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映画『TOVE/トーベ』を観る。

 今回は、配給会社のご厚意で10月1日日本公開予定の『TOVE/トーベ』の試写を観ることができましたので、本作品をご紹介したいと思います。 

 映画『TOVE/トーベ』は終戦後のフィンランドを舞台に、30~40代のトーベ・ヤンソンを描いた映画であり、トーベ・ヤンソンを多面的に捉えた作品です。

若き日のトーベ・ヤンソンを多面的に描く

 芸術家としての側面をひとつとってみても、ムーミンの小説・漫画・絵本・舞台、フレスコ画、絵画などの制作風景が描かれ、創作活動が多岐にわたっていたことがわかります。
 また、彼女を取り巻く環境にもさまざまな要素があります。映画はアトス・ヴィルタネンやヴィヴィカ・バンドラーとの恋愛、父との考え方の違いによる確執にフォーカスされていますが、母や弟のこと、フィンランドの美術界との関係、スウェーデン語系フィンランド人、政治、同性愛など当時の様子も細部に表れています。
 主演は、トーベ・ヤンソンと同じスウェーデン語系フィンランド人のアルマ・ポウスティさんが務めています。彼女は、舞台でトーベ役を演じたことがあり、アニメーション映画『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』(2014)では「スノークのおじょうさん」の声を担当しました。アルマさんは、こうした背景のもとで、芸術家としての自由な生き方を求める若き日のトーベを表情豊かに演じています。

二人の恋人とムーミン

 トーベは、政治家であり哲学者、作家、ジャーナリストでもあるアトス・ヴィルタネンと交際しますが、同時期に舞台演出家の女性ヴィヴィカ・バンドラーとも恋愛関係になります。二人の恋人は、トーベの仕事の幅を広げることにも、トーベの作品の内容にも関係がありました。アトスは漫画の仕事を、ヴィヴィカは舞台の仕事をトーベに提案しました。いっぽう、トーベは二人をムーミンに登場するキャラクターのモデルにしました。劇中では、『たのしいムーミン一家』(1948)の創作の様子が描かれますが、実際にアトスはムーミントロールが頼りにする友人であるスナフキンのモデルです。また、トーベとヴィヴィカは、いつも一緒にいて二人だけの言葉で話すトフスランとビフスランのモデルです。小説の内容とその背景にある人間関係を考えながら鑑賞するのも楽しみ方のひとつだと思います。

パーティーで表現されるトーベの感情

 劇中、何回かパーティーの場面があります。特に注目すべきは、パリ旅行から帰国したヴィヴィカを迎える宴です。酒と音楽とダンスが入り乱れる中で、ヴィヴィカがトーベにムーミンの舞台制作の話を持ち掛けます。恋愛と仕事の話がごちゃ混ぜになった言い合いのすえ、舞台の制作は決まります。パーティーの翌日にトーベが油絵の上から地塗りし、まっさらなキャンバスを作る様子は、これまでの経験を糧にした新たな始まりを予感させます。この一連の場面は、トーベの作品の誕生の裏にあらゆる感情が混ざったりぶつかり合ったりする過程があることを象徴的に示しているように思います。トーベの荒々しいダンスの中に、芸術家としてのアイデンティティや恋愛に悩む複雑で繊細な感情が現れているところも本作の見どころです。

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映画が伝えるもの 

 トーベの姪であるソフィア・ヤンソンは、日本での映画公開に向けたインタビューで、「本作はドキュメンタリーではなく劇映画であるという点は理解して欲しいです。」とコメントしました。たしかに、出来事の場所や順序などは事実とは異なる箇所があり、映画では描かれていないこともあります。また、当時の芸術家の価値観が反映されている部分もあります。映画が現実そのものではないこと、現代日本の価値観とは異なることを心に留めておく必要があります。
 とはいえ、実際の映像が残っていないイメージの描写にリアリティがある作品であることには違いありません。当時の社会やヘルシンキの芸術家たちの様子、トーベと周囲の人々の感情の動き、トーベが電気の配線から薪割りまで自分でこなす器用さなど、細部にいたるまで丁寧に表現されています。
 もちろん、トーベ・ヤンソンやムーミンをよく知らない人でも、20世紀半ばのフィンランドで、自分の在り方を模索する一人の女性の姿を知ることができる作品として楽しめる内容です。映画鑑賞の後にトーベの作品や評伝を手に取ると、さらに理解が深まります。そして再び映画を観ると、また違った発見がきっとあるはずです。

映画『TOVE/トーベ』(2020年製作、フィンランド映画)
監督:イダ・バリルート
脚本:エーヴァ・プトロ
出演者:アルマ・ポウスティ、リスタ・コソネン他
日本公開 2021年10月1日
映画『TOVE/トーベ』オフィシャルサイト

著者紹介 / 小林亜佑美(こばやし あゆみ)
秋田県出身。高校生の時に初めてムーミンを読み、大学で文学・文化・表象論を学びヤンソン研究を始める。
2013年山形大学人文学部卒業、2016年法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。
修士論文タイトルは「理解・不理解の主題から読み解くヤンソン作品の変化:『ムーミン谷の仲間たち』を中心に」。
著作物;バルト=スカンディナビア研究会誌『北欧史研究』第37号に「日本におけるトーベ・ヤンソンおよびムーミン研究の動向」を掲載(2020年)。




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