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腐ったおっぱい 第1回

心と身体はつながっている、とつくづく思う。

国内で新型コロナウィルスの影響が大きくなってから、私は自分のブログを書くことができなかった。

私の仕事はライターで、ありがたいことにコロナ禍でも仕事を依頼してくれるクライアントがいた。だから、依頼を受けた文章は書いていた。しかしなぜか、自分で自分のことを書くブログを書くことができなかった。

時間がなかったわけではない。外出自粛だったこともあって、ヒマを持て余すくらい、時間はたっぷりあった。

なぜ、書けなかったのだろう。

理由のひとつは、私の身体に異変が起きたことにあると思う。


あれは、たしか2月の下旬ごろだった。朝、起きると左胸にチクチクというかヒリヒリというか、何かの虫に刺されたような、小さな小さな痛みがあった。

「なんだろう?」

そう思いながらも、動けないほどの痛みではなかったから、普通に出かけた。私は原稿を書くために、月ぎめのコワーキングスペースを借りている。自宅では、どうにもはかどらないからである。

その日、いつものようにコワーキングスペースの一角で原稿を書き、気づけば夕方になっていた。

原稿を書いていた時には気付かなかったが、左胸の痛みは増しているような気がした。

「なんだろうなぁ。やっぱり、何かに刺されたのかな?」

そう思ったが、たいしたことではないだろうと、普段通りに行動した。夕食を兼ねて、なじみの居酒屋へ日本酒を飲みに行ったのである。

「ああ~、おいしい!」

1杯目はよかった。しかし、2杯目を飲み進めるうちに、なんだかまた、左胸の痛みが増していくような気がした。

「店主、ごめん…。残しちゃった」

「あれ?珍しいな」

「うん、ちょっとね。お会計、お願いします」

お酒を飲んでいたのに「左胸が痛いから帰ります」とは言えなかった。私は会計を済ませると、早足で駅へ向かった。電車に乗って、乗り過ごすこともなく、最寄り駅に着いた。さっきまでお酒を飲んでいたとは思えないほど、頭が冴えていた。

「寒いからかなぁ?」

最寄り駅から自宅までは、徒歩で10分くらいだ。春3月が近いとはいえ、まだまだ寒い。帰宅すると、私は冷えた身体を温めるべく、シャワーを浴びた。その間、暖房をつけて部屋も暖めておく。

そうして、その日はモフモフの毛布にくるまって眠った。

「一晩ゆっくり寝たら、治るでしょ」

今まで、たいした病気を患ったことのない私は、あくまでも楽観的だった。

しかし、その翌日も、翌々日も、私の左胸の痛みは引かなかった。それどころか、どんどんどんどん痛みが増してくる。楽観的な私も、さすがに「何かおかしい…」と思うようになった。

なにしろ、痛いのは左胸だけなのである。右胸はなんともない。左胸といえば、心臓がある。

心臓に異常があったら、どうしよう…。入院か?手術か?長期療養?仕事はどうする?なにより、そんなお金はないぞ…。

「左胸が痛い」というだけで、さまざまな憶測が私の頭の中に浮かんだ。幸いだったのは、左胸といっても肋骨の内部ではなく、明らかに肋骨よりも外側の、乳房が痛いことだった。

「肋骨の内部じゃないってことは、きっと心臓じゃないよね…」

心配だったら、早く病院に行けばいいのだろうが、「本当に心臓の病気だったら、どうしよう…」という怖さが先に立って、病院へ行く気にはなれなかった。

それからしばらく経った。左胸の痛みは増すし、気になって仕事への集中力も途切れがちになった。着替える時にブラジャーをつけると、異常のない右胸よりも左胸の方が大きくなっていた。明らかに腫れている。入浴時には、左胸を触るとなんとなく「しこり」のようなものも感じるような気がした。

「しこりってことは、まさか、乳がん?!」

私は怖くなって、インターネットで検索することにした。自分の症状を入力する。「左胸 乳房 痛み チクチク…」

出てきた検索結果には、産婦人科などの医師が書いていると思しき、ホームページの記事やブログが表示された。まず、「乳房痛は乳がんの症状としては稀」ということを知った。

「よかった~。乳がんじゃなさそう」とりあえず、私はホッとした。

さらに記事やブログを読むと「乳腺炎」や「乳腺症」という病名が並んでいた。

「に、にゅうせんえん??」

「乳腺」というのは、赤ちゃんが飲む母乳を出す部分(乳首ではない)のことらしい。それが「何らかの理由で炎症を起こし、痛みや熱感、腫れを伴う状態」を乳腺炎というのだそうだ。

痛みも、熱感も、腫れも、私の左胸の症状にぴったり一致した。

「これか~!」

とは思ったものの、私は母乳が必要な赤ちゃんを産んだこともないし、妊娠をしたこともない。それどころか恥ずかしながら、女として生まれたにもかかわらず、私は自分の身体に「乳腺」という部分があることすら知らなかった。なのに、乳腺炎??

「授乳期に起きる授乳感染症と、授乳と関係なく発症する非授乳感染症がある」

「ふ~む…。そうすると、私は後者か…」

病院へも行かず、インターネットで調べただけで、こんな結論を自分で出してしまうのはゼッタイによくない。それは頭ではわかっている。しかし、前述したように、病院で検査をして本当に大きな病気が見つかったら困る。さらにその頃は、すでに3月下旬で、私が病院へ行きたくない大きな理由がもうひとつ増えていた。

そう、新型コロナウィルスの影響である。

まだ緊急事態宣言は出ていなかったが、どこかの病院でクラスターが発生したというニュースを聞いていた。「病気の検査のために病院へ行ったのに、万が一、そこでコロナに感染したら、本末転倒どころじゃない」と思った。だから、とにかく「病院には行かない」と決めた。


あれから4か月あまりが経った今、私の左胸の痛みはまったくない。自分で自分の身体を治した私の免疫力をほめてあげたい。よく「病気との闘い」というが、実はここまで来るのには、まさに「闘い」があったのである。(第2回へ続く)

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