眉雪

ホモサピエンス。投稿は不定期

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最近の記事

実存の誕生

名前は全人格に放射されるペルソナの固着点であり、それゆえ屡々自己同一性の淵源として了解される。しかし、名前は珊瑚における褐虫藻の役割を果たしているに過ぎない―鮮やかな色彩=ペルソナを周囲に誇示する、実存と根源的に異質な存在として握出されねばならない。 しかしまた、名前を失った実存は白化し得ない。名付けられた名前は強制された歓喜として全世界にその把握を求めるにもかかわらず、実存にとり名称など空虚な記号にすぎぬことを我々は知っている。名前はシニフィアンに過ぎぬと悟った我々は、実

    • 天才の死

      天才といわれてうれしい人間はいるのだろうか。 天才という言葉は、平々凡々な人間たちに付着していたルサンチマンがこそげ落ちて固まった礫にすぎない。彼此を峻別する深き淵はオネゲルの描く怒りの日よりもさらに尖っている。 天才と呼ばれる者は、その生涯を通じ、その内なる慟哭、掌に食い込んだ爪の跡、あるいは精神の絶叫を開示することなく旅立つ。その意味において、永遠の孤独を予言されたこの世界における彼の航路と他人の針路は無限遠点の彼方へと飛翔しているだろう。 孤独、すなわち第一人称の

      • 古人も多く旅に死せるあり

        旅の煌めきは円環に閉じる日常の頭上に位置し、睥睨する。絶望に縁どられた終わりなき反復を嘲笑するため、旅に出る。 しかし日常もまた旅ではあるまいか?絶望の反復、不条理、死への逃避行――あらゆる手段を講じて空虚な実在を追い求め奪取した直後に、水浴の途中、蛇にとられてしまう…かつての英雄は、現代の矮小な市民となり果せた。編みこまれた叙事詩を自ら口ずさむ私は、自らを悲劇の俳優へ布置するほかない。 それゆえ、旅は騙られるものとしての日常である。悲壮な決意を抱いて出立した私は、同時に

        • dhcmrlchtdj

          話すことが苦手だ。流れない水のような会話に流されているその瞬間はどうということはない。よく笑い、よく喋る。一人になって、自分の顔に笑顔が張り付いていることに気づく。ひとり机に向かって本を読む。 こういう夜はありがたいことに眠れないから、深夜の、あの寂寞とした孤独を嗅いでたのしむのだ。窓の外を見て、プランクトンの死骸が舞い降りて来ていないかなどと目を凝らすが、生憎私の住んでいる地域ではそのようなことは滅多に起こらない。 今日は「し」で終わる文章を見つけたら床に就くとしよう。

        実存の誕生

          頑張れ

          頑張れ、という言葉が嫌いだ。 僕が脇目もふらずに何かに打ち込んでいるときに、視界の外から「頑張れ」という言葉が投げかけられる。労ったつもりだろうということは痛いほどよくわかるし、頑張っていないから頑張れ、という意味で発された言葉ではないということは間違いないように思える。この言葉の中に、僕は奇怪に膨張した期待を感じてしまうのだ―――君がもっとできることを期待している。そして、その言葉の主語は、僕ではない。 「よく頑張った」、と人はいう。しかし僕は、善人の面をしたその人間に