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彫師になりたい人が増えている

入門希望者が後を絶たない昨今のタトゥー業界

かねてから、彫師というお仕事に興味を持った方々より、当店で働かせて欲しいとか、タトゥーの技術を教えて欲しい、というご要望を度々いただくようになっておりました。

つい半年前にはインターネットで「彫師」「なるには」と検索しても、数件のコンテンツしか引っ掛からなかったのですが、今ではかなりのコンテンツが上がっています。本当にこの数ヶ月で、「彫師」という新しい職業に人々が関心を持ち始めていることがわかる状況となってきているのです。

ここまで彫りが混み合って居なかった頃には、個人向けのタトゥースクールを開校していた時期も有りました。
やがて時間刻みで仕事をこなさねばならない職人たる彫師業との両立困難の問題が浮上。マイペースにやれた時代ならまだしも、忙しい彫師の時給換算して個人教授形式のスクール講習費を計算すると、人気が上がってゆくのと正比例して学費がどんどん高くなってしまうんですね。

後進の育成が業界にとって重要な課題である事は重々承知しているのですが、やはり彫師が一生の間に彫れるお客様の人数には上限が有ります。この仕事は個人プレーが完璧に成り立つ仕事ですから、仲間を作って売り上げが増えるものでも有りません。自分のお客様を減らし収入を減らしてまで人に教える時間と労力を割くことには、なかなか合理性が見いだせない状態になってしまったのです。


人気のカリスマ彫師の予約は半年〜1年待ち

昨今のタトゥーブームのおかげで、その地域の人気彫師というものは大体半年〜1年待ちとなり、新規顧客の募集を一旦停止してしまう方さえもいる状況。腕があれば仕事が多すぎて処理し切れないほどになっているのが、この業界の現状なのです。

半年〜1年待ちになってしまう、その地域のカリスマ彫師というものは、年商にして2000~3000万程度は稼ぎ出してしまいます。これはあくまでも売り上げですから、その中からスタジオにかかる諸経費や用具、用品代などを支払いますので実際の手取りはもっと低くなりますが、やはりそこそこに高収入とは言えます。

人気彫師ともなればiPad,MacやadobeのPhotoshopなどのドローイングソフトを導入してデザイン業務の迅速化、効率化をはかっているのは当たり前のことですが、実際に人の肌にタトゥーを彫るスピードを劇的に上げることは出来ません。手作業が不可欠な仕事ですので、効率化にも限界が有ります。人の肌は紙やキャンバスとは違います。非常に繊細なものなので、無理してスピードアップすると綺麗に入らなくなってしまうのです。人の手を介さずに収入が得られない仕事である以上、どうしても稼ぎには上限というものが出てきてしまうのです。


新人育成にも彫師によって事情がある

もしも自分の売り上げに、さらにプラスになるように新人彫師を生み出そうとするのならば、「自分の苦手な分野を彫ってもらえる人材の育成」になるでしょう。
よく有るのは、男っぽい和彫りやアメリカントラディショナルタトゥーが得意な男性彫師が、繊細でファッショナブルなタトゥーを彫れる女性彫師を育成しようとすること。これには大変に合理性が有ります。自分が苦手な分野を担当して貰うことによって、売り上げを増やせる可能性が有るからです。(でも実はミニマルでオシャレでカワイイデザインって、そんなに簡単では無いです。素早く作るには、かなりデザインスキルが必要です。)

しかし、そのカリスマ彫師が比較的オールマイティーである場合、限られたジャンルのタトゥーしか彫れない後進を育成しても、全体としてこなせる仕事を増やす事にはなりにくく、逆に自分の仕事を新人に分けてあげるだけになってしまいます。こうなってしまうと本末転倒なのです。自分の時間を後進の育成に使うことで、自分の収入を減らしてしまう事には、あまり合理性がない状況となってしまうんです。
職人が人を育てる際には、必ずこの問題がつきまといますので、彫師希望者の方が来るたびに、このお話を正直にさせていただいております。

彫師だって好きなことをやって遊んでいる訳ではなく、頭脳と体を酷使しながら懸命に稼いでいるんです。しかも前述のように、現役時代に担当させていただけるお客様の数には、どうしても限りが有るのです。だから教えている余裕がない。本来は彫師がデザイン制作や彫りに向けるはずだった時間の枠を、入門希望者の方への講習用に買っていただく形になってしまうため、どうしてもそれなりの対価が必要となってしまうという訳なのです。

ただしその講師役の彫師に人気があまり無ければ別です。もともとお客様がいなくて暇だから、その間に教えてあげるだけだけで済むからです。人気のない彫師に何を習うのか?という問題は有りますが、きっと普段の時給も低めでしょうから、その講習対価も低くて済む事でしょう。腕が有るのに何か理由があって教えている時間が有る、掘り出し物の講師がいればラッキーかもしれませんね。


彫師の育成について、昨今の業界の動き

会社組織で動くスタジオさんの中には、自社育成したサラリーマン彫師の給与を低く押さえることで生まれた余剰金を、新人の育成に向けて拡大を図っている所や、フランチャイズ形式のように最初に100万円単位の契約金を入門希望者から預かって、あとは無給で仕事場に勝手に出入りさせて見て覚えさせる所も有ります。

しかしどのやり方も一長一短。まだまだ業界全体として、効率良く新人彫師を生み出るモデルとなるシステムは出来上がっていない。試行錯誤の段階であると言えます。

個人的にこの仕事は、やはり専業職人的なジャンルのものだと考えておりますので、効率良くシステマチックに沢山の彫師を世に送り出してゆくのは、やはり難しいと考えております。

この仕事は早ければ1〜2ヶ月でモノになるかならないかが判る仕事。出来る人は最初から出来るし、出来ない人は2ヶ月しても進歩が少ない。これを言ってはオシマイですが、素質の有無は比較的すぐにわかります。

どちらかというと、能力を育てることよりも、元々の才能が有る人を見つけることの方が重要な仕事なんです。この仕事は才能があれば短期間(半年程度)でプロの最低水準までは行きますが、もしも才能が無ければ、どれだけ年月を重ねても上達が停滞してしまいます。

この差とは、「画力の到達度」と「教えられなくとも自分で考えて工夫して改善する能力」の2つです。

この2つって、幼少期の育ち方や習慣から既に始まっていて、習得するのに長い時間がかかるものなんです。
稼げるプロ彫師にとってのタトゥーは、呑気にやれるホビーではなく、常に時間との戦いとなる仕事です。
この2つを後天的に向上させる事には長い時間がかかりますから、仕事としてのスピード感の枠の中で一定レベルに到達出来なければ、プロの彫師が貴重な時間をさいて教育する意味が有りません。従って、幼少期〜10代までに、どこまで無意識に自分を磨いてきた人なのか、という素質の部分が、その後のプロになれるか?どうかを決めてしまうことが多いのです。

仮に無事育て上げたとしても、本人がその気になれば1人で独立出来てしまう個人プレーが可能な仕事です。たとえ競業禁止契約を結んだとしても、その法的な効力は1年程度と言われていますから、せっかく育てた弟子も、いつかは独立して自分の店を持ちたい欲が出てくるようになるでしょう。

儲けられる仕事は、その対価抜きで学ぶ事が出来ない

もう一度繰り返します。儲けられる仕事は、その対価抜きで学ぶ事が出来ないようになっているんです。これは世の中の需要と供給のバランスで、自然とそうなる仕組みだからです。

たとえば医者を想像してみてください。比較的学費の安い国立医大は大変に狭き門で、その地域の天才秀才クラスでないと入る事が出来ません。しかしそこに入るためには、塾やら予備校やら家庭教師に高い講習費を払わねば合格できない状況です。多少難易度が低くなる私立医大であっても偏差値は60程度の高さですし(中学〜高校偏差値換算で70以上)、なんせ学費が異常に高いです。安くても2500万、高いと4000万以上になる大学も有ります。安くても総額数千万、高ければ億を越えるお金を払って学ばねば医者にはなれません。高額な費用と高い学力という関門を設ける理由は、ずばり「医師が増え過ぎれば過当競争となって自分たちで自分たちの首を絞めてゆく」ことになるからです。

それだけ高い学費を払っても医者になろうとする理由は、払ったコストを取り戻す事が十分に可能だからです。当店のお客様の中には医師、歯科医師、薬剤師など、理系の6年生大学を卒業して国家試験を取らねば就けないお仕事をされておられる方もいます。
でも、このお客様の中で、その資格を取得するために払ったコストを取り戻せない方はおりません。皆様が払ったコスト以上に稼げるようになるからです。

2019年8月に実施した医師1,855名のアンケート結果では、男性医師の年収で最も人数が多かったのが1,600~1,800万円で全体の13.8%です。次に多かったのは年収1,400~1,600万円で13.6%となっています。男性医師の年収中央値は1,700万円だそうです。つまり医師になるために何千万〜億以上のお金をかけたとしても、働くようになればすぐに取り戻せてしまうんですね。

タトゥースタジオの場合に話を戻しますと、最近は自社で費用をかけて彫師の養成をおこなうスタジオさんも出てきています。
しかしこれは、プロになった後で低い給与の雇われ彫師となり、長くその店に留まってもらう前提があって始めて成り立つ仕組みです。この世の中の仕組みで「タダより怖いものはない」とよく言いますが、会社は決して無償のボランティアで特殊な技術を教えている訳ではなく、プロデビューしてから会社やオーナーに御礼奉公して返してもらう、講習費の後払い的な仕組みが前提となっているんです。

ですから忠誠心が低そうで、教えるためにかかったコストを回収する前に自分勝手に辞めてゆきそうな弟子は、早い時期にふるいにかけてゆきます。一人前に育ててもらった恩を忘れず、最低10年ぐらいは雇われ彫師として勤務し会社に利益を戻してくれる、性格が真面目で正直で誠実な弟子を残してゆくのです。そういうスタジオのオーナーが人間性、人間性と強調する理由とは「教えてもらった恩を忘れて勝手なマネするような奴には教えんぞ!」という裏の意味があるわけです。


現代のカリスマ彫師は医師並みに稼げる仕事

それでは彫師はどれぐらい稼げるのでしょうか?

私たちがタトゥー学び始めた10年前に先生から伺ったのは「とりあえず1日3万円位が最初の目標」という事でした。
1日3万円で20日稼働すれば月収60万円ですから年収720万円です。この数字は彫師として初歩の初歩段階の最初の目標とされている数字なんだそうです。初期の頃にお客様が切れなくなると仕事が楽しくなって月に30日働いてしまったりしますから、月収90万円です。それが12ヶ月ですと、もう年収1,080万円。ちなみにこれ位であれば、知り合いの彫師の中に普通にゴロゴロといる状況なんです。

もちろんタトゥーを彫るためには、彫り場にかかる経費、道具や用品の経費、宣伝費、メールなどで受付やブッキングを担当するアシスタントなども必要ですから、この売り上げの全てが懐に入る訳では有りませんが、それを差し引いても、そこそこに良い収入ではあると言えるでしょう。

それほどキャリアがない状態でも、これだけの収入を得られる理由は、「養成期間が存在しないため、需要に対して彫師の人数が極端に少ない」ためです。
彫師が少ない大きな理由は、2020年秋まで国からは医師法違反と見られていたアブナイ職種だったためです。

しかし2020年秋の最高裁逆転無罪判決によって、彫師の職業は医師法の適用外であることが確定。ようやく法律違反の汚名を晴らし、堂々とクリーンに仕事出来るようになったのです。ここで法律的なシロは確定しました。

しかし業界全体としては裁判には勝てる見込みがなかったため、全く予想外の事態となってしまった訳です。
その結果としておこっているのが、「タトゥーブーム」と「彫師不足」の現象なのです。

民放テレビでは相変わらずタトゥー封鎖が続いているため、タトゥーに関するコンテンツが全く有りませんが、YouTubeやinstagramを見れば、既にタトゥーだらけです。誰もがスマホを持っている時代ですから、この爆発の流れはもう止められなくなっているのです。

ここで彫師の年収の話に戻りますが、駆け出しの目標が年商720万円。
中堅に入ってくると1,000万円~1500万円。
カリスマになってくると2,000万円〜3,000万円といった感じになって来るのが、趣味ではなく本気で仕事として頑張っている彫師の実態です。

医師だって、あれだけのお金と努力を払っているのに、これだけ稼げる彫師という仕事を、自分の仕事を減らしてまで人に教えようとする人がいないのは、しごく当然の話なのです。


伝統彫師の世界は「仁・義・忠・孝・礼」を重んじる儒教社会

伝統和彫りの世界では、弟子入りすると無給で師匠の付き人となり、絶対的な「仁・義・忠・孝・礼」を求められます。師匠の意に反すれば破門となります。厳しい修行に耐えて無事に襲名しても、師匠の意に反する事をおこなえば破門となり、目の届く範囲で仕事をすることが出来なくなります。そういった任侠的な文化習慣が色濃く残っている、職人の掟が厳しい世界なのです。

このような文化が残ってきたのは、闇雲に彫師を増やすだけだと、師匠の仕事を弟子と取り合う結果となってしまうからです。

たとえば師匠のデザインを、そのまま何の工夫もなくコピーするだけのモラルのない彫師が出てきて近くで開業してしまえば、教える側は自分で自分の首を絞めてしまうことになります。

これは医師になるために「高額のお金」と「人並み外れた努力」という関門を設けることで、人数が無闇に増えすぎ過当競争になるのを防いでいるのと同じ仕組みなんです。

もしも技術を安売りして彫師を乱造してしまえば、最終的に彫師は自分の仕事が少なくなり収入が減ってゆく事になるのです。

一見開放的に見え上下関係も薄く見えるアメリカのタトゥーアーティストの世界においても、入門時の持参金付きで弟子入りに近い上下関係が多く残っているのも、これと同じ理由なのです。

まだまだタトゥー業界も標準的な育成方法が存在しない状態ですし、仕事の性質から想像して、これからもなかなか難しい状態ではあると言えます。

どこかの専門学校がタトゥーアーティスト育成コースでも始めたらいいと思うのですが...そうなればなったで、今度は彫師の過剰供給と過当競争がおこなって、美容師業界のように激しい競争状態となってしまうのかもしれませんね。


もしも教えて貰おうとするのなら、自分が何を出来るのか?それを次に考える

いずれにせよ、もしもプロに教えを請おうとするのであれば、その入門者がプロである師匠に何で貢献出来るのか?をアピールすべきです。

あなたが得意な事は何ですか?

上手く行けば医者と同程度稼げる可能性もある仕事です。その技術を教えてもらうためには、その対価となるスタジオや師匠への貢献が認められる必要が有るでしょう。

たとえば忍耐が得意な人は、タトゥーを習った後で、所属彫師として、そのスタジオに利益を返すことが求められるでしょう。10年ぐらいは独立せずに、師匠の元でスタジオに利益を戻すことが求められるでしょう。

大工仕事が得意な人は、スタジオの拡大作業をボランティアでおこなう貢献が出来るでしょう。「自分の彫り場は、このスタジオ内に自分が作ります」という人なんて居たら、師匠にとっても教え甲斐があるかもしれませんね。

お金をたくさん持っている人であれば、スタジオを拡大する資金を提供して、その対価として教えてもらうのも良いでしょう。死ぬ気で努力して一人前の彫師になれば、十分に元が取れる筈です。

ルックスが良い人は「アイドル彫師」になって、そこで稼いだ利益をスタジオに還元するのも良いでしょう。有名バンドマンやタレントが彫師になるのも広告塔になる事が出来るので面白いかもしれません。

ウェブデザインが出来るのなら、スタジオのホームページ作成や管理、ウェブ上での広告宣伝などを自分がやります!とアピールするのも良いでしょう。

いずれにしても、そのスタジオに、あなたがどのような貢献がおこなえるか?それをまずよく考える事が大切だと思います。
自分が彫師になりたい気持ちが先走るのも分かりますが、まずはスタジオや師匠にどのような貢献をおこなう事が出来るのか?そこを良く考えて、師匠を探すことが重要だと思います。

その内容によって、あなたの師匠は、その入門希望者にお金と手間をかけて彫師に育て上げても良いかな?と考える判断の基準にはなるでしょう。

もしも師匠にアピールするポイントが何もない、という方は教えて貰うことで上達スピードを短縮する道を選ばず、インターネットと自彫りによる独学によって自分のペースでゆっくりと学ぶ道も有ります。

努力や改善をし続ける才能がある人の中には、それでプロになった人も沢山いるので、決して不可能な道では有りませんよ。


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