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【鳥公園キックオフミーティング】①はじめの挨拶と自己紹介

この記事は、鳥公園新体制に向けたキックオフミーティングの議事録です。
 

 キックオフミーティングは、2019年12月23日@SCOOLにて、鳥公園のクラウドファンディング(鳥公園・新体制に向けてご支援のお願い)にご支援いただいた方を対象に開催いたしました。参加する方に一人一品具材を持ち寄っていただき、みんなでお鍋を囲みながらの会となりました。
 鳥公園が創作体制を変えるに当たっての問題意識や、2020年度からの具体的なプロジェクトについて、またそれぞれ全然違う個性を持った3人の演出家のクリエイションについてなど、多岐にわたったキックオフミーティングの内容を全4回にわたってご紹介します。今回は第1回です。

●はじめの挨拶と自己紹介

西尾 みなさま、本日は鳥公園の新体制に向けたキックオフミーティングにお集まりいただき、ありがとうございます。
来年度から、和田ながらさん、蜂巣ももさん、三浦雨林さんをアソシエイトアーティストに迎えて、劇作・主宰と演出を分離することにしました。
 今日は、みなさんからもご質問をいただきながら、こんな進行でやっていきたいと思います。

18:00~18:30 トーク①……創作にまつわる制度の話、お金の話、意志決定のプロセスの話
18:30~19:00 休憩。みんなでお鍋を食べる
19:00~20:00 『終わりにする、一人と一人が丘』の戯曲について、3人がそれぞれの演出プランを発表する
20:00~21:00 トーク②……3人の演出プランに対するお互いの感想から始めて、そこから2020年度の具体的なスケジュールの話。
21:00~21:30 質問・感想・アドバイスなど、お客さんの声を聞く時間
21:45 閉会

●演出家の紹介

和田ながら_撮影_守屋友樹_YukiMoriya

和田ながら
1987年生まれ。京都造形芸術大学芸術学部映像・舞台芸術学科卒業、同大学大学院芸術研究科修士課程修了。2011年2月に自身のユニット「したため」を立ち上げ、京都を拠点に演出家として活動している。したため以外に、写真家・守屋友樹とのユニット「守屋友樹と和田ながら」、努力クラブの合田団地とのユニット「粘土の味」でも作品を発表。2015年、創作コンペティション「一つの戯曲からの創作をとおして語ろう」vol.5 最優秀作品賞受賞。2018年、こまばアゴラ演出家コンクール一次審査および二次審査においていずれも観客賞を受賞。2018年より多角的アートスペース・UrBANGUILD のブッキングスタッフ。
http://shitatame.blogspot.jp/
(撮影:Yuki Moriya)

蜂巣もも_吉原洋一「あさしぶ」より

蜂巣もも
1989年生まれ。京都出身。2013年からより多くの劇作家、俳優に出会うため上京し、青年団演出部に所属。また、庭師ジル・クレマンが『動いている庭』で提唱する新しい環境観に感銘を受け、岩井由紀子、串尾一輝、渡邊織音らとグループ・野原を立ち上げる。演劇/戯曲を庭と捉え、俳優の身体や言葉が強く生きる場として舞台上の「政治」を思考し、演出を手がける。本年より円盤に乗る派、鳥公園にも参加し、演出、創作環境のブラッシュアップをともに考える。
https://www.hachisu-kikaku.com/blank
(撮影:吉原洋一『あさしぶ』より )

三浦雨林プロフィール写真 (1)

三浦雨林
1994年生まれ、北海道出身。演出家、劇作家。隣屋主宰、青年団演出部所属、鳥公園アソシエイトアーティスト。原作・原案を用いた作品創りを多く行う。生活の中から飛躍をしない言葉と感情の再現を創作の指針としている。上演作品に『あるいはニコライ、新しくてぬるぬるした屍骸』(原作:トルストイ「光は闇の中に輝く」)など。「利賀演劇人コンクール2016」上演作品『ハムレット』にて《観客賞》を受賞。
https://tonaliya.com/

●なぜこの体制でやることにしたのか? なぜこの3人なのか?

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西尾 ということで、複数演出家体制に移ることにした理由からお話ししていきますが。2007年に鳥公園を始めたとき、演劇をつくりたいことは分かっていたものの、自分が劇作をやりたいのか、演出をやりたいのか? どうしたら劇がつくれるのか? 何も分からなかったんですね。でも、演劇の始まりに台本があるらしいことは、高校演劇の経験から知っていた。なので自分で書いて、とにかく演出もやってみることにしました。
 でも最初は、劇作も演出も下手だし、一緒にやる俳優も下手だしで、とにかく上手くいかなくて。自分が書いた言葉を渡しても、それを俳優に我がものにしてもらえない感がありました。一生懸命書いた言葉を他人事で扱われると、やっぱり辛い。そこから、どうしたら俳優と一緒に上演をつくれるのか? 作品を私一人のものじゃなくて私たちのものに出来るのか?という問題意識が生じて、「自分で劇作をやる」だった第一期から、「俳優と一緒に上演をつくる」第二期に移りました。それで、稽古の初日までに戯曲を書くのをやめたんですね。問題設定だけ最初にあって、それを色々な形で俳優と揉んでいく。

 例えば『緑子の部屋』という作品では、当時のバイト先で私が感じた、存在を圧殺されるような感覚が起点になっていたんですけど、それはあくまで「西尾さんの体験」なわけです。それで次に、「存在を塗り込められる感触」だけをブリッジに、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』という小説をみんなで読んで、そうするとそれに対してそれぞれの感想やリアクションが出てくる。それはもう「西尾さんのもの」じゃなくそれぞれから出てきたものなので、そこからピンとくる方向にさらに作品を伸ばしていく。
 そうやってなんとか、私が作品を私有して、一人で大事にしている状態ではなく、それぞれにとって切実さがあるところにネットワークを広げていきたい、というのがしばらくは上演をつくる方法でした。

 でもそうすると、今度は劇作家の欲が出てきてですね。もう一回、俳優から出てきたものを編集する能力でつくるんじゃなくて、劇作家として書きたいものをきちんと書いて渡したいと思うようになった。一緒にやる俳優さんたちもプロになってきていたので、今だったら戯曲として綴じて渡しても、ちゃんと大事に関係をつくってもらえるかもしれない。で、そうなると演出も他の人にして欲しいと思うようになって。

 それから、俳優の自立について考えたいということがあります。俳優の受動性というものが活動初期から気になっていたんですが、どうも個々の俳優の問題というよりは構造的な、システムの問題が大きいんじゃないかと思うようになって。俳優って、企画の色々なことが決まって実際に上演を立ち上げる稽古場からプロダクションに携わるケースが多いと思うんですが、そうするとひとつ作品をつくる、という芸術活動が成り立つためにどういう風にお金が動いているか?という流れからは疎外されがちになってしまう。それが、自分の俳優としての仕事と社会の関わりをクリアに掴むことの難しさにつながっているんじゃないか。
 このことに取り組もうと思ったら、一作品ごとに演出家と俳優として出会うんでは追いつかないと思いました。もっと大きい範囲で、環境や問題意識から変えないと、俳優と演出家の関係も変わっていかないんじゃないか。そんなわけで、今回の体制変更を決めました。

 ……で、なぜこの3人なのかというと、一人ずつに魅力があるだけではなくて、この人たちなら〈場〉を必要として、一緒につくってくれるんじゃないかと思って。それぞれの集団でやっていること、悩んでいることも聞いたりしていたので。
 今回、まずは3年この体制でやってみようと言ってるんですけど、でもその3年が終わってもその先まで続いていくものが生まれないと意味がない。そういう視野で〈場〉に身を預けるとか、自分から主体的にこの〈場〉を使うってことが、この3人となら出来るんじゃないかと思ってお誘いしました。

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鍋を準備するメンバー

●生きてる劇作家とやるってどうなんですかね?

西尾 私の場合、まだ生きてしまってるので(笑)、現場にも来ちゃうし、台本を変えると何か言われるかもしれないわけじゃないですか。私、最近まで、劇作家が稽古場に来るってあんまりよくないんじゃないかと思ってて。でも、劇作家が上演をつくる現場に深く関わっているポジティブな例をイギリスのロイヤルコートシアターの話で聞いて、それなら自分もやってもいいか!と思えたのでこの新体制に踏み出せたんですけど。みなさんにとっては、生きてる劇作家とやるっていうのはどうですか?

和田 私が努力クラブの合田くんとやったときは、彼の書き下ろしで、稽古前からもうほとんど書き上がってるものをやるっていう作り方をしたんですけど。でも合田くん、ほとんど稽古場に来なかったんですよね。で、来ないのをいいことに稽古場ではむちゃくちゃ好き勝手言ってて(笑)、ただ、書かれたものはもう書かれてしまっているので尊重するというか、変えたくない。それは、同い年なんでライバル意識もあって、変えてなんぞやるものか、書かれたままやってやる!みたいな感じでやってました。
 「アタマの中展(鳥公園のアタマの中展)」でも、西尾さんがいるなーと思いつつ、稽古始めると忘れちゃって。でもそれは稽古が一日だけだったからかもしれない。じゃあ、(稽古場に長く劇作家が)いたらどうなるのか? 自分の振る舞いがどうなるのかとか、普段とは違うプレッシャーがあるのかとか、それは試せることだろうし、試したことないからやってみたいな、という感じがあります。

三浦 劇作家が稽古場に来ることについて、なのかはちょっと分からないんですけど、気になっているのは同じ時代に生きているっていうことと、ここの(三浦と西尾の)関係性だと、西尾さんを知っちゃってるっていうこと。「西尾さんが書いた戯曲」って、自分と作者の距離がすごく近いなと思ってて、それをどうやって離すか。自分とどうやって切り離して考えて、作者性みたいなものからも離して「作品」にしてあげるかというのがすごく難しいっていうか、癒着しちゃうなっていうのは、今回『終わりにする、一人と一人が丘』の演出プランを考えてて、思いました。どうやって別のものとして見るか、この関係性の中で。
 死んじゃってたら、作者に「これ、何ですか?」って聞けないし、そもそも知り合えないし。だから時代が違うことによるやりやすさもやりにくさもすごくあるな、と思って。

蜂巣 私は今まさに、1月11日からの本番に向けて、円盤に乗る派のカゲヤマ気象台さんが書かれた戯曲を、稽古の前半期間はカゲヤマさんが演出し、カゲヤマさんの考える俳優の立ち方を稽古場でやって、そのあと後半で私が外側を作っていくっていうことをしています。これは今、まさに、難しい……めちゃくちゃ悩んでて。
 同時代の作家の戯曲っていうのは絶対的に面白い。やっぱり時代が違うと、どうしてその演劇を必要としたのか?っていうのがちょっと分かんないなと思うことがあって。あるいは国が違う、言語感覚が違うと、そこで語られる物語に触れるまでに壁があって、それを越えないといけない。そういうとき、当時行われていた生の質感っていうのが出にくいんですよね。その点同世代の、今書かれたものを目にすると躍動感が生々しく伝わって、その面白さはある。
 稽古場に劇作家がいることは、かなりプレッシャーです。すごい怖い。解釈を言うだけでも怖くて……あ、でもこの後カゲヤマさん来るんですよね?

一同 笑。

蜂巣 すごい緊張するし、ズレてないかなってことで強張る。……あ、カゲヤマさん。(いらっしゃった)……

 「アタマの中展」で西尾さんがいらっしゃったことは、全く気にならなかった。ものすごく配慮があって、稽古を見に来るお客さんに「稽古場には守るべきものがあって、ちょっとしたことで集中が崩れるかもしれない。そうしない責任が見る人にあるんですよ」と伝える手紙があった。で、それをみんな読んでくれるし、そういう配慮をしてくれた劇作家がその場にいる。その上で、どうしてもいい、と言ってもらったので、そこに対しての安心感が、今西尾さんにはすごくありますね。

 また、稽古場に来てもらって、もうちょっと書き直してみようかなとか、こういうシーン書いてみようかなっていうのは、してもらいたいです。
 古典作品とか、作家自体を知らない状態で演出するときに、変えちゃいけないことへの恐怖があります。解釈が違ったら怖いっていうのもあるし、容易く変えてはならない、(劇作家を)事実以上に怖い存在だと思ってるようです。そこは、西尾さんとご一緒することで自分の演出としての態度が柔らかくなったり、それが俳優に伝播して、もっといい形で付き合えたりするんじゃないかなっていうことは期待してます。

西尾 たぶんこれから3年やってく中でも、職能の配分が色々になるだろうなと思ってて。「私と○○さんだったらこの配分が上手くいくね」とか、それぞれの人の中でも「自分のクリエイティビティはこういうあり方だといい感じに輝く」とかいうことが発見されていくといいな、と思ってます。

 あと、さっき蜂巣さんが「アタマの中展」でのお客さんとの関わりについて言及してくれましたけど、私は、お客さんという存在がいかに強く上演に影響してしまうものであるか、ってことがすごく大事だと思っていて、でもそのことがあんまり感じられなくなってるんじゃないか?という危機感があります。
 クラウドファンディングの活動報告で書いた、あいちトリエンナーレで抗議の電話をかけた人たちのことにもつながるんですけど、自分の声や言葉、存在が、他者に影響してしまうことを感じられないってすごく辛い状態じゃないかな?と思ってて。実際には、あいトリに電話したらすごく影響を与えてしまったわけですけど、影響を与えちゃう自分を無化してる状態って、どういうことなんだろう?と。
 演劇の場合も、お客さんがグデーンとなってても平気なわけじゃなくて、それが上演に影響しちゃうってことがすごく大事で。面白いものを見られるかどうかよりも、今、ここにいる者同士が関係してるってことが現れ続けるのが演劇かなと。今日みなさんにわざわざお越しいただいて、お鍋の具を持って来ていただいたのも、そういうことが私たちとみなさんの間に起こせるといいなと思ってのことでした。
 ということで、そろそろ鍋タイムに移りましょうか(笑)。

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(この日の鍋は、キムチ鍋、キノコ鍋、鶏鍋の三種類でした。)

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作・演出の西尾佳織が2007年7月に結成。 「正しさ」から外れながらも確かに存在するものたちに、 少しトボケた角度から、柔らかな光を当てようと試みている。
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