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【鳥公園キックオフミーティング】③演出プランを聞いてみて

この記事は、鳥公園新体制に向けたキックオフミーティングの議事録です。今回は第3回です。第1回はこちらから、前回の記事はこちらからどうぞ。

●演出プランを聞いてみて

西尾:じゃあ再開するんですが、この休憩中にこんなこと聞きたいなとか、質問の形でなくてもこんなこと思ったとかありますでしょうか?
(会場からは特にない)

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 このあとはですね、今3人が発表したことふまえ、お互い感想を言い合ったりしつつ、2020年度どんな感じでやっていくとか、
あのホワイトボードに4色の付箋が貼られているんですが、さっき始まる前に実現性とか考えないで、3年間のなかでやりたいことをみんな出すというのをやったので、その話もしたいと思います。
 さっきいただいた質問が、「キャスティング権はだれがイニシアティブを持って決めていくのか」。
 それが実際そのことだけじゃなくて、どういう力の流れ方で一個一個のプロダクションが決まっていくのか。また、もうちょっと質問の内容を具体的に詳しくお聞きしたら、作と演出、それから主宰を分離するのは他にも例がないわけじゃなく、それと何が違うのか、違わないのか、大きく宣言をしてこの体制を取り始める意図は一体どういうことなんだいということもありました。
 とりあえず3人の話から始め、いいところでその話にも入っていけたらと思います。
 3人お互いのプランを見合ってどうとか、聞きたいんですけど・・・

蜂巣:うん。めっちゃ参考になりました(会場笑)
 …いや、自分のやり方しか分からないんですよ。演出家のための学校授業ってないから。どこにも。

西尾:ないんだ!

蜂巣:京都造形大の私が在学していた2005~6年くらいにはあって、ある先生が「昔のあの作品は良いよね」って振り返りする授業はあったんですけど、同世代間や他人の演出を聞き、手法を比べるような授業はない。
 うちの劇団主宰の平田オリザにフランスの状況を訊いても、演出家のための授業はないと聞きました。俳優で良い成績を残したり、能力のある人が演出家になる。
 本当に実地でやるしかない状況のなかで、自分の指向性を曖昧に掴み、結果的にいつも同じノウハウしかない…と感じているのは閉塞感があります。
 今二人の話を聞いて、こういう風に考えるんだ、と思考方法を聞いたのがすごくいい経験だったな。
 ちなみに、西尾さんとながらさんが共通しているところで、俳優の言葉を集めて作品にするというのがあって、そういう創作態度が共通していることが、今回のご一緒するきっかけになったのかな?と思ったんですけど、そのあたりはどうですか?

西尾:今言われて初めてそうだと気付いた・・(会場笑)
 むしろ、私がながらさんに自分の戯曲をやってほしいと思ったのは、全然演出のアプローチが違うって思ったのが大きくて、やっぱりどうしても自分が書いたものだから、こういうつもり、とかっていうのが読む段階でも入ってきちゃって、でも(和田に)渡すと「とにかくこう書かれているから」、ってその態度がすごいいいな、私にはできないなと思っています。

蜂巣:ながらさんは本当に、ロジカルに考えますよね。

和田:私も3人の目のつけどころがバラバラだと思いました。
 私は、これまでの作品との比較で西尾さんの名前を出したんですけど、お二人の話の中で西尾さんご本人が触れられる形とはおそらく違った。そういう意味では、私は西尾さん個人をテキストから切り離して見ている感覚があって、テキストだけ見ている。
 お二人は西尾さんとご自身の距離感みたいなものを作業の中でどう扱っていくか、そういう観点を感じたのは違うところだなと思いました。

蜂巣:雨林さんは?どうでした?

三浦:またちょっと言葉、文字おたくみたいなことを言い出すんですけど、台本の書式が3人とも全然違うなって思ったんですよね。

和田:出力してきた?

三浦:出力してきたやつ。
 私は西尾さんからもらったのがそのまま、たまたま私の書き方と一緒ですごい読みやすいと思ってそのまま出力してきたんですけど・・・

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販売した『終わりにする、一人と一人が丘』のプロセスブック


和田
:でも私これもらった(データの)まま・・

三浦:え?!

蜂巣:私もだよ。

三浦:どういうこと?

西尾:たしかに違う・・

蜂巣:(三浦の台本を見て)いや、読みやすい・・

和田:(三浦のを)こっちのほうが読みやすい。(会場笑)

西尾:私、WordとPDF、2パターン送った?

和田・蜂巣:Word、Word

西尾:あ、それが違う・・・違うの送っちゃった・・・

三浦:でも私PDFでもらったんで

全員:あー

西尾:それが一番読みやすい

和田:だって私のよく分かんないところにページ番号1とかあって・・

蜂巣:(横印刷、横書き、二段をめくりながら)こんなん初めてですよ・・

西尾:稽古中に紙を節約するために2段でいれたやつを送っちゃったんだ。すみません・・・

三浦:みんなのを見て、勝手にあ~あ~とか思ってました

西尾:ごめんね、読みにくいのを・・・

和田:台本をどういう体裁で出力するか、あるいはどういうフォントにするか、自分が作るときは結構気にするので、これも西尾さんの手の跡かなと思ってました。

西尾:たしかにこれは(和田のを指し)まだ何もしてなくて、あれ(三浦のを指し)もまだ途中で、人に送るときはもっとちゃんとする・・・
こんなの(三浦に送ったバージョンに入っている「時」「場所」など)なかったもんね?

蜂巣:ないのか?(探す)

和田:ない・・・

西尾:二人に送ったやつは稽古時に俳優さんにどんどん更新して送ってたバージョンで、(三浦のは)もうちょっとよその人に送るバージョン。(ト書きの)「時」とか「場」とかが増えたものを三浦さんには送ってて、そのあともうちょっと直した・・・
 じつはみなさんにお渡ししているものも「時」とか「場所」はなくて、本番前にうわーって直したもの。そこからまた少し直した。

●西尾戯曲のト書きについて

西尾:3人の演出プランを見てどうでした?

蜂巣:ながらさんの「いかに強い気持ちでト書きを無視するか」はすごい理解した。

和田:ほんとに、そうだと思います。

蜂巣:一回なかったことにしないと、そのまま一緒のものを作ってしまう可能性がある。

和田:うんうんうん。

蜂巣:結構強度の強い形でト書きも書かれてて。
 っていうのも、人(俳優)が動きやすい言葉で書かれてる。誰でも試みたら広がりを持つような言葉で書かれているから、これは上演台本だということは読んですぐに分かる。

和田:はっきりト書きを無視する手法もあるだろうし、あるいはト書きに対して「なんでやねん」と思う違和感そのものを戯曲を読み込む材料にもできる。
 こうではない在り方を探ろうとするためにト書きをしっかり読む、ということもあり得ますよね。

蜂巣:雨林が最初に「癒着をしないようにする」って言ってたのもすごい理解出来ると思って、もうちょっと説明できたりする?どういうことで癒着になっちゃうとか。

三浦:正解は聞けないなって読んで思いました。これってどういう意味で書いたんですか?とか、聞いたらむしろ私がもっと一致して見ちゃう。これはどっちかっていうと私の問題、私だけの問題なのかもしれないってのはすごい思う。
 これをながらさん的にいかにテキストだけで読むか、いかにこの言葉に誰の人格も与えず私のだけにするかみたいな、バトルなんじゃないかな。


●将来の西尾戯曲

ダウンロード (1)

『終わりにする、一人と一人が丘』、
衣裳・清川敦子(atm)によるアイディア出し風景

蜂巣:そう考えると西尾さんが守るべき劇作家の有りようってのもありますよね。現場と癒着しないみたいな。

西尾:うん。そうだと思う。ト書きが減るんじゃないかな。うん。こっからここでも(和田→三浦台本)減ってる。これ(和田台本)はドキュメントに近い状態で。
 さっき年号がいついつとかも稽古してる中で俳優の人からのフィードバックで、ということはこういうことになりますね、って言って書き足したのとかもあって、年号は客観的なことだからまだ良いと思うんですけど、元々ぜんぶこんなふうに書いていなくて、ほとんど言葉ばっかりで渡してる状態から整えていくときにフィードバックが書かれちゃってることがあって。
 でもちょっと置くと今回はこうなってました、に過ぎないから、戯曲としては切ろう、みたいなこともあって、それから例えば台詞の中で(~しつつ)っていうのは戯曲としてはなるだけ取ろうとしてて、台詞と台詞の間のト書きはあってもよいとか、あるにしても形をちゃんと整えてみたいなことがよろしいかなと思うんですけど。
 なかなかその作業ができるようになるには上演が自分の手を離れてくれないと出来なくて、まだ終わったばっかだから、あんま出来ないみたいな。
 これは自分で意識しなかったらト書きが減るんじゃないかなっていう気はします。

蜂巣:複数演出家体制になって現場に来る回数が減っていったときに、期待することってありますか?

西尾:上演を想定しながらでないと書けなくて、だけどその想定の仕方が変わったらいいなと思って。自分で読んで面白い戯曲って、なんだろう、、読んでうるさいなって思うト書きもある。
 テネシー・ウイリアムズの『ガラスの動物園』すごい好きなんですけど、そこに書いてある上演の指定はそんなにイケてると思わなくて、これは劇作家の執着だなと言う感じがして、そういうのを自分もあんまり入れずに書けるようになると良いなっていう期待がある。
 どうやって上演すんの?みたいなのも書けるようになりたい。自分だと無理って思ったりしちゃうから。

三浦:それはすごい思いました。読んで、これは物理的に可能なト書きしか書かれてないと思いました。
 それは良くも悪くも物理に縛られてるというか、目の前に現れるものによって書かれたっていうか、それがあるからこうやって書かざるを得なかったっていうト書きが結構あって。
 逆にそうじゃないト書きもあると思っていて、あ、これは自由な情念だけで書いているみたいな、上演に関わらなくなっていったらそういう部分でもっと自由になっていくんじゃなかなってっていうのは読んでて確かに思いました。

西尾:昔、ピカソの『尻尾を掴まれた欲望』だっけな、という戯曲を読ませてもらって、登場人物からして、「まぬけな大足」とか「丸いわんわん」とか、もうどういうことだみたいな。あとト書きでも、ポテトフライを揚げていたらモクモクと煙が出てきて人になった、みたいな、ああ無理だ―って。
 でも全部読むと、ああそういう世界が書かれているんだなっていうのがすごい分かって。その世界が好きかどうかは別として、いま私にはこういうのは書けないっていうのがあって、ああいうの書きたいなって。みんなよろしくみたいな感じで渡して、ぶうぶう言うみたいなことも面白そうだなと思いました。

和田:あと出演者の人数とか、このシーンではこの俳優がいないからこの役は別の俳優がやってみたいな、非常に現実的な采配もここに入りこんでいる。改めてやるならこの出演者の人数じゃなくてもいいんじゃないとか、女1と女3はもっと分解していろんな人でやってもいいんじゃないかとか、そういうことも考えられるんじゃないかなと思いました。

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ミーティングの準備と会議の様子
(次編に続く)

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作・演出の西尾佳織が2007年7月に結成。 「正しさ」から外れながらも確かに存在するものたちに、 少しトボケた角度から、柔らかな光を当てようと試みている。
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