属キャンパスに書道部がないことを知り、書道同好会を立ち上げるという充実した(勉学はどうした!!)大学ライフを過ごしていました。
何故、コンサートに行こうとしたのかは覚えていません。たぶん書道をはじめ、和のものが好きですし、母、母方の祖母が華道や日本舞踊をしていたのも影響していたのかもしれません。
列に並んでいる時に、前に並んでおられる奥様方に飴玉をいただいたり、お菓子を交換したりして、仲良くなりました。
そのお一人がおっしゃるには、「私、琵琶を教えている人とお友達だわ。紹介してあげる!」と、連絡先を教え、コンサートへ。
偶然にもコンサートの特別ゲストは「連琵琶」薩摩琵琶の須田誠舟先生と筑前琵琶の上原まり(旭艶)先生、琵琶ってこんな楽器なんだと圧倒されました。まさか自分が演奏するなど思いもしなかったのです。
翌日、大学から帰宅し、夕飯を作っていた時、携帯電話に着信があり、誰だろうと出ると
??「琵琶を習いたいと聞きました。一度聞きに来ませんか?」
初老の男性の早口に不信感が増す通話・・・この人は一体・・・。
さて、このあといかがなりましょうか!
今日はこれにて一息と!あい、お粗末様でございます。
第二弾はコチラです ↓↓
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