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<里山訪問記録> 栃木県日光市「土呂部」を訪ねて

5月上旬、既に初夏に差し掛かろうとしている頃、ライターの山越栞さんに声を掛けて頂いて、彼女のご実家のある栃木県日光市旧栗山村にある土呂部(どろぶ)という場所を訪ねました。
想像以上に山奥の秘境にあり、仕事でよく日光を訪れている私にとっても、普段みるのとは全く違った景色が広がっていました。素晴らしい自然環境だけでなく、人の営みが自然と深く関わっている環境が現存していて、滞在中は感激しっぱなしでした。

今回は、そんな土呂部を訪れた記録を綴ります。

栃木県日光市「土呂部」について

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栃木県の北西に位置する土呂部は、栃木県日光市の旧栗山村にあります。標高は約900mで、関東では一番寒い場所だということです。
昼夜の寒暖の差が激しいために、白菜や大根などの野菜は甘くて美味しいものが育つのだそう。山奥なだけに世帯数もかなり少なく、いわゆる限界集落なのだそうです。

有限会社大滝

そんな土呂部でヤシオマス、ヤマメ、イワナ、ニジマスなどの養殖業を営むのが、山越栞さんのめちゃめちゃかっこいいお父様(詳しくはこちらのリンクを)。
ミネラル分の多い水と、オリジナルの天然素材由来の餌が美味しいお魚を育てるのだそう。実際に私も、スモークサーモンとイワナの天ぷらを頂いたのですが、本当に美味しくて、脂が乗っているのにベトベトした感じが全くなく、さっぱりとしていました。
この養殖場は、栞さんのお爺様がこの地で、もともと水田があったところに池を掘ってはじめられたそうです。お爺様はお魚だけでなく、植物や動物もお好きだったようで、池をビオトープとしていて、栞さんも小さい頃はよくそのビオトープで遊んでいたそうです。そんな幼年期の記憶があるなんて、とても素敵です。

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敷地内には複数の池があるのですが、池の周りにはカラマツやミズナラ(だと思う)、カエデが育ちます。下草も綺麗に刈り込んであって、とても気持ちの良い風景が広がっています。池の水の透明度はとても高く、池底までしっかりと光が届いています。
この池の水源は、この地から少し登ったところにある大瀧という滝だそうです。今回はその滝はみてきませんでしたが、背後にある広大な森林に浸透して湧き出る水は、良質のミネラルをたくさん含んでいるのでしょうね。まさに日光の自然が育てたお魚たちです。

今後も何度か足を運ばせてもらって、季節ごとにどんな風景があるのか、ぜひ見てみたいと思える素敵な場所でした。今回、お仕事中にも関わらずお話してくださった栞さんのお父様お母様、そして栞さんにとっても感謝しております。

土呂部の自然

土呂部は関東で一番寒い場所だそうで、冬季にはー15度くらいまで冷え込むそうです。関東にいながら、北海道の気分を味わえますね。そんな気候もあり、植生は私たちが普段関東でみるのとはかなり異なっています。下図は環境省が提供している植生図から抜粋したものです。

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ミズナラ群落をはじめとした二次林とカラマツ植林を主として成り立っていて、ウラジロモミ群落の自然林もあります。植生図からはわかりませんが、特記すべきはカエデ類の豊富さです。

日光カエデ類1

日光カエデ類2

こんなにも色とりどりのカエデ類があるのですね。そして、ここのカエデからはメープルシロップがとれるそうです。カエデから採れたメープルウォーターは地元のお母さんたちが煮詰めてシロップを手作りして販売しているそうです。ぜひ味わってみたいですね。

そして、土呂部川の谷地に集まるように、複数の沢が集まっています。そのためか、土呂部の集落の近くには湿地帯があり、そこには水芭蕉が自生しています。自生地には木道が設けられているので、湿地帯を傷つけることなく水芭蕉を楽しむことができます。

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余談ですが、1700年にあった全世界の湿地帯のうち、2000年にも残っているのはたった13%だそうです。湿地帯は生き物を育むゆりかごのような場所。こういった湿地を保護していくのはとても大切ですね。

人の営みと自然

土呂部には、昔から人の手によって守られてきた草原があります。地元ではこの草原のことを「カッパ(茅場)」と呼ぶそうです。ここに育つ草を牛馬の冬の間の飼料や屋根材として利用するため、カッパは古くから大切に守られてきたそうです。毎年秋頃に刈った草を乾燥させるために立てる「茅ボッチ」がカッパ一面に並ぶらしく、秋にみられるこの様子がこの地域の風景をつくっています。(写真は、日光茅ボッチの会HPよりお借りしました)

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毎年決まった時期に草を刈り取られるカッパでは、他では育たないような貴重な草花がみられるそうです。土呂部の人々は、その草花を盆花として御供えしていたそうです。

土呂部の盆花

そのなかには、絶滅危惧種に指定されているものもあります。人の営みが生き物の多様性を育んでいる、まさに里山的な要素がここにありました。

私は今まで、里山といえば水田と雑木林で構成される風景だとばかり思い込んできたのですが、その地域によって様々な里山の風景があるということを、今回の訪問で勉強させてもらいました。

そんなカッパの風景ですが、ここ最近では牛を飼う人も少なくなり、茅葺の屋根もなくなり、カッパの必要性がなくなってきてしまっています。そして、カッパが刈られなくなると、やがて木が生えてきて森になり、ここに毎年咲いてきた草花たちは生きて行けなくなります。また、近年では鹿が増えてきて、草花の芽を食べてしまうことがあるそうです。

日光茅ボッチの会では、そんな風景を残すため、茅ボッチづくりや自然観察会をイベントとして開催したり、鹿よけのための電柵を設置したり、様々な活動をされています。コロナで人と人との交流ができない今、このような営みを続けて行くのは本当に大変なことだと思います。

里山という場所で暮らす私も常々考えているのですが、既に現代の暮らしの中では必要とされなくなってしまったけれど、貴重な守るべき生物がいる場所をどうやって維持していくかはとても難しい問題です。
それでも、そんな風景が人に与えてくれる癒しは計り知れないですし、一度失ってしまったら取り返しのつかないものです。秋になって、私も茅ボッチをつくりに再来してみたいと思いました。

今回の土呂部の訪問、何の準備もせずに立ち寄ったのですが、人の営みが自然と絡み合っていてこんなに素敵な場所だとは正直思ってもみませんでした。

私が里地里山として思い浮かべる風景は、水田が広がっていて遠くに山々が見えるというものでしたが、今回土呂部で私が見た里山風景はそんな固定観念を完全に覆すものでした。里山の定義を「人の営みを通じて生態系が形成・維持されてきた二次的な自然」とすると、ここ土呂部こそがそれを今でも大切に丁寧に続けている里山でした。ぜひまた季節を変えて訪れてみたいと思います。

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