![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/146743207/rectangle_large_type_2_8fadf78b876936754638f5e652351431.png?width=1200)
【第4夜】消灯までショート×ショート
第4夜「ジェネレーションギャップ」
いまから1256年前。ほんの些細なきっかけから人間界と魔界が真っ向から対立する大きな争いが巻き起こった。
両陣営とも甚大な被害を出し、最終的には勇者と魔王の直接対決という形で決着を迎えた。
160日間にもわたる激闘の末、勇者との戦いに敗れた魔王は、魔界と人間界の狭間の奥深くに封印されることになったのだった ー
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「……入れない?」
「ええ、通行証をお持ちでない場合はどなたも入国できないですね」
魔界の外れの森の中。森の中とは思えぬほど大きく構えられた門の前で魔王は途方に暮れていた。
次こそは勇者を葬ってやろうと封印を打ち破ったところまでは良かったのだが、1256年という時間の経過は想像よりも残酷だった。
地上に出てきても誰も知り合いはいないどころか、目に入る建物も乗り物も見たことのないものばかり。挙句の果てには魔界の入り口で入国審査に引っかかる始末だ。
「自分でわざわざ言うまでもないと思うが……ゴホン…その吾輩は魔王なのだが……」
封印される前までは顔を見たら誰でも「魔王様だ!」と気付いてくれていたため、自分から名乗ることに少しの気恥ずかしさを感じる。自ら魔王と名乗るのなんて勇者と対峙した時以来だ。
恥ずかしさで紅く染まった頬の色に反して、門番は視線だけで小動物なら凍ってしまうのではないかというほど冷ややかな目をしている。
「まおう……ああ『魔王』ですか。なるほど、分かりますよ。わたしも子供の頃は憧れたもんです」
どうやら長い時間が経過する間に「魔王」という存在自体が過去の遺物になってしまったらしい。
そうなってしまうと門番からしたら目の前の人物は「架空の職業を名乗る怪しげな中年男性」にしか見えないのだろう。
今にも肩に付いた「トランシーバー」などという名前の機械で仲間を呼ぼうとしているのが見える。
(こうなってしまったのも勇者に負けた自身の咎、か。話が大きくなる前にこの場を去ろう)
「すまない、今の話は忘れてくれ」
慌てて踵を返した背後で門番が何か話す声が聞こえる。
しまった、すでに仲間を呼ばれてしまったか、そんな一抹の不安を抱えながら門番の目が届かない森の奥へ魔王は走り去るのだった。
ー 門番目線で時間を遡ること半刻前… ー
「……入れない?」
「ええ、通行証をお持ちでない場合はどなたも入国できないですね」
この瞬間、仕事に就いてから最大の緊張感が門番を襲っていた。何故この仕事を選んでしまったのだろう、と後悔するくらいにはこの場から逃げ出してしまいたかった。
「魔王 復活せし 見つけ次第 捕縛せよ」という伝令が魔界中に発令されたのは、今から2日前の出来事だ。
勇者の手によって魔王様が封印されてから1256年。魔界は人間の手によって完全に支配されていた。
魔王様の封印後、悪逆非道の勇者の手によってすぐに魔王様の手下や家族は皆殺しにされ、魔王城には勇者一行の御旗が立った。
今となっては当時のことを正確に知る術はないが、魔族に産まれたというだけで筆舌に尽くし難い差別を受けている自分の現状から見ても、恐らく教科書に描かれているような勇者の武勇伝は大嘘なんだろう。
しかし、人間たちの支配に辛酸を嘗めているからと言って、一介の門番がこれからも魔界で穏便に過ごしていくには、「魔王が目の前に立っている」という今の状況を見過ごすことはできない。
教科書に載っている肖像画のクオリティが原型を留めないくらい低くく、目の前の人物が魔王様とは全く関係ない人であることを必死に祈ったが、よりによってこの人物は自ら「魔王だ」と名乗った。
さまざまな感情が胸の奥から湧き上がってきて気分が悪い。自分でも顔が青ざめていくのが分かる。
(魔王様に恨みはない…それに魔族の仲間からは罵られるだろう……しかし自分の役割を全うしなくては……)
吐き気を堪えながらトランシーバーに手を伸ばす。しかし通信ボタンを押す直前で、最期の瞬間まで魔王様の復活を信じていた曽祖父の顔が脳内に浮かんだ。
幼い頃に亡くなった曽祖父との想い出はほとんどないが、口を開けば「魔王様が魔界を治めていた頃は良かった」と言っていたことだけは覚えている。
城に篭って贅を尽くす勇者の末裔とは違い、街によくやって来ては国民と交流をする温かい人だった、という曽祖父の言葉を裏付けるように、目の前の人物はニコニコとした笑顔を浮かべている。
いまトランシーバーで応援を呼んで、魔王様を捕縛することは簡単だ。しかし、それは「いつか自分が魔王になって魔族を救うんだ!」と夢を語っていた幼い頃の自分自身を裏切る行為な気がした。
仲間を呼ぼうとした気配を感じたのか、魔王様が慌てて踵を返す。
(仲間を呼ぶならラストチャンス…だけど……)
門番はトランシーバーからそっと手を離した。
じきに自分は、『魔王を逃がした重罪人』として捕まるだろう。それでも幼い頃の自分に少しだけ胸を張れる、その事実だけで魔族として産まれた意味がある気がした。
森の奥に走り去る魔王様の耳に「どうかご無事で…」という言葉は届いたのだろうか。
1256年前から唯一変わらないこの森の奥に、魔王様が走り去っていくのを門番はずっとずっと見送るのだった。
fin
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?