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【音楽短編小説】雑草(お地蔵さんにおにぎりを)

この短編小説はフィクションですが、最後に実在するバンドの音楽(動画)が出てきます。およそ6000文字ですが、長時間読むのが難しい方は、途中 ⁕  ⁕  ⁕ に挟まれた部分を飛ばして、前半と後半を読んでも、お話と楽曲(動画)はわかります。
ただし、後半に行けば行くほど読みやすくなりますので、お時間のある方はぜひ最後までお読みくださいませませ。

作者からのお願い

 

キシーーン、キシーーン、キシーーン・・・、
二国(第二京浜)を越えて築堤のカーブを降りてくる電車の車輪がレールと擦れあい、きしんで悲鳴を上げている。
 
(オレもあのレールのように悲鳴をあげられたら、少しは楽になれるのかな)

 安っぽいワンルームマンションのソファの上に寝そべりながら、翔太は、角部屋の窓の陽光を遮るように通り過ぎて行く池上線の電車を見た。
 再び春の陽が射しこんだテーブルの上で、スマホが震え出した。翔太は寝そべりながら目をつむり、スマホの振動の回数を数える。2回で切れたら恋人の那菜なな、3回で切れたらおふくろ。しかしスマホは震え続ける。10回以上震えてようやく止まった。
 誰からの電話かぐらい、見なくてもわかる。朝10時。仕事始めにかけてくるのは、上司で役員でもある本部長の城島以外にはいない。

(出勤拒否一週間か、ま、クビだろうなあ・・・。)

 翔太はのっそりと猫のように丸くなって、もうひと眠りすることにした。今度は蒲田行きの電車が、レールの軋む音を立てながら築堤のカーブを登っていった。
 キシーーン、キシーーン、キシーーン・・・


 ⁕  ⁕  ⁕  ⁕  ⁕  ⁕  


 矢島翔太が勤務しているのは、ウェブ広告を中心に営業・制作をしている中堅の広告代理店だ。以前はテレビ広告が中心だったが、クライアントのテレビ離れを見越した城島の発案で、営業先をウェブ広告にシフトし、見事に業界を一歩リードした。その業績が認められ、城島はクリエイティブ・マネージメント本部長から一気に専務取締役まで昇進した。

 翔太は一般職ながら10年前の入社早々、CMプランナーとして仕事を仕込まれた。学生時代、そこそこ人気のある(とはいえアマチュアだが)バンドのソングメーカーとしての才能を買われのか、最終期のテレビCMのプランナーやコピーライターとして、いくつかのヒットCMを成功させた。

 翔太の担当するCMは、地味なローカル企業や老舗のメーカーなどが多かった。商品を売るというより、創業者の哲学や自然との共存、家族愛といった、地味でヒューマンなイメージCMが多かったが、その地道で地に足のついたCMプランが職人肌のクライアントに気に入られ、固定客がついていた。
 
 翔太自身も、そうしたクライアントとの血の通った付き合いが好きだった。CMだけでなくイベントや新商品開発にも呼ばれ、その会社の社員同様に可愛がられた。
   もっとも中小企業が多かったがゆえに、単価が安く、売り上げは決して良くはなかったが。

 

 入社9年目、その実績を買われたのかどうか、翔太は社内の花形、ウェブ広告のクリエイティブ・マネージメント部に異動した。やり手の城島営業本部長(当時)直轄の部署だ。

「やったな翔太、これでお前の出世は保障されたぞ!」

人事異動内定が決まった夜、恵比寿のBARで同期の熊沢が祝ってくれた。一足先に城島本部長に引き抜かれていた熊沢は、クマの愛称の通り、毛深くて人懐っこい男だ。

「ありがとう、というべきだろうなあ・・。」
「なんだ翔太、不満でもあるのか?」
「オレには向いてないような気がするんだ。」
「そんなもん、やって見なきゃわからんじゃないか。
 城島さんはお前の才能を買って、わざわざ一本釣りで引き
 抜いたんだぞ。お前なら大丈夫だ!」
「オレはカツオかよ。」
「いや、出世魚だからブリだぜブリ、ワハハ!
 ・・・なんだ、元気が無いな」

 熊沢の冗談にも乗らず、翔太はハイボールのグラスを握ったまま、カウンターの前の虚空を見つめていた。

「オレは、たとえオワコン(終わったコンテンツ)と言われ
 ようが、テレビCMのプランニングを続けたかったな。」
「なーに言ってんだ、あの部署に残ってる連中こそ、社内の
 オワコンだぞ。将来は良くて窓際、下手すりゃリストラの
 対象だ。サラリーマンは出世してナンボだろうが!」

翔太は驚いたような顔をして熊沢の方を振り向いた。

「クマは最初からそう思って就職したのか?」
「当り前のこと聞くなよ。勝馬に乗ってドンドン出世して、
 運が向いたら、キャリアアップの転職さ。とにかく前向き
 上向きで行かなくちゃ!そういう時代なんだよ。」

 そう言って熊沢は、豪快にハイボールを飲み干し、お代わり!と叫んだ。そんな熊沢が、翔太には羨ましくもあり、また、ついてゆけない「壁」のような物を感じた。


 異動後すぐ、翔太は城島本部長に連れられて大手クライアント回りをさせられた。テレビCMでは相手にしてもらえなかった、日本を代表する大企業のWEB広報部門の部長クラスが相手だ。そこでの会話は、広告の質や商品への想いではなく、いかにウェブやスマホユーザーを誘導するか、といったアイデアや議論ばかりだった。
 クライアントの部長と城島がこっそり耳打ちする言葉の中に「キックバック」という言葉が聞こえたような気がした。
 翔太の心に、初めて何かがきしむような音が聞こえた。

 翔太の配属されたクリエイティブ・マネージメント部とは名ばかりで、そのほとんどは営業活動だった。求められるアイデアと言えば、指先の誤作動でCMに進めるようなサムネイル画像や配置といった小手先のテクニックだった。

 週一で開かれる企画会議では、いかにも上昇志向の強い部員たちが、新しい顧客獲得のアイデアを出し合った。そこには、以前翔太が付き合ってきた老舗クライアントたちへの共感や尊敬、役に立ちたい、といった広告マンとしての「想い」のかけらもなかった。
 ある会議の日、翔太は思い切ってそのことに触れた。そしてクライアントの想いを具現化するアイデアを提案したい、という発言は、城島本部長の「青臭い」という一言で却下された。周りの部員たちの視線に、さげすみとあわれみを感じつつ、翔太の心の中に響くレールと車輪のきしむ音が、どんどん大きく、長くなっていった。

 
 決定打は、この春の年度末追い込みセールスだった。
大手人材派遣会社『ニードル』への営業へ出かける際、本部長のまま専務に昇格した城島から茶封筒が手渡された翔太は、その中に50万ほどの札束が入っているの見た。

「本部長、これ、何ですか?」
「言わなくてもわかるだろう。来年上半期の出稿5,000万円を
 決めてくれたニードルの徳永部長への謝礼だよ。」
「要するに、キックバックじゃないですか。
 こんなことしなくても、あのプランだったら、
 文句なしにニードルはうちへの出向を決めたはずです。」
「あんなプラン、他社も似たような物を売り込んでくるさ。
 要は徳永さんを抱き込んだから出稿がとれたんだ。
 1%のキックバックなら安いもんだ。」
「・・・あんなプラン?」
「理想論や正論で世の中が回っているなんて幻想は捨てろ。
 文句を言わずにさっさと渡してこい。本人にそっとな。」

 翔太はしばらく茶封筒を眺めていた。レールの上で軋んでいた車輪がガクンと脱線し、列車ごと築堤から崩れ落ちた。
 翔太は茶封筒を城島本部長のデスクに叩き戻すと、身をひるがえして部屋を出ていった。

「あのバカが!」

 それでも翔太は『ニードル』の徳永部長を訪ね、広告出稿への謝礼をし、子ども銀行の5億円というオモチャ紙幣が入った茶封筒を手渡して早々に退出した。
 徳永部長から「オタクの営業部員はなかなか洒落た手土産をくれましたよ。ま、センスに免じて出稿はしますがね。」
という電話と共に事の次第を知った城島本部長は、電話で平身低頭し、すぐに熊沢に50万入りの茶封筒を持たせ、『ニードル』に走らせた。

 

天王洲付近

 タクシーで社に帰る途中、天王洲橋の歩道で翔太を見つけた熊沢は、タクシーを降り、翔太に駆け寄った。 
 翔太は振り向くことも無く、運河や両側に立ち並ぶ高層マンション群、倉庫を改造したオシャレなブティックやカフェを眺めていた。

「翔太、なんでこんなことをした!ガキじゃあるまいし!」
「クマ、見ろよ、あの高層マンション。うまく世渡りして、
 一億以上するような部屋にエリートたちが住んでいる。
 カフェじゃオレと同い歳位のサラリーマンが、ノートパソ
 コンで気の利いた企画書でも打ち込んでいるんだろう。
 何の疑問もなくスマートに仕事し、ライバルを蹴落とし、
 生存競争に勝って、東京という街を住みこなしている。」
「そうだよ、東京で、サラリーマンとして生きるという事は
 そういう事なんだ。自営業者だって一緒だ。上に昇ってナ
 ンボなんだ。有能でなくちゃ、競争に勝たなくちゃ、この
 東京というステージで花を咲かせられないんだよ!」
「じゃあ、オレは失格だな。オレは周りを蹴落としてまで生
 きていきたくはないな・・・。」
「勝手にしろ。
 おまえがそんなに弱いとは思わなかったぜ。」

 熊沢はきびすを返すと、再びタクシーを拾って社に戻った。
翔太は最後に熊沢の言った言葉の意味を考えていた。

「オレは、弱いのか?」

 この日以来、翔太はマンションから出られなくなった。


⁕  ⁕  ⁕  ⁕  ⁕  ⁕  


 キシーーン、キシーーン、キシーーン・・・、
翔太は、レールと車輪の軋みの音で再び目を覚ました。時計を見ると14時を回っている。
(腹が減ったな・・)
 その時テーブルの上でスマホが震え出した。2回で切れ、
10秒後もう一度震え出した。恋人の那菜からだ。

「お寝坊さん、さすがに起きた?」
「ああ、腹減った。」
「いきなり腹減った!ですか!(笑)」
「すまん」
「ちょうどお握り余ったから、持って行こうと思ってたの。
 今千鳥町の駅だから、あと5分で着くね。」

 会社を無断欠勤し始めて以来、土日だけでなく、平日も、たまにこうして那菜が差し入れに来てくれた。そういえば、この一週間、言葉を交わしたのは恋人の那菜一人だけだ。
翔太の大学の1年後輩で、同じ音楽サークルにいた那菜は、就職せず母親のおにぎり店を手伝っている。


 那菜が差し入れたお握りに翔太はいきなりかぶりついた。

「うまい!」
「あったしまえよ!プロの作ったおにぎりだからね!」
「余りもんだろ?」
「それを言うか!」
「すまん。とにかくうまい。」

「ねえ、食べたら、ちょとだけ付き合ってくんない?」
「散歩?どこ?」
「サークルの2年先輩でさ、ムタさんて覚えてる?」
「覚えてるも何も、部長だったじゃん。
 確か帝国銀行に就職したんじゃなかったっけ?」
「そう、でも突然仕事がいやんなって退職したんだって。
 それで自分で出資して学習塾を始めたらしいの。」
「へー、あの真面目なムタさんが、思い切ったねぇ。」
「しかもね、なんとあの『天秤座』を復活したらしいの。」
「マジか!?メンバーは?」
「オリジナルの5人、ムタさん以外はサラリーマンだけど、
 みんな時間が自由になる仕事だからライブもやるって。」
「へぇー!」
「そのライブがさあ、今夜なんだけど、一緒に行かない?」
「今夜かあ。ムタさんやメンバーには会いたいけどなあ。」
「じゃ、行こ!」
「・・・でもオレ、今、無職だし・・・。」
「じゃあ、今から履歴書描いて、ムタさんの塾の先生に応募
 するってどう?」
「おいおい!」
「氏名、矢島翔太 平成3年9月26日生まれ 現在33歳 
 ○○大学経済学部卒・・・」
「大学の同じサークルだからムタさん全部知ってるよ。」
「その顔が履歴書ね。よし、じゃ、早速行こう!」

 
 ひさしぶりのジーンズとシャツに革ジャンという翔太の定番スタイルに着替え、那菜に引っ張られるようにマンションを出た。目の前の築堤を、五反田行きの電車が降りてきた。車輪とレールが擦れた軋みをあげている。
 キシーーン、キシーーン、キシーーン・・・

「あたし、この音好き。」
「そうか、那菜は鉄子さんだもんな。」
「電車も線路も頑張って支えてるぞって音に聞こえるの。」
「ふーん、そういう捉え方もあるのか。」

 二人が小さな踏切を渡ろうとしていると、今度は蒲田行きが来るのか、警報機がまた鳴り出した。

「あ、ねえ、見て。足許に小さな白い花!はこべらね!」
「へえ。よく見ると、かわいい花だな。」
「ね、そうでしょう!ほら、あそこにも!」

 そう言って道の反対側に駆け、道ばたに咲いている花を指さして嬉しそうに話す横を電車が駆け抜けて行く。その音で那菜が何を言っているかは聞こえなかったが、その笑顔は翔太にとって花よりも美しく思えた。


 ムタさんら『天秤座』のライブは、翔太も馴染みのある、高円寺の老舗のライブハウスだった。開演までまだ時間があるのか、メンバーはテーブルで打ち合わせをしていた。
 入ってきた翔太と那菜に気付いたメンバーは手を挙げて二人を招いた。

「よく来てくれたな!翔・那菜コンビ。」
「ムタさん、みんな、久しぶりです。」
「よう翔太、オレ達CDも作ったんだぜ、ちゃんと買えよ。」
「買いますよ、買います!」
「せっかく来たんだから最後まで楽しんでってくれよな。」


 きっと那菜から聞いたのだろう。ムタさんはじめ、メンバーのみんなも、ここ一年の翔太の悩みや孤立、無断欠勤と引きこもりのことは知っているはずなのに、一切口にしない。
それが翔太には嬉しかった。

 大学時代の頃のように翔太はハイネケンをラッパ飲みし、那菜はジンジャエールを飲んでいる。
大学時代からの知り合いのみならず、メンバーの今の職場の人たちも入ってきて、店は満員になった。
 
 『天秤座』のライブは、満員の拍手の中で始まった。
リズミカルなカッティングギターの音で始まる「陽炎」、
ヘヴィーなスロータイプのロックバラッド「6月の雨」といった定番の曲の他に、翔太の知らない新曲もあった。
 その歌と演奏は10年のブランクを思わせないものだった。

 そろそろエンディングの時間になった頃、メインボーカルのムタさんが話し出した。
「今、えー、世界は、・・・ちょっと大げさか、ハハハ。
 とにかく今という時代は、真っすぐな奴ほど、すごく生き
 にくい時代だと思います。そんな真っすぐな奴が、ボクら
 の後輩にもいます。そいつのことを心配して、恋人が毎日  
 おにぎりを持っていってあげているそうです。
 ま、要するにお地蔵さんみたいなやつですね。(会場笑)
 その女性が彼に尽くす姿を見ていて、その健気さに心を打
 たれた僕らは、その女性とお地蔵さん、じゃなくて彼氏に
 歌をプレゼントしようと思います。今日最後の曲です。
 まだ出来立てホヤホヤの新曲ですが、聴いてください。
 『雑草(Michikusa )』」

 アコースティックギターのイントロが始まった。翔太はそっと隣の那菜を見た。那菜の目から涙がとめどなく流れ始めていた。翔太の前ではいつも笑顔ばかりだったのも、心配してることを知らせないためのやさしさだったと知った。今度は翔太が涙を流す番だった。翔太は、テーブルの下で、那菜の手をしっかりと握った。
 ムタさんの歌が始まった。


〈了〉
この短編小説はフィクションです。ですが、
時代設定は違いますがバンド「天秤座」は実在し、
CD等も実在します。
「天秤座」に関しては、ぜひ下記をご覧ください。

作:birdfilm   増田達彦



 





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