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「52ヘルツのクジラたち」🐳

レビューが熱い。8割が☆5である。

第一回以来、本屋大賞は安定した良書のイメージがあり、文庫化を待っていた。

一読して…

読み進むにつれ、物語に感情移入できなくなった。プロットと語り口に、突っ込みどころが多過ぎて。

善人と悪人がはっきりし過ぎて、人物の奥行きがない。虐待する親達は救いよう無くイカれている。味方になる人物達は、あり得ないほど優しい。非嫡出子やその母親のステレオタイプな自虐。主人公が溺れてしまうのは、見え見えの狡い男。悪い奴はとことん悪い面を曝け出して(少年の祖父は、まるで罰を与えられたように認知症になって)退場させられる。

周りが壊れていくのは自分のせいだと、贖罪意識をもつ主人公は、亡き祖母が暮らした海辺の町に移り住んで数日後、一目で親のネグレクトが疑われる少年に出会って、保護する。(新参者を詮索して、あっという間に噂が広がるような、空き家の多い小さな集落で、それまで少年の異変に誰も気付かないのは不自然)

主人公の顔が浮かばない。男たちにすぐ一目惚れされるほどの、魅力が伝わってこない。ひたすら主人公に都合良く、ものがたりが進む。

虐待、DV、ヤングケアラー、認知症、障がい者差別、LGBTの生きづらさ等、現代社会の重い課題を、微妙なところを端折って、物語展開の素材として並べた挙句、やがてファンタジーのように収束させてしまう。

文庫解説によれば、原稿を見た担当編集者が、「あまりにも素晴らしい原稿に衝撃を受け…編集人生をかけて、世に送り出したい」と、編集仲間、営業担当、書店員に応援を募り、初版部数を引き上げた、とある。

若い作家を世に出そうと応援するなら、きちんと批評してあげるのが出版に関わるものの誠意ではないか。

聡明だった(はずの)性的マイノリティのアンさんを、やがてストーカーに豹変させ、あげく裸で死なせてしまった作者の意図は何なのか。遺書の内容にも全く説得力がない。物語の中で、最も違和感がある場面である。

理解者のような顔をして、デリカシーを欠く表現は、当事者が読んだら傷つくのではないか。最近観たルーカス・ドン監督(脚本)の「Girl」、「Close」には、痛々しくも書き手の共感が伝わり救いがあった。

本屋大賞の質が変わったと感じる。これからは少し警戒して手に取るだろう。

物語や表現の好みは人それぞれなので、多くの人の感動に、水を差すつもりはない。

でもプロの出版人たちの大絶賛には当惑する。文庫本の解説者など、「これぞまさしく文学作品。伝えていかねばならない。」とまで書いている。

私には、文学作品というより、少女漫画の雑なノベライズ、という印象だった。話の展開が巧みで、当初ワクワク読み進んだが、途中から何度も止まってしまった。待てよ、そこおかしいだろう、と。

Amazonのサイトにまとめられている、90を越すネガティブレビューの率直で真摯な考察に、共感するところ多々あり、むしろ、本編よりも興味深く読んだ。

読者の違和感を、作家や編集者、全国の書店員がどう捉えたか、コメントがあったら良かった。

          🐋  🐳  🐋

面白くなかったならスルーすればいいじゃん、と言われそうだけど、私にはそうもいかない、どうにも引っかかってしまう所がある。

誰も触れていないけれど、私は異議申し立てをしたい。

「誰にも届かない高周波(52ヘルツ)の歌を持つクジラ」が"孤独で寂しい"、として、「虐待を受けている子供や、性的マイノリティの生きづらさを持つ人の心の叫び」に重ねる違和感。

高周波過ぎて、歌を仲間にキャッチしてもらえない一頭のクジラのニュースを聞いた時、脳裏に浮かぶのは、広大な大洋を、繁殖の相手に向けてラブコールしながら回遊する、巨大な神々しい雄クジラの姿である。彼らがかくも長い旅をするのは、次世代に命を繋げるという目的のためだ。求愛の歌は、ひとりぼっちの悲鳴とは違う。

普通の周波数で歌うクジラだって、相手が見つからないこともあるだろう。歌が届かなくても、旅の途中で、誰かに出会うことがあったかもしれない。52ヘルツをキャッチ出来る雌クジラが産まれていたかもしれない。一度も姿を目撃されたことのない、謎の多い、だからこそのロマンである。

イメージするのは シロナガスクジラ 

ひとの悲鳴とは、全く質が違う。虐げられて、言葉を出せない、だから誰にも気付いてもらえない、多くの子供たちの心の悲鳴を引き合いに出すのは安直ではないか。人間の場合は、声無き声をキャッチしようとしない、大人の側の問題なのだ。

親に疎まれ、名前で呼んでもらえなかった少年は、このクジラにかこつけて、主人公に52と名付けられて嬉しかったろうか。音にしてみるといい。"ごじゅうに"…まるで番号で呼ばれる囚人か収容者のようではないか。

第一回本屋大賞「博士の愛した数式」(小川洋子著)では、家政婦の息子は頭の形から、博士にルートと呼ばれて可愛がられた。少年(人間)に向ける作者の眼差しは、かくも違う。

少年のカットが ルートのかたち

52ヘルツのクジラが孤独で寂しいなど、人間の感傷に過ぎない。最長90年にも及ぶ、人間と同じ位の寿命を保つクジラ。彼らは彼らの宿命とリスクを負いながら、もっとダイナミックな、次元の違う世界を生きているはずだ。

堂々と、力強く。

このところ、wildlife にsensitive で、つい感情移入してしまう、厄介な読者である。


町田そのこ著  中公文庫  2023.  5.  25初版



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