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岡本太郎さん(翻訳家・ライター)登壇!トークイベントレポート:「古典的で伝統を大事にするけど考え方は自由。我が道をいく、唯一無二の映画作家」

マーティン・スコセッシ、ポン・ジュノ、グレタ・ガーウィグらが惚れ込んだ才能、アリーチェ・ロルヴァケル監督(『幸福なラザロ』)最新作『墓泥棒と失われた女神』がBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか絶賛上映中です。
先日シネスイッチ銀座で開催した、岡本太郎さん登壇トークイベントの様子をご紹介します。(聞き手:森直人さん[映画評論家])

アリーチェ・ロルヴァケル監督でなければ描けない、唯一無二の作風

 これまでに数々のイタリア映画の字幕翻訳を手掛け、アリーチェ・ロルヴァケル監督に直接インタビューを行ったこともあるという岡本太郎さん。まずは最新作『墓泥棒と失われた女神』の感想を問われると「アリーチェは"彼女でなければ描けない作品"を毎回発表している。それがどれも想像を超えてくるので嬉しいですね」と語る。
 映画評論家の森直人さんは「アリーチェの作品は過去作から大好きですが、本作も素晴らしかったです。岡本さんが仰るように、彼女の個人的な背景も絡めて描かれているので、彼女にしか描けない映画の世界がありますよね。本作は特にたくさんの要素があって、長編の前作『幸福なラザロ』からもかなり進化していると感じました。例えば、撮影には16mm、スーパー16mm、35mmと3種のフィルムが使われていますが、それと重層的な物語が合わさって生まれるものがあって、いろんな要素を重ね塗りしているような驚きがありました。そして、主人公アーサーを演じたジョシュ・オコナーはルカ・グァダニーノ監督の『チャレンジャーズ』も今年公開されたばかりですが、イギリス人のジョシュが、奇しくもイタリア人監督によるタイプの違う傑作に続けて出演していることも面白いですよね」と語る。

左:森直人さん(映画評論家)、右:岡本太郎さん(翻訳家・ライター)

フィルム撮影への強いこだわり

 アリーチェ監督の作風で特に魅了されている点について、岡本さんは「アリーチェは間違いなく作家なんですが、職人的なこだわりが強い人。いまはデジタルの時代で、フィルムで映画を撮影する人はほとんどいませんよね。でもそのフィルムで撮られた世界はすごく柔らかくて暖かい。そして彼女の映画は自然の中で撮影されていることが多いですが、実際に土や砂の匂いが伝わってくるかのよう。やっぱりほかの映画とは全然違うなと思います」と語る。
続けて森さんは「アリーチェは“都市と地方”や“現代的なものと土着的なもの”などの二項対立的な要素を作品に意図的に込めるタイプで、必ず風刺的な面がある。だからデジタルではなくフィルム撮影を選択するのも、大げさにいうと思想的な意味もあるように思います。そして彼女はイタリアのみならず世界の中での“新古典派”の最強監督だと思っていて。デジタル撮影は長回しができますが、そうはいかないフィルム撮影はいちいちショットの意志が試される。そういう強度が、作品ごとに増している感じがします」と語る。

アリーチェ・ロルヴァケル監督にインタビューをした際のエピソードも

 本作の舞台はイタリア・トスカーナ。イタリア人の母とドイツ人の父を持つアリーチェ監督もトスカーナ出身だ。そしてこの地は長編2作目で養蜂場を営む一家を描いた『夏をゆく人々』でも舞台となっている。トスカーナという舞台について、岡本さんは「以前にアリーチェにインタビューをした際に、『夏をゆく人々』はあなたの自伝的な部分もあるのかと尋ねたら、“自伝かどうかはどうでもいいでしょ”とちょっと怒られてしまって(笑)。これまでのインタビューでも、どこまでが自伝的な部分なのかと何度も尋ねられてたんでしょうね。でも、どう考えても実体験が活かされているし、本作でも彼女がこれまで見てきたものがそこに描かれている。なのでルーツと言えばルーツだけど、彼女自身は自分のルーツを描くこと自体が目的なわけではないんですよ」と、過去にインタビューした際のエピソードを交えながら解説する。

アリーチェ・ロルヴァケル監督

 「よそ者」と地域のコミュニティ。「廃駅」のシーンで描かれるのは

 物語の後半でアーサーがイタリアと再会する“廃駅”。かつてはただの廃駅であったその場所は、シングルマザーでもあるイタリアの手によって、女性たちのシェルターのような場所となっていた。男性優位社会である墓泥棒たちの一員だった女性も、その女性中心のコミュニティに流れ着くシーンがある。撮影が行われたのは実際に廃線となった鉄道の廃駅だ。
 その“廃駅”という場所とそこで描かれるメッセージについて、岡本さんは「ああいった雰囲気の田舎の駅は時々イタリア映画に登場しますよね。撮影されたのは別の駅ですが、『暗殺のオペラ』(70/ベルナルド・ベルトルッチ監督)なんかを思い出しました。そしてトスカーナあたりは、アリーチェのドイツ人の父のように、ヨーロッパの北の方からイタリアに移住してきてコミュニティを作って暮らしていた人達が結構いたみたいです。なのでアリーチェもそういったコミュニティに対して親しみに近いものがあるのではないでしょうか。劇中でもイザベラ・ロッセリーニ演じるフローラが、“駅は誰のものでもない。公共の場所でみんなのものよ”と答えるシーンがありましたが、あの一帯にはそのような受け入れ態勢というか、風土があったのではないかと思います」と語る。
 続けて森さんは「アーサーはそのネーミングからも英国人でしょうし、イタリアの母語はポルトガル語で演じるのはブラジル人の俳優ですね。仰るように、“よそ者”がコミュニティに入っていく物語でもあると思いました。ドイツからの移民である父に率いられた一家がトスカーナで養蜂を営む『夏をゆく人々』ともつながる部分がありますね」と語る。

劇中に登場する廃駅「リパルベッラ」

イザベラ・ロッセリーニというアイコン

 今回、アリーチェ監督が本作においてインスピレーションを受けた作品のひとつに、ロベルト・ロッセリーニ監督の『イタリア旅行』(53)を挙げている。イザベラ・ロッセリーニの父が監督を務め、母であり往年の名俳優イングリッド・バーグマンが出演する作品だ。
 『イタリア旅行』のセレクトについて、森さんは「しかもイザベラ・ロッセリーニの生まれは52年で、ほぼ同時期に作られた映画です。アリーチェはひとつアイコンをおいたなと思いました。他にも、『夏をゆく人々』ではフェリーニ監督の『道』の登場人物と同じ“ジェルソミーナ”という名前の女性が登場したり、『幸福なラザロ』ではヴィスコンティ監督の『山猫』の登場人物と同じ“タンクレディ”という名前の男性が登場したりと、そういう仕掛けをする監督ですよね」と語る。
 また、本作では『天空のからだ』でマルタ役を演じたイレ・ヴィアネッロ(ベニアミーナ)をはじめ、『幸福なラザロ』でラザロ役を演じたアドリアーノ・タルディオーロ(公現祭の楽隊員のひとり)やタンクレディ役を演じたルカ・チコヴァーニ(純金を発見した謎の外国人)、『夏をゆく人々』でジェルソミーナ役を演じたマリア・アレクサンドラ・ルング(屋外ライブ会場にある飲食店の店員で後に廃駅に暮らす女性のひとり)など、これまでのロルヴァケル監督作品の出演者が多数カメオ出演している。

我が道をいく、唯一無二の作家 アリーチェ・ロルヴァケル

  81年生まれのアリーチェは、グレタ・ガーヴィグ監督や『はちどり』のキム・ボラ監督など、世界同時多発的に起きている女性監督たちのニューウェーブのひとりとして語られることも多い。
 岡本さんはアリーチェ監督の現在の立ち位置について問われると「アリーチェはそのなかでも本当に我が道をいっている感じ(笑)。ある意味古典的で伝統を大事にするけど、考え方は自由。そしてものすごく頑固です(笑)。イタリア映画のなかで考えると彼女の前にはマッテオ・ガローネ監督やパオロ・ソレンティーノ監督がいるわけですが、彼らの作品とはぜんぜんタイプが違う。作風としてはフェリーニ監督に一番近いかなと感じます。彼女の作品には、フェリーニのようなイマジネーションや人間愛、宿命感みたいなものがありますよね。そして人生の不条理さをも描き出す、唯一無二の作家ではないかと思います」と語り、トークイベントを締めくくった。

『墓泥棒と失われた女神』
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか絶賛上映中

監督・脚本:アリーチェ・ロルヴァケル(『幸福なラザロ』『夏をゆく人々』)
出演:ジョシュ・オコナー、イザベラ・ロッセリーニ、アルバ・ロルヴァケル、カロル・ドゥアルテ、ヴィンチェンツォ・ネモラート
2023 年/イタリア・フランス・スイス/カラー/DCP/5.1ch/
アメリカンビスタ/131 分/原題: La Chimera  
後援:イタリア文化会館 配給:ビターズ・エンド
© 2023 tempesta srl, Ad Vitam Production, Amka Films Productions, Arte France Cinéma

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