システミックデザインでキャンパスのサステナビリティを洞察する──北海道大学1day boot camp
BIOTOPEでは、日々共創に取り組む中で、思いもかけないところから新たな価値創造の種が生まれることがあります。
その動きの1つとして、2024年10月に北海道大学サステイナビリティ推進機構との共同で、「脱炭素と自然保全を考えるシステミックデザイン体験 1day boot camp」を開催しました。
ふだんのBIOTOPEと一風変わって、大学院生・学部生を主な対象にしたこのイベントは、どのように起こり、どこへ向かっていったのか。この記事では、実際のワークショップの内容・様子も含め、私BIOTOPEの安宅がご紹介します。
きっかけは、1人の大学教員の想い
はじまりは、BIOTOPE山田和雅と北海道大学のURA本部の根本和宜さんの、偶然の出会いでした。根本さんは北海道大学のサステイナビリティ推進機構のメンバーとして活動されており、その中で、もっと大学全体に横串を刺すようなサステイナビリティの取り組み、引いてはその取り組みを大学の外に開いていき社会連携プロジェクトにしていきたい、という想いを持っていらっしゃいました。
この話を聞いた山田が、BIOTOPEが共創パートナーとして伴走している日建設計の共創の場PYNTに招き、PYNTで実践されている、多様なステークホルダーと共創するための「システミックデザインアプローチ」を用いてはどうか? という仮提案をしたことをきっかけに本企画が動き始めました。
「サステイナビリティ」をテーマに大学全体へと議論を開いていくにあたってこだわったこと、それはあくまで議論を「学生起点にすること」です。
大学組織がトップダウンで決定を行き渡らせるのではなく、大学の最重要のステークホルダーである学生の視点を起点にボトムアップでサステイナビリティの現状やビジョンを考える、それを共的なプロセスで行うためにシステミックデザインのアプローチを活用する、そんなコンセプトをワークショップデザインの礎石とすることで、今回のプログラムの骨子が決まっていきました。
今回はPYNTでの議論を土台に始まった背景もあり、日建設計・日建設計総合研究所の計3名に、ワークショップ設計に出口としての社会実装・社会連携の視点を追加するだけでなく、当日のワークに一員として参加いただきました。
迎えたワークショップ当日
新学期が始まったばかりの10月の日曜の朝、閑散としたキャンパスとは対照に、正門を抜けた左手、学術交流会館に続々と学生が集まりました。部屋に入った初対面の学生たちがその場で自ずと会話を始めるそんな柔らかな雰囲気と、一体何が始まるのか? 期待と不安が入り混じった空気が漂う中、BIOTOPEのファシリテーター 山田の挨拶からワークショップが穏やかにスタート。
コンテンツは以下の4つ。普段は数日かけて行うボリュームの内容がギュッと詰まった、 1day Boot camp としての特別プログラムです。
1. システミックデザインの全体像・概論
2. 現在の描出:As is (課題構造)のシステム構造図上での整理
3. 批判/問いのデザイン:To be(あるべき姿/規範) との差分への批判と問いの設定
4. 未来の描出:問いに答える解決策の創出
1. システミックデザインの全体像・概論
さまざまな専門を持つ学生に向けて開催した今回のイベント。アイスブレイクとして簡単な質問を投げかけるところから始まります。「システミックデザインを知っている人?」という投げかけに、堂々と手を挙げる学生はまだいません。
参加者は大きな文脈として「脱炭素」「自然保全」への関心を共有していたものの、理解やアプローチ方法は個人によって異なります。そこで、現代の社会課題(気候変動、生物多様性の破壊、ウェルビーイングの喪失など)は複雑に絡み合っているという広いスコープを共有した上で、これらの課題は単純なインプット-アウトプットの直線構造では捉えきれず、複雑かつ適応するシステムとして課題全体を捉える必要があること、さらに捉えた課題のシステムをリデザインするために、「システミックデザイン」(システム思考とデザイン思考を組み合わせた手法)を用いて解決の策を考えうるということ、今回はその1つの演習を行う、という導入を行いました。
また、システミックデザインの数あるフレームワークのうち、入れ子構造になっている課題との親和性が高い、今回活用する “システムの輪切りフレームワーク”※について山田からレクチャーがありました。
2. 現在の描出
導入で触れた社会課題(気候変動、生物多様性の破壊、ウェルビーイングの喪失など)は、一度に扱うにはあまりに大きく、時間の限られた今回のワークショップ向きとは言えない対象です。そこでスコープを狭め、学生にとって共通の身近な環境を舞台としてサステイナビリティを考えるため、「どうすれば北大キャンパスにおけるサステイナビリティを脱炭素と自然保全を両立しながら実現できるだろうか?」という問いをワークショップのビッグクエスチョンに設定しました。
そこで、北大キャンパスの現在のシステムの姿(As is)の描出を、思い込み・バイアスを取り除いて正確に行うため、以下の4つの担当エリアに分かれてキャンパスでフィールドワークを行いました。
教育施設エリア
保全緑地・水系エリア
歴史・伝統建物エリア
外部との共有エリア
この “システムの輪切りフレームワーク” の大きな特徴は、取り扱うシステムの現場の「写真」を出発地点にするところです。撮影された写真にはそのシステムの「アクター(人間・非人間の存在)」が写り込んでおり、これをまずは同心円の外側に記述していくのです。これがこのシステム分析の起点となります。このように写真を出発地点にすることで、分析者が自身のメンタルモデルの中に形作られたシステム理解をベースにシステムを構造化する、「バイアス」のかかったシステム分析を避けることができます。
各グループ最低10枚、サステイナビリティに関して象徴的なものが映りこんでいること、アクターがなるべく映りこんでいること、アクターが何らかのやりとりをしている場面、というガイドラインのもと、自由に撮影した写真を持ち寄り、映り込むアクター・サービス、そこに潜む価値観を色分けした付箋に抽出する作業を行います。次に、それらをシステムの同心円に並べ重ねることで、各エリアの現在の姿がシステム図の状態で浮かび上がります。最後に、各エリアのシステム図の中心に、「現状それぞれのエリアのシステムが、何を “意図” して存在しているか」を書き込むことで、改めてエリアごとの役割の違いや存在する仕組みを明らかにします。
研究を目的にしているエリアと観光客を対象にしたエリアとではエリアの背後の意図が違うという確認や、メゾとマクロの話が個人間で認識の差があるために微修正して整理し直す作業、似た内容の付箋を近づけたり相反したものを遠ざけるという整理を行い、この作業は幕を閉じます。
3. 批判/問いのデザイン
さて、休憩を挟み、浮かび上がった “As is(現状)” に “To be(あるべき姿)” の視点を加えていく後半戦に入ります。
ここで大きな疑問が浮かび上がります。どうやって “To be(あるべき姿)” を考えていけば良いのでしょうか。最も丁寧なやり方は、そこに集った面々がそれぞれの内発的な思いを語り合いながら、共有ビジョン(あるべき姿)にまとめる形ですが、今回は1日限りのBootcampということもあり、北大キャンパスが大事にしている既存の規範的なレンズ(〜であるべきという視点)を活用していくアプローチが取られます。すなわち、①脱炭素 、②環境保全、 ③ウェルビーイング、の3つの視点です。
ファシリテーターの山田から、「規範のレンズをかけてシステムを眺めてみましょう」との投げかけのもと、実際にそれぞれの「規範」に対応する色(①→青、②→赤、③→黄)のカラーセロハンを、関係する箇所に重ねていきながら、「批判する(すなわち、現状と規範が語るあるべき姿とのギャップを見つける)」というワークを行いました。
実際に出てきた批判として
使っていない教室の明かりがつけっぱなしにされる一方で、節電目的で薄暗い照明の部屋があって予算が最適化されず、アンバランスに分配されている
そもそも大学の予算がどういう優先順位で使われているかわからない
観光客が多すぎて特に通学の時間帯に混雑して困っている
キャンパスが広く林の手入れが行き届いていないために日当たりが遮られ、森林として良い状態ではない
車の乗り入れがキャンパスの緑地にダメージを与えている
売店の包装容器でゴミがたくさん排出されている
外部への北大のストーリー発信がわかりにくい
などがありました。また、「脱炭素的には森林整備すべきだが、生物多様性保全のためには手を加えないべき」といった複数の規範の観点で相反する論点が生まれる、といった議論に至るグループもありました。こうした論点はシンプルな答えが見出しにくい分、特に丁寧な議論が行われていました(論点が可視化されたことで拙速な介入や問い立てが起こりにくくなっていました)。
さらにその後、それぞれのセロハンの上に貼られた批判を、How Might We Questionに仕立てることで、「どのように、私たちは、〜〜〜できるか?」というリデザインに繋がる問いに変換します。これで、アイディエーションの準備が整いました。
4. 未来の描出
最後に、問いに対してどんな介入方法があり得るか?をグループごとに議論し、出来上がったアイディアを全体に共有しました。
あるグループでは、「大学のコスト削減や再配分のために何を減らし何を増やすのか、学生が意見をできる仕組みやそれに対するフィードバックがもらえる仕組みが欲しい」という思いのもと、「デジタル目安箱の仕組み」の案が生まれていたり、またあるグループでは、「大学にある使われていないリソースを活用することで、観光客を対象にした体験プログラムを作り、収益化できないか」という思いのもと「学生主体のビジネスインキュベーション創設」の案が生まれたりなど、学生の洞察力や日々のモヤモヤからいくつものアイディアの種が生まれていました。
このとき興味深かったことの一つは、個人のシンプルな不満という形で終始するのではなく、現在の描出の過程で背後にある意図を可視化する過程を経たことで、国の予算に関わる国立大学の予算の扱い方という側面や、研究資金に予算を寄せる必要という使命など、学生個人の立場だけに依拠しない、考え方の重心移動が行われた上でのアイディエーションにつながったことです。これは、自分1人ではできない規模でもアイディアとして提案しやすい空気感を醸成し、現実的かどうかという視点を一度遠ざけて思考の幅を広げることで、よりオープンに人を巻き込む姿勢に繋がる、というシステミックデザインを使う利点の再発見につながりました。
各チームごとの最終成果を共有し、それぞれのエリアのシステムとそこから生まれたアイディアを互いに分かち合う時間をとった後、今日を振り返って改めて自分たちのアイディアを俯瞰し、実際に企画したいと思ったアイディア・もしくは可能性を感じたアイディアを選び、投票を行いました。以下は、特に人気の高かったものです。
学生のフィードバックを送ることのできるデジタル目安箱の設置
学生と学校が一緒に構想するキャンパスビジョン作り、学内に売っている何かを買うと環境貢献につながるような商品と数値化の仕組み
学生主体で体験プログラムを提供して利益を運営に回すビジネスインキュベーションシステム
今後への広がり
ワークショップが終わった後、参加者の皆様からこんな声をいただきました。
「思い込みを一度取り払い、現実に忠実に沿って考えることが大事だと気づいた」
「いつもは中心から考えることを、外側から考える手法が斬新だった」
「異なるレンズを用いることで見えてくる課題が違うことが面白かった」
「バラバラのミクロが集約されていくことが興味深かった」
慣れない手法であるシステミックデザインのフレームワークをツールとして活用し、共に身近なキャンパスに潜む課題のシステムに浸った時間を改めて振り返り、別々の視点を持つ他者と同じ課題を見つめて同じ未来の方向性を見据える体験に、少しでも参加者の皆様が持ち帰っていただけるtakeawayが含まれていたなら嬉しく思います。
今回のワークショップは、初めてシステミックデザインに触れる人がその方法を学び、自分の言葉として持ち帰ることで彼ら自身が主体的に活用できる状態にすることを目指したもので、システミックデザインの前半のプロセスに特に重きを置いた設計でした。
実は、プロセス後半部分までには及んでおらず、出てきたアイディアをもって問いを立て直し、さらにアイディアを磨くことを往復するプロセス(iteration)を経て、最終的に実装するところまでを包含したものが、システミックデザインの真の全体像であり醍醐味でもあります。そこでは、システミックデザインの後半部分、デザイン(思考)が大いに活躍する部分になります。アイディアをまずはプロトタイピングしながら想定するユーザーやステークホルダーと対話する。アイディアを修正したり磨きあげたりしながら、実際に最小規模の実証プロジェクトにしてみる。そしてそれが最後は社会(大学キャンパスの日常)に実装していく。
システミックデザインの後半部分に託されたそんなプロセスが、北海道大学の学生起点のアイディアからはじまったら、と思うとワクワクが止まりません。
偶然の出会いからはじまり、さらに人が繋がりあって実現した今回のイベント。生まれた種をもとに、次はどんな繋がりが生まれ、どんな未来が実現するでしょうか。
今回のような偶然のご縁から共創が始まり、希望の物語が生まれていくことを楽しみつつ、今後もBIOTOPEは歩みを続けていきます。
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text & photographs by Ayane Ataka