【備忘録】THEE
その昔のこと。よく、友達とラーメン屋に食事に行った。食事なんていうような、上品なものではない。流出した土砂を、新しい土砂で埋めるような、ある種の生存活動だった。
僕たちはミッシェルガンエレファントのTシャツを着ていた。ライブハウスを回っていたミッシェルが、最新アルバムの「ギヤ・ブルーズ」を発表し、動員がライブハウスには収まらなくなり(そもそもミッシェルはプラチナと呼ばれるほどチケットの取れないバンドだった、一回60本のツアーを年に2度もやっていたにも関わらず)、そのステージをホールに移し始めたころだった。
悪魔が大魔王にのし上がるタイミングだった。
ミッシェルガンエレファントは、本当にすごいバンドだった。あんなロックンロールバンドは、それ以降、現れていない。
そして、ついに、大阪城ホールなどで行われた、ワールド・サイコ・ブルーズと冠したツアーは、ファッション・ブランドや、元祖デニムのリーバイスまでもがツアーTシャツを販売するほどの、異様な盛り上がりすら見せていた。
ミッシェルがツアーには来ない、田舎町のジーンズショップにも、ツアーTシャツが並んでいたのだ。
「ミッシェルのアルバムなら何が好き?」
「最新作が最高。それがミッシェル」
そんな会話がまかり通ったのだ。あくまで、音楽好きの間ではあったが、しかし、映画が好きで、おしゃれな、都市志向の人々には、安室奈美恵よりもミッシェルガンエレファントだった。
黒のスーツ。イギリスのリズムアンドブルーズを主軸にした、豪放なロックンロール。
あのころ、俺たちは夢を見たんだ。
フジロックで初のヘッドライナーを務め(解散の決まったブランキージェットシティも急遽、トリを務めた)、チバユウスケは叫んだ。「俺たちが日本のミッシェルガンエレファントだ」と。
この国の生んだロックンロール・バンドが、世界を撃てるところにあった。そして、ミッシェルは、イギリスやフランス、北米を廻るツアーまでやってのけた。なんということだろう、日本語の歌で。
日本のバンドが、アーティストが、箔をつけるために海外進出をしたわけではない。ミッシェルは、日本のチャートを席巻したあと、アメリカのライブハウスを回り、イギリスを駆け、フランスのイベントではヘッドライナーすら務めた。
ミッシェルは、それが当たり前だった。まだ見ぬ景色を塗り替えてくれるのは、ミッシェルガンエレファントだった。前人未到の世界をファンに見せてくれるのが、ミッシェルガンエレファントだったのだ。
そして。
そのたび。「俺たちが日本のミッシェルガンエレファントだ」 と、チバユウスケは叫んだ。
チバユウスケは、アベフトシは、ウエノコウジは、クハラカズユキは、この国のロックンローラーたちは、僕たちの憧れで、誇りだった。
「ミッシェル、お好きなんですか?」
ラーメン屋で、突然、そんなふうに声をかけられた。ビールを持ってきてくれた女の子だった。
「私も」
そう言って、彼女はエプロンの下に着ている、
〝ULTRA FEEDBUCK GLOOVE(ウルトラ・フィードバック・グルーヴ)〟
と、プリントされたTシャツを見せてくれた。リーバイス製のミッシェルガンエレファントTシャツだった。
それだけで友達になった。
じゃあ、飲もう。そう言って、ビールを持ってきてくれた。
僕たちは笑い合う。そして、彼女は後に言う。
「イギリスでもアメリカでもない。日本で良かった。そう思わん?」
うん。僕たちは声を合わせる。この国には、ミッシェルガンエレファントがいる。ミッシェルがいるじゃないか。
僕は、いまや、すっかり、おじさんになった。友もおじさんになっただろう。彼女もすでにおばさんになっているだろう。仕方ないさ。生きているんだから。
でも、あのころ。ミッシェルガンエレファントがいた。面倒なあれこれや、くだらない物事を、説教くさい何かや、分別くさいすべてを、「どうでもいい」と、僕たちの憂鬱を撃ち砕いてくれる、ミッシェルのロックがあった。
そんなふうに知り合った僕たちは、互いの寝床を行き来し、共に飲み、笑い、ミッシェルのライブへおもむき、たくさんのビールを、ごはんを共にした。
ミッシェルガンエレファントというのは、マイノリティがマジョリティを粉砕するダイナミズムそのものだった。そんな季節を生きることができたのは、きっと、僕たちの幸運そのものなのだ。ミッシェルガンエレファントの全盛期を体験した。それだけでも、生きている価値がある。そう思う。
この世界で一番かっこいい、Tシャツのデザインは、ミッシェルガンエレファントの #牙T なんです。ミッシェルがアルバム「ギヤ・ブルーズ」を発表して、全国のホールを回る、「ワールド・ギヤ・ブルーズ・ツアー」に合わせて、ワールドワイドラブ!(まだあるのかな。好きだったな、ワーラブ)が作った、Tシャツ。
これ以上はない。
復刻してくれたらいいのに。ミッシェルの復刻はかなわないけれど、Tシャツの復刻があれば絶対に欲しい。いまっぽくビッグシルエットなら尚、嬉しいのに。
何度も洗濯して、くたくたになって、いまはまったく着ないけれど、このTシャツだけは手放せない。
photograph and words by billy.
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