第1章成功するにはエリートコースを目指すべき? その③《リスクを冒さず、親や学校から言われた通りにするのは得か損か。高校の首席、無痛症の人びと、ピアノの神童から得られる洞察》

裕福な人は規則を守るか


「増強装置」の概念は、個人の芸術的才能や運動など専門的技能といった分野にのみ当てはまるわけではない。




一般社会とはあまり関係がないかと思うと、それは間違いだ。




たとえば世界で最も裕福な人びとについて考えてみよう。



彼らは皆、まじめに規則を守り、「外れ値」のようなマイナスの特性とは無縁な人間だろうか?




いや、そんなことはない。





『フォーブス』誌が発表した「フォーブス400(アメリカの富豪上位四○○人)」のうち、五八人は大学に行かなかったか、あるいは中途退学をしていたが、その五八人(メンバーの一五%)の平均資産額は四八億ドルで、全メンバーの平均資産額(一八億ドル)より一六七%も高く、これは、アイビーリーグの大学を卒業したメンバーの平均資産額の二倍以上に相当した。





積極的に攻めまくるシリコンバレーの起業家といえば、現代を象徴する成功者というイメージだろう。





思いつくままにそのイメージを並べればこんな感じだろうか? エネルギーの塊、リスクを冒す、短時間睡眠者、ばかげた行為を容認しない、自信とカリスマ性がある、果てしなく野心的、衝動





に突き動かされ、片時もじっとしていない……。






まさにこれらの特性は、軽躁病の症状としても知られている。しかもジョンズ・ホプキンス大学の心理学者、ジョン・ガートナーによる研究は、これがたんなる偶然でないことを示した。





本格的な礫病患者は、社会で働くことが難しい。





しかし軽躁病は、ゆるくでも現実と結びつきながら、目標に向かって片時も休まず、興奮状態で、衝動のままに突き進む仕事人をつくり出す。






増強装置を持つ者は、その特性の良い面、悪い面をあわせ持つことになる。





論文『悪癖を矯正することの経済的価値 :不品行、学校教育、労働市場』の著者たちは、男児の攻撃性不品行をなくそうとすることは、彼らの成績改善には役立つが、生涯の収入を減らすことを明らかにした。



かんしゃくを起こすなど感情を露わにする男児はそうでない男児と比べて、たくさん働き、より生産的
で、収入が三%高いことが明らかになった。





この事実は、ベンチャー企業にも当てはまる。




著名な投資家、マーク・アンドリーセンは、スタンフォード大学での講演で次のように語った。





ベンチャーキャピタルの仕事は一〇〇%「外れ値」、それも極端な外れ値への投資です。






「弱点がない企業ではなく、強みがある企業に投資しろ」というのが私たちのコンセプト。






最初は当然のことに思えますが、これがなかなか微妙な判断を要するものでしてね。




ベンチャーキャピタルとして標準的なやり方は、チェックボックスを埋めていくことです。





「創立者良し、アイデア良し、製品良し、初期顧客良し……」と次々チェックを入れていった挙句に「オーケー、投資しよう」と決断します。




その結果探しだした投資先は――注目すべき魅力が何もない会社だったりするのです。





それらには、外れ値になるような圧倒的な強みが
ありません。





裏を返せば、本当に素晴らしい強みがある会社には、たいてい深刻な欠点もあるということです。





だからベンチャーキャピタルに警告したいのは、ヤバい欠陥があるからと投資先から外していたら、大勝利者になる企業に投資しないことになるということ。







探すべきは、弱点なんか目じゃなくなるほど、かけがえのない強みがある新興企業です。




ときには、悲運が強力な増強装置の生みの親になる。




次の人びとに共通するものは何か?





リンカーン、ガンジー、ミケランジェロ、マーク・トウェイン。




彼らはいずれも一六歳になる前に親を失っている。





早い時期に親を亡くしながら目覚ましい成功を遂げた(または悪名高く影響力がある)人物は非常に多く、そのなかには一五人のイギリスの首相も含まれる。





多くの者にとって、若くして親を失うことは大きな痛手で、マイナスの影響は計り知れない。





だが、ダニエル・コイルが著書、『才能を伸ばすシンプルな本』(サンマーク出版)で指摘したように、
親を失った悲劇は子どもたちに、この世界は安全な場所ではなく、生き残るには多大なエネルギーと努力が必要だという思いを植えつける。





そうした特有の状況と性格から、これらの遺児は悲劇を過剰補償(心理用語で、自分のコンプレックスを克服するだけでなく、人から認められたいという欲求を強く持つことを指す)し、成功への糧に転じる。






というわけで、然るべき状況下では、ネガティブな特性も大きな利点に変わりうる。あなたの*悪い、特性も、じつは増強装置かもしれない。





では、どうすれば絶対的な強みに転じることがで
きるのだろう?

実社会でどんな人でもできる「増強装置」の使い方

ゴーダム・ムクンダとリーダーシップの理論について話を交わしたのち、誰もが知りたがっているあからさまな質問を投げかけてみた。





「人生でもっと成功するために、この理論をどう役立てたらいいでしょう?」





二つのステップがある、と彼は答えた。






まず第一に、自分自身を知ること。古代デルポイの神殿の石に「汝自身を知れ」と刻まれていた
のをはじめとして、この言葉は歴史に何度となく登場する。






あなたがもし、ルールに従って行動するのが得意な人、首席だったり成績優秀で表彰されたことがある人、「ふるいにかけられた」リーダーなら、その強みに倍賭けするといい。






自分を成功に導いてくれる道筋があることをしっかり確認しよう。




実直な人びとは学校、あるいは、明らかな答えや既定のコースがある場所で功績をあげられるが、決まった道がないところでは、かなり苦戦することになる。





調査によると、失業したとき、彼らの幸福度は、そこまで実直でない人びとに比べ、一二〇%低下するという。




道筋がないと迷子になってしまうからだ。





どちらかというと規格外で、アーティストなど「ふるいにかけられていない」タイプだったら?






その場合、既存の体制に従おうとしても、成果が限られるかもしれない。





それよりは、自分自身で道を切り開こう。




リスクをともなうが、それがあなたの人生だ。





自分を改善することは大切な心がけだが、私たちの根本的な個性はそれほど変化しないことが研究でも示されている。




たとえば話すときの流暢さ、適応性、衝動性、謙虚さなどは、幼少期から成人期を通してほぼ変わらない。





マネジメントに関しておそらく世界で最も影響力のある思想家のピーター・ドラッカーも、著書『明日を支配するものー二一世紀のマネジメント革命』(ダイヤモンド社)のなかで、まさにムクンダと同じことを指摘している。






すなわち、仕事人生(さまざまな職種、多様な業界、ありとあらゆるキャリアに及ぶ)で成功するには、「自分を知る」の一言に尽きる。




とくに、自分が望むことを人生で成し遂げるためには、何よりも自分の強みを知ることだ、と。





ときどき、誰もが羨ましくなるような人がいる。




自信満々で何かをやり始め、自分は必ずこれを極めると宣言し、その通り平然とものにする。




だがそこには秘訣がある。




彼らとてすべてが得意というわけではない。





自分の強みを心得ていて、それに合うものを選んでいるのだ。




この手際について、ドラッカーは次のように述べている。





自分の強みを知っていれば、仕事の機会やオファー、あるいは任務を与えられたとき、あなたはこう言えるでしょう。




「はい、できます。ただし、私の仕事のやり方はこうで、仕事の組み立て方はこうです。人との関わり方はこうなります。与えられた期間内で、私が約束
できる仕事の成果はこういったものになります。なぜなら、これが私という人間だからです」。







多くの人びとがこの段階で手こずる。





自分の強みが何なのか、はっきりわからないのだ。





ドラッカーは役に立つ定義を教えてくれている。





「自分が得手とし、一貫して望んだ成果が得られているものは何か?」





さらにドラッカーは、自分の強みを見つける効果的な方法として「フィードバック分析」なるものを薦めている。





とても簡単だ。




仕事を始めるとき、自分が期待する成果を書きとめておき、後日、実際の成果を書き込んで見比べる。





これをくり返すうちに、自分が得意なこと、不得意なことがわかるようになる。





自分が「ふるいにかけられた」 タイプと「ふるいにかけられていない」 タイプのどちらに属すのかを知り、自分の強みがどこにあるかを理解するだけでも、成功と幸福の達成に向けて、一般の人を大きくリードするといえる。





今日のポジティブ心理学の研究でも、その人なりの強み”を強調することが、幸せを手にする鍵であることが何度も証明されている。





さらに言えば、ギャラップ調査でも、日常生活で自分が得意なことに費やす時間が多ければ多いほど、ストレスが軽減され、よく笑い、周りから敬意を払われているとより強く感じると証明されている。

成功には「環境」と肝に銘じる

自分のタイプと強みを知ったら、次はどうすればいいか?




第二のステップとして、ムクンダは「自分に合った環境を選べ」と語った。





自分を成功に導く環境を選びだす必要があります。




コンテクストは非常に重要。




ある状況で目覚ましい成功をおさめた「ふるいにかけられていない」リーダーは、ほぼ例外なく、別の状況では悲惨な失敗を遂げることになります。




彼らはついついこう考えます。「私はいつでも成功してきた。




私はいつも成功者であり、私は私ゆえに成功してきた。




だから、この新しい環境でもきっと成功するだろう」と。




でも、それは間違いです。




あなたが成功できたのは、たまたまあなたの性質や先入観、素質、能力のすべてが、その環境で成功を生みだす要素にそっくり当てはまったからなのです。





自分にこう問いかけてみよう。





「私ができることを高く評価してくれるのは、どの会社、組織、状況だろう?」





誰しも環境から受ける影響は大きい。ルールに従うのが得意で真面目な首席タイプがよくつまずくのも環境が原因だ。




これといった情熱や、とくに喜ばせたい対象がなくなり、選択も自由となると、間違った方向へ行きかねない。




卒業生首席たちのその後を研究したカレン・アーノルドは言う。





「首席だったなら自分のことは立派にやれるだろうと世間は考えるが、勉強でAが取れていたから
といって、学業での成果を仕事での功績に転換できるとは限らない」。





調査によれば、あなたが「ふるいにかけられた」医師だろうが、「ふるいにかけられない」破天荒なアーティストだろうが、どの池』を選ぶかが極めて重要だ。




ハーバード・ビジネススクールのボリス・グロイスバーグ教授は、ウォールストリートの敏腕アナリストたちが競合会社に転職すると、トップアナリストの座から転落することに気がついた。




なぜか?





一般に、専門家の能力はもっぱら本人特有の技能によるものと考えられ、環境の力は見過ごされがちだ。




たとえば、専門家本人が周囲の内情を知り尽くしていること、彼らを支えてくれるチームの存在、一緒に働くうちにつくり上げた簡潔な伝達法、などといった要素だ。




それを裏づけるように、グロイスバーグは、花形アナリストが自らのチームを率いて転職した場合、そのままトップの業績を維持していることを発見した。





私たちが『池を賢く選択すれば、自分のタイプ(ふるいにかけられた/かけられていない)、強み、環境(コンテクスト)を十二分に活用でき、計り知れないプラスの力を生みだせる。





これこそが、仕事の成功に直結するものだ。しかも、こうした自己認識は、あなたがその気になればどんな場所でもプラスの力を生みだすことができる。





それを如実に物語っているのは、トヨタの慈善活動の例だ。




ニューヨークのフードバンク(生活困窮者に無償で食事を提供する活動)は、企業の寄付金で成り立っている。




トヨタも献金をしていたが、二〇一一年に、はるかに良いアイデアを思いついた。寄付金はどこの会社でも提供できるが、自分たちにはほかに提供できるユニークなものがある。





それは、常に工程の改善と効率アップを追求するトヨタならではの専門的技能――「効率」そのものを寄付することにしたのだ。




ジャーナリストのモナ・エル - ナッガーがレポートしている。





「スープキッチンでは、トヨタのエンジニアのおかげで、夕食の待ち時間が九〇分から一八分に短縮されました。





また、ボランティアによるハリケーン・サンディの被災者向け物資の箱詰めでは、トヨタから指導を一回受けただけで、一箱あたりの作業時間が三分から一一秒に短縮されたのです」






これはあなたにもできることだ。




自分をよく知り、正しい池」を選択する。




すなわち、自分なりの強みを見きわめ、それを最大限に活用できる場所を見つけるのである。





自分を知るのは、いってみればチューリングテスト(審判が人間、コンピュータプログラムとそれぞ
れ対話し、どちらが本物の人間か判定するテスト)のようなものだ。




長年にわたって、科学者たちは被験者をコンピュータの前に座らせ、タイピングで誰か』と会話をさせた。




その後、「あなたが会話していた相手は人間ですか? それともソフトウェアですか?」と質問をし、最も多くの被験者に、人間と対話していたと信じ込ませた人工頭脳が、最高の賞であるローブ ナー賞を受賞する。





ところでこの大会には、もう一つの賞がある。




最も人間らしい人間に贈られる賞だ。




どんなタイプの人間が、もっとも人間らしいと判断されただろうか? 一九九四年の場合、その勝者はチャールズ・プラットだった。




彼の話し方が感情的にリアルだったのか?それとも語彙が豊富で、微妙なニュアンスが人間らしかったから?






違う。プラットは「不機嫌で、怒りっぽく、けんか腰」だったからだ。





おそらく、人間らしさたる所以とは、私たちの欠点にほかならない。





プラットは、人間らしい欠陥ゆえに勝利した。それは往々にして私たちにも当てはまることだ。



次からは第2章

「いい人」は成功出来ない?

信頼や協力、親切について、ギャング、海賊、連続殺人犯から学べること

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