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「世の中と足並みがそろわない」🐏🐑🐏溺れる羊

ふかわりょうは、相手との関係性が正直に顔に出る。

🧖🏿‍♀️彼が一度も笑顔を見せなかったインタビューの映像がある。とても丁寧に答えているのに、聞き手は終始、ウンウンと単調な相槌を打つだけで、ふかわの言葉を飲み込めているのかさえ疑わしい。ひどく居心地の悪さを感じながらも、彼は質問に誠実に答えることに全力を注ぐことに決めたようだった。

👭所属する事務所の後輩芸人である、Aマッソの2人に先輩としてアドバイスするという、事務所を挙げての売り出し企画だったが、的確な言葉で笑わせ、納得させ、ホロリとさせる、絶好調のふかわ節。

「システムに頼りすぎるな。いつか邪魔になる日が来る。」「媚びた笑いを信用してはいけない。苦言を呈してくれる人こそ大切に。」「茶の間の一億何千万人が笑っていようと、相方が笑わなくなったら辞めた方が良い。相方を大切に。」…極め付けのアドバイスは、「名前の無い日の月を見なさい」

頭の回転が速い後輩が、ひねりの効いたふかわの言葉を、瞬時に理解して切り返すのが嬉しそう。

👥さまぁ〜ずのふたりの要請に応じて、曲を作った折の、ふかわのプロデュース振りが、本当に素敵で、いつもの構ってもらって嬉しくてたまらない顔とはまた違う、すごくいい顔をしている。制作途中で、怯んで歌詞の変更を打診したふたりを説得する言葉は、まさに殺し文句。「このままで、お二人が最高にカッコよく見える曲になる自信があります。」

👵一昨年に出たエッセイの出版元・新潮社の担当者だった中瀬ゆかり氏との対談では、両者が心から信頼し合い、丁寧に、楽しんで作り上げた本だということが伝わってくる

ゲラを送って推敲していくやりとりでは、メールでふかわの文章を褒め、やる気にさせる言葉を送り続けたベテラン編集者である中瀬氏に対し、「親密な、ある種、恋愛感情さえ感じました」と言う彼らしい言葉が、スッと飲み込めた。

      🐏     🐑     🐏

というわけで、手に取ったエッセイである。

「世の中と足並みがそろわない」             

タイトルに反応した読者は多いのかも知れない。私もそのひとりだ。

暮れの恒例、M1。昨年に続いて今年ももしや、と予感はあった…。新しい風を感じさせる作品が幾つもあったのに、最高点を得たのは、またしてもやたらがなりたてるコンビ。好みの問題ではあるのだけれど。

ふかわりょうは、お笑いのコンテストに関しても、1番にAマッソに説いていた。「優勝は狙うな。優勝しようがしまいが、君達は大海に漕ぎ出してゆく」彼自身の矜持であり、後輩に対する愛ある花向けの言葉だ。

読み終えて。想定していた、それは気にし過ぎでは?と苦笑した箇所は、ほんの少しだけ。彼が引っ掛かる所と、そのことによって周囲とギクシャクする戸惑いは、かなり共感できる。

「溺れる羊」の章に、特に惹かれた。

何年も通い続けたアイスランド。間欠泉やプレートの境目、巨大な滝などが点在する国に、"地球が生きていること"を感じたくて行き始め、やがて、羊の群れの可愛さに、羊に逢うために通うようになる。

ある時、仰向けにひっくり返って、溺れるようにもがいている羊がいて、手を貸して起こしてやる。人間によって改良を続けられた羊は、ひっくり返ると、自力で起き上がることが出来ず、喉にガスが溜まって死んでしまう。

広い草原で放牧されているので、飼い主に気付かれない羊もいる。アイスランドに行くたびに、そんな羊を見かけると、駆け寄って起こしてやるようになった。

人間と生き物の関係、人間と地球の未来を考察した、秀逸なエッセイである。

彼は当初「溺れる羊」をタイトルにすることに決めていた。ところが、宣伝のために自分で用意した、" 足並みがそろわない" が、編集者にいたく気に入られ、不本意ながら折れて、出版社と、"足並みを揃えてしまった"、と対談で語っている。

タイトルは「溺れる羊」が良かったのではと思う。"世の中…"ほどキャッチーではないので、売れ行きがどうだったかは分からないけれど。

ポルトガルのモンサラーシュへの旅で、時差ぼけで目覚めてしまった夜中、散歩に出かけ、宿に戻るもオートロックで締め出され、懐いてどこまでも付いてきた野良猫と外で一夜を過ごす「沈黙の音」。彼が生き物に寄せる共感が、相手にも伝わるのだろう。ひとりと一匹の野営の光景が、寂しくも微笑ましく目に浮かぶ。

翌朝宿をチェックアウトして、3時間車を走らせて、最南端の港町サグレスに向かう。大航海時代、黄金を求めて出航した船達に想いを馳せ、宿を取ろうとした時…突然、あの黒猫に会いたい気持ちが湧き起こり、来た道を引き返す。夜の9時に再び現れた彼を、宿の主人は驚きながら、空いていた部屋に案内してくれた。

効率的とは言えない、ユニークな旅ではあるけれど、その時その地で突き動かされる気持ちに、正直に反応して辿る旅は、絵本のような映像と余韻を伝えてくれる。

芸人である彼の真骨頂は、相手の言葉への切り返しである。これはもう天才的と言えるだろう。知的であり、チャーミングであり、瞬時に繰り出す言葉のセンスは他の誰にもマネ出来ない。

当時まだ誰もやっていなかった"あるあるネタ" でブレイクした後、バラエティでいじられキャラに甘んじていた20代の頃の葛藤は、相当なものだったと思う。"世の中と足並みがそろわない"のタイトルがふさわしかったのは、あの頃だろう。

芸人仲間のある人物の言葉がきっかけで、そんな状況から抜け出し、自分が好きと思う方向に舵を切る決意をしたことが、結果的に、バラエティ番組では決して噛み合うことのなかった話術と、人との関わり方を、飛躍的に磨くことになった。

彼が憧れた人たち、彼の才能を愛する人たちとの幸せな出会いもあった。

9年間MCを続けたMXテレビで共演した編集者・中瀬ゆかり氏の上司が、画面の彼に興味を持って、「何でもいいから書くよう」勧めたという。

書くこともまた、彼の持つ大きな引き出しのひとつになるのだろう。書きたいことは、まだまだ沢山湧き出しそう。

今年出た新刊エッセイは、"ふかわ節" にさらに磨きがかかっている。彼の語りと同じように、こちらもまた、この先の飛躍が楽しみである。

まだ読みかけの…                                                                   

アイスランドの羊
哀しそうな目が自分に似ていると選んだ画像
2022. 11. 15  発行




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