天才の死

天才といわれてうれしい人間はいるのだろうか。

天才という言葉は、平々凡々な人間たちに付着していたルサンチマンがこそげ落ちて固まった礫にすぎない。彼此を峻別する深き淵はオネゲルの描く怒りの日よりもさらに尖っている。

天才と呼ばれる者は、その生涯を通じ、その内なる慟哭、掌に食い込んだ爪の跡、あるいは精神の絶叫を開示することなく旅立つ。その意味において、永遠の孤独を予言されたこの世界における彼の航路と他人の針路は無限遠点の彼方へと飛翔しているだろう。

孤独、すなわち第一人称の死は世界を包摂し、絶えず彼の心に絶望の影を落とし続ける。生きることは、死ぬことに過ぎない。


死が、また世界の青春でもある。

              ジョルジュ・バタイユ著『エロティシズム』
                  酒井健訳、ちくま学芸文庫刊、p96


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