小説『過去を喰らう』読書感想文

小説『過去を喰らう』の最終ページまでのネタバレが含まれます。
※いわゆる「魂」の話をごく少しだけ(花譜公式に言及されている程度)ですがしています。
ご留意願います。










リュッカ・ボーグは何のメタファーなのか


リュッカ・ボーグは「過去」である

 作中で、主人公・雨流優花のある時点での人格をコピーしたAIシステム・リュッカ・ボーグは、そのままの意味で優花の写し身でありながら、その時点で分岐した有り得たかもしれない未来の可能性を提示するものであった。   
 リュッカは、雨流優花の過去を体現する存在なのである。(作中でも明示されているが)
 物語前半の、漫画家を諦めた優花はそんなリュッカを拒絶する。しかし、紆余曲折の後に、彼女は「過去を喰らいつくした」。

 楽曲『過去を喰らう』のMVにおいてらぷらすとして描かれているものを、私は「過去」の体現であると思っている。「思い出すのは後悔ばかりだ」と楽曲中で最も明示的に過去を振り返る場面において、らぷらすは大口を開けて花譜を吞み込まんとする。こちらを喰らわんとする過去を、むしろ逆に喰らいつくそうとするストーリー。それこそが楽曲『過去を喰らう』の一番の大筋だ。

 「過去を喰らう」とはどういうことか。この小説が一冊をかけて描いているものがまさにそれだ。
 p.179のラスト2行(書籍版)。まだ小説を読んでいない方もいるかもしれないので引用はしないが、物語のラスト、怒涛の総まとめの只中にあるこの2行こそが、「過去を喰らう」の語を最もよく示している。あえて引用を縛って自分の言葉で書いてみるなら、「自分自身の過去の行動・思考と、それの移り変わりによって変化していった自分の現在・未来の可能性の枝を認識し、それを受け入れたまま現在を生きる」というようになるだろうか。
(追記:……後から気づいたけど、あとがきにほとんど同じこと書いてました。反省。)


 「I was here」=わたしはここにいた。これはリュッカから優花に向けた、リュッカ自身の命を懸けた叫びだ。
 先程から省略していたこの小説の正式タイトルは
『過去を喰らう (I am here) beyond you.』。直訳するなら、「あなたを越えて(わたしはここにいる)」。「リュッカとは過去である」先の解釈に則って大胆に訳すなら、「beyond  you」は「過去を喰らう」としてもいいだろう。一見サブタイトルのように見えるこの英文は、タイトルの英訳として、過去を喰らい尽くした優花の決意を表してもいるのだろう。



――――――――――こっからほぼ妄想――――――――――



リュッカ・ボーグは「花譜」である

 小説『過去を喰らう』を中盤辺りまで読み進めた時、私は驚いた。その内容が明らかに楽曲『過去を喰らう』とその系列の曲を離れ、花譜という存在全体について言及しているように思えたからだ。これまでにも何冊か楽曲を元にしたスピンオフ作品を読んだことがあるが、それらはほぼそのタイトルに関する楽曲を元に構成されたもので、そういったものはなかった。(元々花譜そのものがそのイメージの比較的大部分を楽曲に依って存在している傾向はあると思っているので、その影響もあるかもしれないが)

 そもそも作中で語られ表紙に描かれるリュッカの容姿は明らかに花譜である(『過去を喰らう』当時の雛鳥ではなく、燕に似ているような気もするが。ポニーテールだし)。

 作中でリュッカが漫画家としてデビュー、その存在を世に出したのは「中学二年の冬」の「約一年後」だが、これが花譜のデビュー日(中学三年生の十月十八日)と似通っていることを私は偶然の一致とは思えない。花譜のデビューのきっかけは楽曲投稿サイトの彼女の歌をPIEDPIPERが発見しスカウトしたこと(出典を忘れてしまったのでご存じの方教えて下さい)だというが、リュッカが「リュッカ・ボーグ」の前に、違う名前である「RYUKA」として活動していたこととの対比関係がここに読み取れる。

 ここで、雨流優花――正確には、「リュッカ・ボーグ」に命を与えた中学二年生の雨流優花――の存在は、花譜が「花譜」である前の彼女(私はその人を表す言葉をもたない)のことを想起させる。
……ここまで書いて、これ以上書き進めると踏み越えたくないラインを踏み越えそうになってしまう気がしたので、やっぱり論点をずらします。

 物語の終盤では、リュッカを元にした汎用AI「リュカロイド」が登場する。白銀の髪をもつこちらは、そのカラーリングだったり、複製可能で世界に大量に存在する点で、明らかに可不である。可不の雛型になった存在としても、リュッカ・ボーグは花譜であると言えるだろう。



――――――――――こっからもっと妄想――――――――――



リュッカ・ボーグは「可不」である

 他の見方もできる。リュッカは、雨流優花の中学二年生時点をコピーした存在だ。リュカロイドの存在を度外視した時、リュッカの在り方は可不に近い。ある時点でのものをコピーし、その時点での在り方として規定され、元となるもの(優花/花譜)とともに成長することはない。さらに、コピーとして生まれ、オリジナルと同じジャンル(漫画/歌)で活躍しているにも関わらず、元々からオリジナルに取って代わったり単に上回る存在としてデザインされているわけではない、ということも共通点として挙げられる(リュッカに製作者から漫画創作機能が与えられていたわけではない)。リュッカ/可不は、AI/合成音声ソフトであることにこそ意味を持ち、オリジナルとは全く異なる役割を持っているのだ。



リュッカ・ボーグは、過去であり、花譜であり、可不である。かれは雨流優花にとって喰らい尽くすべき過去であるのと同時に、物語の外側にある花譜の存在を描き出してす因子としても機能しているのだ。



+α

ここでは、上の大テーマとは異なる部分で思いついたことを書く。


・VWP133について

リュッカの正式名称、Variable Wise Personality 133。前半のVWPは、まあVWP=Virtual Witch Phenomenonでいいとして(直訳(仮想魔女現象)のイメージにもわりと合う気がする) 、後半の133が謎だ。ここまで具体的な数字があって何の意味もないことはないと思うので、花譜にまつわる133の数字は何かないか考えてみた。
それで、花譜のYoutubeチャンネルの133番目の動画は『ソレカラ』。この曲の歌詞がリュッカから優花に向けた感情にそっくりな気がする。

はい、こじつけです。


・≪メル≫

千郷の保有するリュカロイド、≪メル≫。まず確実に『メルの黄昏』のイメージだろう。千郷からリュッカへの思いはちょうどこの歌詞で語られているものに近い気がする。特に大サビ~の部分。






あとがき

読んでいただきありがとうございました。初めて真面目に本のこういう文を書きましたが、正直どこまでうまく伝えることができているか自信がありません。コメント・意見等大歓迎です。

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