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【短編歴史小説】ノンノ

その流行り病が都を襲い、人々が次々と倒れだしたのは、
まだ山の頂に雪が残る、早春のことだった。

「神々が住まう森の木々を、力づくで伐り倒した罰が
 当たったんじゃ。」

 都をはるかに見下ろす山里でひっそりと暮らす、先住民の長老、アシナガの爺はつぶやいた。

 百年ほど前、遠い大陸からこの地にやってきた人々は、
新しい技術と武器で、この森と水の豊かな盆地に住む先住民を追い出し、あるいは服従させ、大王を中心とするヤマトの国を作った。
 先住民の知らない黒鉄(くろがね)の斧で豊かな森を次々と開墾し、さほど広くはない盆地は一面に田園風景となっていった。

 そして、その豊かな田畑から収穫される富を独占した大王は、豪族たちを次々とその傘下に入れ、この盆地だけでなく、周辺の里や森にすむ集落や人々をも、次々と併合していった。

 大王が治めるその盆地は、さらに富と権力と人々が集まり、いつしか、「都」と呼ばれるようになった。

 先住民たちが崇めていた巨樹を伐っては、大王の暮らす宮殿や、やぐらの柱として使われた。

 先住民に木の実や繊維といった幸を与えてくれた豊かな森の木々は、新参者たちに次々と伐り倒され、黒鉄を作るための燃料とされた。

 さらに先住民が崇める神聖な岩で、大王のための巨大な墓まで作られた。そこは最先端の文明や文化が花開く、まさに華やかな「都」になった・・・。


 流行り病がどこから入ってきたのか、都の人々にはわからなかった。

 昨日まで美食と美酒におぼれ、この世の春を謳歌していた
都の権力者たちが、次の日には高熱を出して倒れ、やがて息絶えていった。
 その病は、まるで疾風のように次々と一族郎党を襲い、
都の大路小路から人影が消えた。

 しかし、都では最下層民である服従した先住民や、
大王一族の到来以前にこの地に入り、先住民と混血同化した人々は、なぜか流行り病にかからなかった。

 そのことは権力者たちに先住民への
疑惑と憎悪を生み出した。


 さらに、最初に流行り病にかかった豪族の家の床下から、
オオカミの死体が出てきたことが、狩猟採集民である先住民への疑惑を決定的なものにした。
 オオカミは、先住民たちの敬う山の神々の象徴でもあったからだ。

 大王は、先住民たちや、先住民と同化した豪族達を滅ぼすべく、自ら軍を繰り出した。
 
 戦いを嫌う先住民たちは山奥に逃げ込んだが、豪族たちは大王と合い乱れて戦い、平和で美しかったヤマトの里が戦乱で血にまみれた。
 
 疫病で荒れ果てたヤマトの地は、戦いでさらに荒廃し、
人々だけでなく、森も焼かれ、多くの生きものたちも命を失った。


 そんな疫病と戦で荒れ果てた里を、3人の男女が見下ろしていた。
 住んでいた里を追い出され、太古に作られた山奥の横穴式住居で細々と暮らすことを余儀なくされている、長老のアシナガと、20歳前ながら部族一の弓の達人チカプ、それに、年若い妹のノンノだった。

 「アシナガさま、もう私は我慢なりません。
  国栖(くず)や土蜘蛛と呼ばれ蔑まれてきたわれらが団
  結し、この地を奪った者たちから、われらの土地を取り
  返しましょう!」

 「兄さま、私たちは平和の民。
  兄さまの弓は人を殺めるためのものではないはず。」

 「その通りじゃ、チカプ。彼らの黒鉄の武器は強い。
  抗(あらが)っても我らが滅ぼされるだけじゃろう。
  それよりも、この戦や疫病を鎮めねばならん。
  疫病も、そしてこの戦も、
  日や月や水や森の神々たちの怒りが招いたもの。
  神々たちの怒りを鎮められるのは、
  大昔からこの地で山や森の神々を敬ってきた
  我ら一族しかおらん。」

 「私が『にえ』となって、
  神々の怒りを鎮めましょう。」

 「ノンノ!」

 「『にえ』は十五の乙女がなるのが、この森の昔からのし
  きたり。
  兄さま、どうかお許しください。」

 ノンノの目は、自らが神々の『にえ』になる誇りで輝いていた。

 冬の雲海が眼下に広がる、高さ500mの断崖絶壁、
カミノミネからノンノは身を投げた。
 その身はオオカミや森の生き物たちの糧となり、
その魂は森の精霊たちを慰めた。


  

 疫病で死の床にありながら、ある日突然病が癒えた大王は、従者からそのことを知り、自らの無知と乱暴な行いを恥じた。 
 そして、民の融和を図るべく、先住民と大王一族との間に生まれた一人の巫女に国を譲った。 
 以来、ヤマトの国の人々も、先住民と共に自然の神々を敬い、平和で穏やかな国になったという。 

 ノンノが身を投げた谷に、
早春、小さく可憐な花が咲いた。 

 まるでそれは、清楚で美しかった
ノンノの化身のようだった。

作:増田達彦(水澄げんごろう)

この作品はフィクションです。写真はイメージです。
初出:名古屋市水辺研究会会報 2020年12月号
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