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上昇と無力。〈新橋編〉

 朝のエレベーターホールは、始業前の騒がしいお喋りで、賑わっていた。扉が開くとすぐにエレベーターガールさながらの定位置に付く。涼しく機械的に利用階数を訊ねて、リズミカルにボタンを押す。

 まだ、この職場に配属されて、二週間。環境の雰囲気、仕事の流れが、把握出来て来た頃だった。わたしのデスクからは、エレベーターホールが見える。社員が各部署に行く為には、この横を通過して行く場所。来客者が来ればすぐに分かり、案内をする。そんな角の席だ。

 ある日、長身で細身のトレンチコートを羽織ったままの男性が戸惑っている様子で、ホールに立っていた。(35〜40歳くらい、髪型は、少し長めの黒髪オールバック気味)気づき、声を掛ける。『どうされましたか?何か御用でしょうか?』と言った瞬間、「いや、転勤から戻ったばかりで、自分の席が分からなくて…はは」と困惑顔で笑った。

 そんな出会い。これが後の【眼鏡男子】である。

 黒髪オールバックは、独身者で、「女性の扱い方」が上手かった。ワイシャツの袖をまくった腕から見える時計はオメガのブラック。わざとらしくない口調で、会話にスマートに入り、場の空気を潤わせる。職場の女子に密かに人気があった。女子トイレで韓国俳優並みのあだ名が付けられていることも知っていた。

 毎朝、エレベーターホールで一緒になる。わたしの対極の位置に必ず居て、目が合うと軽く会釈をする。わたしのデスク付近を通り過ぎる瞬間に、「おはようございます」と聞こえるか聞こえないかの絶妙な音域を残して去って行く。誰に言ったんだろう…わたしかな?でも左右に他の人もいるから。
 パソコンのメールチェック中に、ハッと我に帰るのが常だった。気づいた時にはもう通り過ぎた後で、返すことない挨拶の日々。

 またある朝、いつものようにエレベーターホールにて、いつもの定位置に。
対極にはいつも通り…ん…?
いつもと違う黒髪オールバックが居た…

 同僚に「あれ、今日、眼鏡どうした?」と聞かれて、「いや、コンタクトはしばらく使用しないように眼科医に言われて…」と恥ずかしそうに答えている。
しかも黒縁スクエア

 正に眞島秀和がいた。✨✨つい見惚れてしまい目線を外すタイミングが遅れた。視線に気づいた黒髪オールバック眼鏡が、降りる背中を翻し、ニコッと笑ってポケットから小さなメモを渡して、何事も無かったように前を歩いて行く。

『え…』

 何だ…何なんだ!なんと眼鏡という武器を持っていたとは…コンタクトなんて忘れてしまえばいい!存在そのものを、永遠に葬り去ってしまえぇぇ!!こんな魅力を隠し持っていたとは…(注:脳内の声)

 
エレベーターが上昇している間、眼鏡姿を何度もリピートしていた。

 昼休み、渡されたメモを開く。
「実は以前から、いいなって思ってました。今度、ご飯でも一緒に行きませんか?連絡先教えておきますね」

いつまで持続するのだろう…
女とは勝手で、無力なものだ。

(スナギツネ😅)

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