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【移住者エッセイ】取るに足らない日々をゆく。

#ハマった沼を語らせて
#荻上直子 監督作品
#川っぺりムコリッタ

 さて、三月も数日が過ぎましたね。知る限り、北海道から九州まで、各地の方々がこれを読んでくださっているようなのですが、皆さまのお住まいの地域には春が訪れたでしょうか。個人的な友人に宮崎、鹿児島の人がいるんですが、やはり、春の訪れも早い地域のようで。陽射しや季節の花に春を感じるというLINEが届きました。いまや、阪神タイガースの春キャンプは高知から沖縄に移り(秋のキャンプはまだ高知県安芸市で行われています)、春の訪れ、風物詩が減ったのだと聞きました。やはり、プロ野球のキャンプは春季のほうが話題になるし、お客さんも多く訪れます。新入団選手や新外国人選手のお披露目にもなりますものね。
 さて。沖縄とまではいかずとも、鹿児島や宮崎と気温の変わらない、南国の高知県。今年の冬は例年になく(と言ってもまだ移住二年目なので、高知の冬は二度目なんですが)、昨年末に六十年ぶりの積雪があるくらいには、昨年に比べて、ずいぶん冷えた気がします。
 僕はそもそも二月がとても苦手なんです。季節の変わり目は雨も多いし、体調を崩しやすく……いや、体調はいつも変わらず元気なんですが、なんとなく気が乗らない、ぼんやり沈みがちになる。北国や日本海側に比べれば、きっと冬とは言えないのでしょうけど(近所のローソンのお姉さんは福島出身、高知には冬がないとおっしゃってました)、それでも、今冬は、春が待ち遠しかった。鬱々と鉛を溶かしたような空模様の日が多く、高知はそもそも四国山脈から南へ吹き下ろす強風と共に暮らすことになるので、それなりに冬らしさを肌身にしながら暮らしていました。南国のイメージはあったので、夏の暑さは覚悟していたけれど(とは言え、慣れたとは言えない)、冬は冬として、しっかり耐えることになるとは思わなかった。
 いまより若く、おそらく繊細であったころは、季節の変わり目には頭痛で起きられず、眠っているときに背中の湿疹の痒みで目覚めたり、あるいは、理由のわからない発汗に悩んだりもしていました。
 この二月も、関西に暮らしていたころと同じように、質量を測ることのできない、漠然とした不安や心細さと暮らしていた二月でした。僕は気候や気温の影響をとても受けやすい。お恥ずかしい話だけれど、感情的にも上下が強くなって、わけもわからず涙していたりもする。悔しいこと、悲しかったことばかりよく記憶しているせいか、それを思い出す。夢にも見る。あたたかい作品を探して、あれこれと映画を観る。そして、びっくりするくらい泣く()。おそらく、恋に破れた思春期の女の子くらい泣いているんじゃないでしょうか。女の子の涙は美しいと思う。しかし、僕のような、おそらく不気味なおっさんの泣いてる姿なんて、誰彼なく不審に思うでしょう。
 これが、HSP特有の、共感性の強さだと知らなかった。年齢的に涙腺がゆるくなっているだけだと思っていた(もちろん、それも大きな要因ではあると思いますけどね笑)。

 思い出し怒り、思い出し笑いよりも、断然の、思い出し泣き。いまなら、WBCで、日本代表が優勝した過去を思い出して、その勇姿を思い浮かべると涙が出てくる。2009年のWBC。それまで不振を極めたイチローさんの決勝打。相手をねじ伏せ、マウンドで勝利を叫ぶダルビッシュ投手。そのダルビッシュ投手に駆け寄ってくるナイン。あかん。書いてるだけで、うるっとする。
 そんな、二月でした。ウソみたいにたくさんの映画を見て、大量のティッシュペーパーを消費して(しかし、三月は三月で、酷い花粉症の僕は更に多くのティッシュペーパーを消費してしまう)、なるべく暗い話を遠ざけて、コメディを観ようとしたはずが、荻上直子監督の「川っぺりムコリッタ」を見つけてしまった。
「バーバー吉野」吉野と入力しようとしたら、「由伸」と変換された。元巨人の高橋由伸さん(偉大なバッターでした)、いまなら、オリックスの山本由伸投手(球界最強の投手)、どんだけ野球関連用語を使って生きてるねん、なんですけど()。その、「バーバー吉野」「かもめ食堂」などを監督、脚本された、荻上直子監督の最新作、「川っぺりムコリッタ」。
 主演、松山ケンイチさんは、ある事情を抱えて、きっと、春や夏の訪れが遅いだろう、富山の小さな町の、安いアパートへやってきます。そのアパートこそが「ハイツ・ムコリッタ」。そこに住む人々は、とても個性的だけれど、きっと、この世界に生きづらさを感じている、言うなれば、落ちこぼれてしまった人たち。
 この作品は公開を知らなかった。近くのTSUTAYAで新作レンタル情報の予告動画を見て、すぐに見なきゃ、レンタル開始日に来ようって思ったんです。その予告で、「家族でも友達でもない。でも孤独ではない」とナレーションされるんです。
 孤独な生い立ちから心を閉ざしている青年、山田(松山ケンイチさん)は、図々しくておせっかいな、ハイツ・ムコリッタの住人である島田(ムロツヨシさん)、墓石を売り歩く謎の親子(吉岡秀隆さんと子役)、そして、大家の南さん(満島ひかりさん)との交流を通じて、小さな幸せを感じ、それを持ってもいいのかと自問するんです。貧しいかもしれない。それでも、いまがいちばん幸せなんだと思う。そんな何気ない生活が静かに、ときに、チンドン屋のような、パスカルズの音楽に彩られ、いよいよ夏の日が終わりに近づく。
 悲しくて咽び泣き、くだらないことに必死になって笑い、ときには人生を肯定してくれる人に出会い、滑稽ながら愛おしい、ラストシーンは、ハイツ・ムコリッタの人々との行進で、おそらく夏の日の終わりの夕焼けになる。
 いまの僕にとっては、この先、起こりうるであろう現実サイドの諸々の不安へ、ひとつの解答も用意されていたんです。それに。この作品を観ると、ごく粗末に見える食事がなんとも魅力的で、飽食なんてやってちゃいけないな、なんて思ったりもしたんです(昨日、ステーキ屋さんで食事してきたばかりですが)
 白いごはん。お吸い物。それにイカ塩辛。のり佃煮。それだけの食事は演者の真剣な眼差しと、咀嚼音、それから、女性監督らしい繊細な光の捉え方で、他にないご馳走に見えるんです。松山ケンイチさんというのは、本当に咽び泣きが似合うというか、粗食や貧困の似合う俳優さんなんですよね。
 いま、これを書いているときも、その「川っぺりムコリッタ」を観ているんですが、何度、観ても良いな。ディスク買って良かった。
 さて、そんなふうに二月はようやく終わり、三月。いまのところ、まだ春めいてはいないけれど、取るに足らない日々をどうにか生き延びながら、僕もこんな物語を書きたいな、滑稽で美しくて切ない物語を、なんて思っています。そして、高知に移住してきて、二度目の冬もそろそろ終わり。
 春ですね。川っぺりにつくしでも取りに行ってきましょうか。

追伸
 そうそう。
HSPって、お聞きになったことはありますか。ハイリーセンシティブパーソン。繊細さん。僕はそんなの知らなかった。
 お世話になっている美容室のスタイリストさんに「あんたってHSPやろ」と言われて、なにそれ? ロールプレイングゲーム? それはHPや、となり、それから、概要を教えてもらって、どこぞのサイトでチェックしたら、設問五十のうち、四十八か九があてはまっていました。
 強い光、激しい音、におい。べたべた、ぬるぬる、がさがさした手触りが苦手で、化繊の下着も着られない。ものすごく耳がきくので、遠くの音や声も拾っている。長めの髪なのに、手触りが苦手なので整髪料も使っていない。
 でもまあ。わりと生きづらいのかもしれないけれど、だからといって、どうしようとも思っていない。面白おかしいことを考えて、そんなことを物語にして、たくさんの人が笑ってくれたらいいなって思って、今日も高知県の海の近くに生きています。
 じゃあ、またね。ビリーでした。

photograph and words by billy.

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