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びっとらんだむ:パラレルキャリア

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これからの人生を変えていくなら若いうちに。このまま老い朽ちていくならいざ知らず。これからの人生で今日の自分が一番若い、を肝に命じて。
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二つ目の『しごと』はパラでいいのか、と思ったら何だか気が楽になった

 以前に「75歳まで働きたい」という記事を書いている時に「パラレルキャリア」という言葉を知り「ああ、これが良いな」と思いました。  何となく、私の中で定年後の生活は「退職⇒再就職」という順序が決まっているイメージがあって(上の図)、漫然と「早めに次の働き口を見つけないと」という意識があったのですが、パラレルキャリアという言葉に触れて「ああ、そうか『パラ』でいいのか」ということに気づきました。  パラレルキャリアというのは「一つの仕事をしながら、もう一つ『しごと』をする」と

SPORTS!STORTS!SPORTS!―この半年で取り組んだスポーツ関係の活動まとめ

 スポーツがらみの色々な活動に「いっちょかみ」することが、この半年で劇的に増えました。たいへん楽しいです。いつもお世話になっている皆さん、ありがとうございます。  前職を退いて新しい職に就くにあたって、自分の人生というか生活の中に大きくスポーツを取り入れてみたいなあ、という思いがありました。甲子園を目指す!とかそういう気合の入ったものではなくて「歳とってもスポーツには関わってたいなあ。だってオモロイもん」ぐらいのノリです。  スポーツには大きく分けると3つの楽しみ方がある

会社辞めなくてもよかったかも、説

 早期退職して2ヶ月が経ちました。芝生の手入れをしたり、NPOやボランティアの活動にいそしんだりして、会社員をしていた頃に比べると、時間的にはゆったりとした毎日を過ごしています。  自宅のテラスで芝生を眺めながらNPO団体の会計作業をしてみたり。オンライン講習とオンライン試験で資格を取ってみたり。じっくりとアニメ番組を観てみたり(いまさらながら『鬼滅の刃』を全部観ました。面白い!)  コロナでいろいろと活動が制限されているとはいえ、会社員時代にはできなかったことにチャレン

春に会社を辞めることになりました

 かねてより半ば公言していた早期退職が決まりました。  11月頭に人事に希望を表明。上司や関係部門と業務引継ぎなどについて話し合って了承を取り付け、それを受けて人事に早期退職希望制度の手続きを進めてもらい、先週に正式決定しました。2020年3月末をもって現在の会社を辞めます。これまでお世話になった皆さん、ありがとうございました。  なんで辞めるの?次は何をしたいのか?について、今までにも何度か書いてきたのですが、次のnote記事なんかは割とうまく書けたと思っています。

マイパブリックという考え方に惹かれて、またカフェがやりたくなっている

 note CREATOR FESTIVALから一ヶ月経ち、世の中は10月。下半期ですよ。そんな中、私の中ではカフェ熱が再燃中。絶賛、燃え上がっておるのでございます。(10月1日からビールの税金が下がったので久しぶりにおうちで一番搾りを飲んでいるのでややテンションが高めです。)  私は元々コーヒーやカフェ巡りが好きで、定年後は喫茶店経営をしたい、出来れば地元の高校生や大学生が集まってくれるようなお店を、などと考えていたこともあったので、「喫茶ランドリー」のnote記事を読ん

75歳になった時の私に体力はあるのか

 自分の好きな仕事を出来るだけ長く続けたいーーそう思うのが人情ってものです。では、長く働くためには何が必要なんだろう。ちなみに私は常々75歳まで働くと言いふらしていますが。  バリスタの柳さんは先日めでたく40歳を迎えられたそうですが、「(バリスタは)体調資本なので」と書いています。立ち仕事のバリスタに限らず、たとえデスクワークであったとしても、仕事が出来ることよりも何よりも、健康であることは『歳を重ねつつ長く仕事を続ける』ためにかなり重要じゃないでしょうか。そう思って少し

興味のあることに関わって75歳まで働く

 いきなりではありますが、これが55歳の私の今の目標です。  身体も脳みそも衰えていくばかりの老体に鞭打って、ざっくりあと20年も働こうというわけです。のほほんとした私にしては珍しく、割と真面目に考えていて、現時点での方向性、方針はこんな具合かなあと思っています。 ・次の一年間は会社での「しごと」もきちんと続ける ・今年から会社とは別の「しごと」を持つ ・興味のあることを「しごと」にする 会社の「しごと」ともうひとつの「しごと」 副業して稼ぐつもりか、と思われるかも知れ

今年も、木曜はなるたけ会社には行かない(2020年モデル)

 昨年の正月明けに、私は会社で「木曜定休」を宣言しました。  介護施設にお世話になっていた母が弱り始めたので、自分では満足に世話をしてやれない分、せめて見舞いぐらいには足繁く通おうと、上司や同僚には事情を話して「なるべく木曜は休みたい」と仁義を切ってのことでした。  夏から秋にかけて忙しかったし、仕事相手の都合でそうそう休めない時もありましたが、2019年の木曜日の出勤状況は次のようなものでした。 フル出勤  21(うち他の曜日に年休または祝休日7) 休み/半休 31(

毎日、5分だけでいいから「アフターコロナ」について考えよう

 今はたいへんな状況だけれど、必ずコロナ騒ぎは収束する。  巣ごもり生活にもちょっと飽きたし、でもまだまだ外出は怖いし。ああ、早く収束しないかな。そしたら予定していたアレとコレをしよう。  そこまで考えてふと気づく。アレやコレは年明けに思い描いていた通りには出来ないのではないか。世の中の予定はすべて狂う。何より景気が悪い。雰囲気はたぶんイケイケじゃない。そう、アレコレを実現するための前提条件はほとんど(悪い方に)変わってるに違いない、と。 仮に決めちゃおう  となれば、

サラリーマンを続ける

 70歳、できれば75歳ぐらいまで働きたい――。  55歳の私はそんな風に思っていますが、会社の定年は60歳で、雇用延長しても65歳まで。仮に65歳で再び就職活動をして働き口を見つけるとなると、その時には単純作業のアルバイトぐらいしか働き口がなさそうに感じます。  体の動くうちは手足と頭を精一杯使って、誰かの役に立ちながらギリギリまで働いて、10年ほど終活をしてのんびりとサヨウナラ。そんな人生を送りたいのです。  そのためには、いっそ思い切って早めに退職して、さっさと次

定年退職出来なかった人のリアル

画像引用元:photoAC この記事は特に会社員の方は 「自分には関係ない」と思わないで頂きたいです。 今から書く結論は何よりも自分に一番言い聞かせています。 結論から言います。 会社勤めの皆さまへ ①会社に依存し過ぎず、自己研鑽しよう! ②時代の変化に対する適応力を身につけよう! ③過去ではなく未来を見よう! この話はコロナ騒動が原因ではなく、 自己研鑽をせず、年齢相応の実力がなかった、 とある60歳の営業マンのお話です。 これは実話です。 その舞台となった

いよいよ第4クオーター

 今週は年に一度の人事部との面談がありました。  今年は「残り時間を考えてこれからのキャリアを考える」ことを意識しました。私は現在54歳。60歳まで働くとしてあと6年なので、残りはキャリア全体の1/6。「まだまだ時間あるやん」という気もしますが、若い頃のように「あれやこれやに挑戦したい」と言ってみても残された時間は少ない。  例えば、バスケの試合で残り1/6といえば第4クオーターが始まった頃。ここまでの試合の流れを見て、どういう風に試合を終えるか(逃げ切るか、逆転勝ちを狙

会社と個人を一体化させない

風邪をこじらせ副鼻腔炎を併発し、まともなパフォーマンスが出せてない石倉です。週末寝込んでて時間があったのですが、最近考えていたことを書いていきたいと思います。 タイトルの通りといえばそうなのですが、キャリア相談を受けていると会社と個人を一体で捉えすぎてしまいきつくなっている方が多いなという印象を受けます。 どういうことかというと、 「会社のビジョンがないので辞めます」とか「会社の方向性が自分のやりたい方向とちがうので悩んでます」みたいなお話ですね。 もちろんスタートア

西粟倉村への道 Vol.1(なのか?)

 セカンドキャリアとして朧気ながら幾つかの選択肢を考えるのですが、その中に「これまでの経験を生かして地方で働く」というアイデアがあります。その候補地として気になっていたのが西粟倉村(岡山県)という人口が1500人ほどの小さな村です。  平成の大合併に異を唱え「村」として存続していくことを選んだこの地で、林業で村おこしをしている会社「百森」を紹介する記事を読んだのがきっかけでした。起業家を集めたり、出生数が増えたり、近年、何かと注目されているようです。  そんな中「ローカル