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【鳥公園キックオフミーティング】⑤今後のことを広げる

この記事は、鳥公園新体制に向けたキックオフミーティングの議事録です。今回は第5回、最終回です。今回はそれぞれの演出家が付箋に書いた「鳥公園の3年間でやりたいこと」をざっくばらんに話しています。
ここまでお読みいただきありがとうございました!前回までの第1回第2回第3回第4回も併せてどうぞ!

●鳥公園だから出来ること

西尾:そろそろじゃあ次の話題に入っていきましょうか。3人のもっと遠い未来にやりたいことを、自分以外の人の付箋を読む形で見ていきましょうか。

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和田は黄色、西尾は水色、蜂巣はピンク、三浦は緑

蜂巣:じゃあ三浦さんのを・・
「お客さんに上演までのプロセスをまるっと開示」。アーカイブみたいなことかな。
「長い時間をかけて一つのテキストを立ち上げる」
「空いた場で劇作家と戯曲を上演する」
「全員0から始める」
「演出家同士の関わり言語化」
「作品と上演場所、クリエイションの場」
「作品を言語化する(他の演出家の)」
「文脈の違う俳優と作ってみる」
やっぱ唯一劇作もやっている雨林だから「長い時間をかけて一つのテキストを立ち上げる」ってのがありますね。

西尾:どういうこと?

蜂巣:私自身は西尾さんに、台詞は託すみたいな考え方なんですけど、一つのテキストを立ち上げるってのは作家間の共同作業ならではを考えてるのかなと思う。

三浦:共同作業っていうよりかは、出力されている場にどうやったら立ち会えるだろうっていう興味。

蜂巣:なるほど。全員0から始めるっていうのは俳優も含めてみんな?

三浦:そうですね、劇作家、演出家、俳優っていう技術を持った人が0から集まって、なにもないところから始めてみるのは可能なのかも含めてやってみたいなぁ。それは鳥公園の場だから出来ることだなと。
 私は鳥公園の他に、隣屋と青年団に所属しているので、鳥公園を含めて3つの団体で作品を作る場があるんですが、それぞれに出来ることが違うと思っていて。これは当たり前のことですが、やっぱり団体・集団によって得意なこと、活きることが違うじゃないですか。鳥公園は、こういう各々の活動があった上での開かれた公園?環境?なので、0から一緒にクリエイションをしたり俳優やスタッフがいる現場と戯曲(劇作家)がより相互に関わり合いながら演劇を考えるみたいなことをやれる場なんじゃないかなって。

西尾:0っていうのは知り合いじゃないところから?

三浦:希望としては本当に初めましてからがいいですかね。なんか文脈ができちゃうから。

和田:マッチングアプリじゃないですか?

三浦:うわ、どうしよう。途中から0人になったら・・・

西尾:でもそういうこともさ、ありうるよね。
だって普通さ、0人にならないようになにか頑張るけど、もうなるようになるみたいな・・
 三浦さんに誰かの読んでもらおう。

三浦:黄色ってながらさんですか?

和田:そうです

三浦:ではながらさんのを。
「オーディション?(やったことない)俳優に出会う」
「上演後にちゃんと作品を振り返る」
「他の二人の上演についてきちんと言語化する」
「長めの創作期間を設ける」
「悩みを外に開示する」

●創作で生まれたものの残し方と、新たな出会いについて

和田:悩みを外に開示するということについては、私はしたためを一人でやっているので、良い意味でも悪い意味でも悩まない。
 自分ができる範囲でやりたいことをやる、みたいなスケール感があって、それに付随することを全部自分で引き受ける。と、ある部分では悩みそのものが出てこなかったりするわけですけど、かと言って悩んでないわけでもないんですよね。
 もっとこうなったらいいなとか、もちろん経済的なことだったり、人力、労力的なこともあるし、他者との関係性についても。
 鳥公園というプラットフォームの中にいるのであれば、私の悩みは私だけの悩みじゃないと考えて、積極的にそういう話をしていこうと思っています。

蜂巣:実際に作品を振り返るときには、演出家の感想、ということになるのかね。
それとももっとしっかりした劇評みたいなこと?

和田:そうですね、まだ具体的にはわかんないですけど…。劇評はあるとありがたいです。
 あとは作品に参加した人、たとえば俳優が作品のプロセスのことをどう感じていたかとか…時間が経つと忘れちゃうんですよね。
 遠い未来にそれが資源になるかもしれないので、そういうものも残せたらいいのかなあと思ったりします。

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西尾:劇評を三人、私もお互いに書けたらいいなあと思ってて。
 よく批評家の人に直接話したりもするんですけど、どうしても扱われるのが上演が本当に扱われてるのかちょっと疑問というか、テクスト分析ではないだろうかとか、演出家のやろうとしたことなのではみたいな。
 そこで起こった俳優とか照明とか音響とかがそこに書かれるって難しいんだなとは思うんですけど。
 現場の人がやりとりしてるのってそこのことだし、お客さんが見てるのもそれなんだけど、なんか今劇評と呼ばれるものに載る情報がちょっとそれと違う気がしていて、もっともらしくなくてもいいからもっと上演のことを書けないものかなと思うんですよね。

 次。オーディションも、やったらいいね。

和田:それこそマッチングアプリで(笑)
 オーディションって、今までやったことがなくて。どういう方に集まってほしいか、その意図が募集条件に反映されますよね。たとえば新しい出会いを求めようって時に、鳥公園見たことない人、私の作品見たことない人、といった指定で呼びかけることもできるなって思ったり。


西尾:はい、じゃあ次の人に行く前に、何か質問とかしたい人は…?

お客さん:あの、私静岡出身なんですけど、ストレンジシードは静岡じゃないですか。
 例えば静岡の人とやるという可能性は?

和田:今は何も決まってないので、可能性はあるといえばあります(笑)

お客さん:やっぱりその、京都とか東京が羨ましいなあと思うことがあって。
 静岡県って結構広いので、静岡市と藤枝市、浜松市、とかすごい物理的な距離が遠いところで十数人みたいな中で地方でやる難しさとか。
 でも逆に言うと稽古場ははいい場所が取れたりするんですけど(笑)鳥公園に出た時に「わ、こういうとこで稽古するのか」みたいな(笑)
 だから利点はいろいろあって、それぞれにあるんですけど、その土地その土地でやれることを知れるといいなあと思ったりしました。


西尾:じゃあ次に、ながらさん。

和田:私が西尾さんのを読みます。
「子どものいる稽古場」
「戯曲集を作る」
「活動をアーカイブにして残す」
「今あるものよりもっと自由な劇評」
「制作プロセスに俳優が関われるようにする→創作面における俳優の自立」

「戯曲集を作る」というのは、劇作家合宿とも繋がるところですか?

西尾:そうですね。
 上演で消えちゃうということが多いなあと思っていて、よっぽど素晴らしい、出版されるということじゃないと、残らない。
 さっきも上演台本から戯曲にするには、間に、かなり作業が必要という話がありましたけど、戯曲って大事だと思うんですよね。上演ももちろん大事で。
 でも上演だけに終始してるのってコストパフォーマンスの問題が大きくて、戯曲に労力をかけてでもちゃんと残した方がいいんじゃないかなあとか、
自分の作品を残したいというだけじゃなくて、劇作家として生きていくことを考えられるためにも、「これ私の戯曲です」という状態に持ってる劇作家が増えないとダメなのではと思って。


●多様な立場の人同士が、創造的に関われるために

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和田:次、「子どものいる稽古場」

西尾:もうすぐ子どもが生まれるのと、自分のことだけじゃなくて、
今圧倒的に産んだ女の人が現場から離れざるを得ないということが起こってるなあと思うので、舞台芸術界でも当たり前になっていくといいなと思って。
 いなさすぎて、現場に、子供とか子供を産んでる人が。何が必要かそもそも知らないということが多いなあと思うので、「わあ、来るとこういうことが起こるのか」とかそれから。
 今鳥公園だよりというメルマガを出してるんですけど、例えば子供を産んだ人がどんなことやってる、どんなこと思ってるみたいなことがいろんな人にお願いして連載になったりしたらいいなと。
 見えないことがもうちょっと表に出てくると、「じゃあ、どうする?」って。悪気があって無視してるわけじゃなく単に見えないことを可視化できたらいいなと思ってます。

和田:「制作プロセスに俳優が関われるようにする→創作面における俳優の自立」というのは?

西尾:はい。
 これはさっきから何回かお話してるんですけど、ここでさっきいただいたご質問の話ができるかなと思うんですが、
例えば木ノ下歌舞伎という団体とはどう違うのか、青年団リンクキュイという団体も劇作と演出を分けてるけどどう違うのかというご質問をいただいて、「そうですね…」と思ったんですけど、、

 今回考える時にも私も思ったんですよね。何が違うのかなって。
 たぶん違うのは、作品の上演のみに活動のフォーカスが当たっているかどうか。私の場合は上演という機会だけが作品だとは思ってないんですよね。

 今日お渡ししたプロセスブックでも、鳥公園の宣伝美術やってくれている鈴木くんというデザイナーの人と話してるんですけど、「西尾さんって本当に上演は作品の副産物だと思ってるんだね」みたいな話をしてて、いやほんとほんと!みたいな。
 分からないことがあったときに稽古場に集まって、俳優の人に、体を通してアウトプットしてもらうのを見ると、考えがまた一個進む。そこがすごく自分には必要で。
 ただあんまり、そのあり方って理解されにくいと思う。それはずっと言葉では言ってきたけど、活動の形として、上演以外の部分も含めて全部が作品なんです、と出来るように、というのが今回の新体制という感じです。

 直接いただいたご質問は「キャスティング権は誰が握るのか」ということだったんですけど、それは演出家じゃないかなと思ってています。
 よっぽど何か企画を立てる段階とかで「この人が絶対いいと思う!」みたいなことがあったら言うとは思うんですけど、基本的に私が最終判断とは思ってなくて。
 主宰と演出を分けるって、運営上の責任をとる人と、芸術的な判断をの責任をとる人を分けたいということなので、キャスティングは主に芸術的な判断に属すかな。
 それじゃない方がいいなとかあれば、例えばマッチングされたいとか(笑)ありえるかなとは思いますけど。


和田:じゃあ次は、蜂巣さんのターン?

西尾:えーと、
「劇場でない場での上演 野原」
「自分の体で試みる」
「観客との繋がり・広がり・ワークショップをする」
「地域から見出す」
「演技・演劇の欲・掴む」
「知らないリズム感」

「野原」って書いてありますけど(笑)

蜂巣:そうですね(笑)
 他の野原メンバーもそうなんですけど、野外でやりたいという気持ちがすごい強くて。これはもう個人の気持ちですね。
 いつか鳥公園にも繋がればいいなと思って書きました。

西尾:ストレンジシードかな(笑)野原っぽいところでやってたよ。

蜂巣:あ、ほんとに?!

お客さん:今までやられたことはあるんですか?外で。

蜂巣利賀演劇人コンクールで、岩舞台という野外でやったことがありまして、非常に味をしめました。いろんな事情(金銭的、制作的なこと)が許せば上演したいですね。

西尾:私も、劇場というものはすごい大事だなということを思ってるんですけど、この間東京芸術劇場でやって、やっぱ劇場って強いなと。
 本当に何十回何百回とやってもやれるという質のものを追求できるためのシステムという感じがしました。
 でも、劇場は劇場で大事なんだけど、昔、劇場でやってて「私たちはなんとひ弱なのか」、繊細なことをやっていて、見たら面白いと思って作っているけど、そんなん興味ない人いっぱいいるよねと。
 もっと外でも通用するとか、全然劇見にきたわけじゃない人が「お、なんだ」とか言ってもちゃんと見てもらえるようなこと出来ないとダメなんじゃないかと思いました。

 次、「自分の体で試みる」。


●演劇を広く開いていくこと、自身の開拓へ持ち帰ること

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準備する蜂巣

蜂巣:はい。これは、演出だけやってると俳優の感覚がわからなくて、共通言語がどんどんなくなっていく。
 それは11月にやったフランス戯曲の時に嫌というほど感じて、解釈と発語の感覚が全く違うということがありました。
 演出と俳優は同時代に生きてるから、そこまで違いはないと思うけど、どうして自分の感覚、身体や言葉、知らないものを俳優に託せるのだろうという疑問が強くあります。
 自分でもやってみながら(別に稽古場でやる必要はないですが)自分で密かにトライをして、「こういう感覚はありかもな」と確かめてみたいと思います。

西尾:「観客との繋がり・広がり・ワークショップをする」。

蜂巣:さっきもワークショップの話をしたんですけど、俳優がトライして体感があるとか、演じ続けられる感覚は観客にも体感する形でフィードバックできると思っていて、それも一つの演劇体験としては重要なことで、演劇を知る一歩としていいかなと思っています。

西尾:そのことと「地域から見出す」は別?

蜂巣:別ですね。
 地域からどんな演劇ができるかを、西尾さんとリサーチプロジェクトでやりたい。
 今までの劇作家に距離を感じたり、怖さを持っていることから自分の演劇をやりたい欲動にフィルターがかかっている感覚、それを地域というきっかけ、実地から見い出す演劇、原始的な演劇を開拓したいかな。
 原始的というのは多分一貫していて、野原でやりたい感覚もそうだし、自分の体で試みるもそうだし、観客の方にもそれを体感してみてもらいたいなというのも通底していると思う。

 演じるっていうのはそもそも楽しいっていうか。拙いことを言ってしまってあれなんだけど、ままごとみたいに演じることって子供の頃から欲望としてあったり、楽しいものだから、その視点の上で作品を見てみると違うものが見えてくるだろうなあ。
 まずは演劇を体験や感覚から知ってもらいたいという気持ちもあります。

西尾:たしかに。
 きっと今日いらしてくださった方もさっき「なんで原理的な話を?」「演劇の人ってそんなにお金のことを知らないのか、まじ?」みたいなことがあったりして、でもそれがまかり通ってしまっているとか。
 何が起こってるか知ってもらって、その上で作品を見てもらったらまた違うことが起こりそうですよね。じゃあ次いきましょう。
「知らないリズム感」?

蜂巣:知らないリズム感は、新たな演劇を…知りたい…。

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西尾:リズム?

蜂巣:そうですね。
 いろんな解釈立てて、細かく考えていくけど、最終的に取りまとめる時にそれがどういうリズム感なのか、暴力的なのか、すごく穏やかなのか、しっとりして暗いものか掴んだ上で上演したいなというのがあって。
 その、やったことのないものというのに非常に欲望、を感じる。

西尾:さっき全然違う戯曲なのに同じ方法論や、同じメソッドでやるということに抵抗を感じると言っていて、わかるように思うところと、一方で絶対蜂巣さんの作家性みたいなものがあるはずで、型までいかなくても「だけどやっぱり蜂巣さんの作品だよね」ということはあり得る。
 ていうかすでにあるなあと思ってて。
 私もやっぱり文体とか、演出家として俳優とやってると演技体を持ちたい。でも型にしたいわけじゃないとかを思ったりして。
 毎回違うっていうだけじゃなくて、今まではなかったけどでもこれだあ!みたいなことなんかが見えてきたらすごいね。

蜂巣:そうですね。作家性って同じことしても固まっちゃったり、前回は非常によかったはずなのに、一年後やってみたら全然つまんないみたいな。
そうあるべきだとも思うし、同じことやってることが作家性とは限らないから苦しいけど。
 そのリサーチも含めてゆっくりと、地域から大事な部分を抽出して、それでも残る自分の作家性みたいなことを考えたいなと思います。

西尾:はい。ということで、達成というか成功するかは別として、みんなの三年の間にやりたいことは、結構やったら出来そう。
 これ今「一年後に活動報告」と書いてあるんですけど、2020年度末にも実際一年やってみてこうでした、2年目に向けて我々こんなこと思ってますという会も2020年度末にも持ちたいねと。
 なるだけ失敗もしたいなと思ってて、こんな風に失敗しました、だから次こうしますみたいなことをお客さんに話していけるといいなあと思っています。

●最後に

 あっという間に時間が終わってしまいましたが、ここでどうしてもこのことを聞きたいとか話したいというのがある方いらっしゃいますか?

お客さん:さっきも出てきたんですけど、上演されるにあたってキャスティングをどうされているのかというのは不思議であるんですが、いかがでしょう。

西尾:普段一緒にやってる俳優さんと場は違うというのでやってみたいというのもありだし、全然普段やったことのない人とやりたいなら、それはそれで、特に私の方から何も指定はないですというのはお伝えしてるんですね。
 ただ、一回これをやってみたいということと、本人の中に通ってる長い課題みたいなことと両方あり、なるだけこの場では長く続く何かに取り組んでもらえるといいなあと思っています。

和田:個別の作品やプロジェクトの規模に沿ってオーディションをする、あるいは紹介を西尾さんに依頼する、といった形で、実際のキャスティング権は行使していくのだろうと思うのですけど。
 一方で、さきほど西尾さんが言っていた、制作プロセスにおける俳優の関わりや創作面における俳優の自立といったことがトピックとしてある。私も関心があるのですが、そういったトピックとキャスティングという行為がどういった関係にあるのか、考えていく必要があると思います。
 まずは作品を良いものにしたいですから、出演者を選ぶし、選ぶ方針を立てるわけですけれども、その時に俳優とどういった関係を作るべきなのかということを、今までの自分のやってきたことを踏襲するだけではなく、ワンクッションあるいはツークッションぐらい考えることが増えるだろうなあと感じています。

西尾:はい。
 じゃあここで、今日の会は終わりにしようと思います。みなさん長い時間お付き合いくださいましてありがとうございました。

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作・演出の西尾佳織が2007年7月に結成。 「正しさ」から外れながらも確かに存在するものたちに、 少しトボケた角度から、柔らかな光を当てようと試みている。

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鳥公園キックオフミーティングの議事録

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