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EUと中露を天秤にかける?~セルビア視察①

4月下旬から1か月間、セルビアに滞在してきました。

これから、2-3回に分けて、セルビアについて書いていきます。

最初に、事実関係で多少の齟齬が含まれている場合もありますので、ご容赦ください。
事実関係はなるべく確認し、客観性を保つよう意図しておりますが、
現地で色々な方の立場の主観的な意見を元に、自分なりに整理・解釈しております。
一般的な見解とは異なる部分もあるかと思います。

なぜ、セルビアに行こうと思ったのか?はこちらの記事を参考に頂ければと思います。

セルビア基礎情報

まずは前提としてセルビアの基礎情報から。

■南東ヨーロッパ、バルカン半島中西部の内陸に位置する国
■旧ユーゴスラヴィア連邦の中心国(中心だが、最も経済発展していたわけではない)

■一人当たりGNIはPPPベースだと、18,440ドル2019年世銀) (※日本は45,180ドル)
※名目ベースの一人当たりGNIは7030ドル(アトラスメソッド)

■平均所得は2019年に350EUR。2020年は500EUR。(2000年から2020年にかけて平均給与は4倍ほど伸びています。)
※海外からの仕送りが多く、平均所得と実際の生活水準に大きな乖離があると言われています。
(実際に、所得水準と比べて、はるかに裕福な生活のようにも見えます。)

■旧ユーゴスラヴィア時代は東西の間で有利なポジションを築いており、地域の大国だったが、内戦で悪化。2000年に市場経済へ


■2008年に欧州連合と自由貿易協定を締結し、セルビアからのすべての製品を関税やその他の手数料なしで輸出可能

こちらは在セルビア日本大使館の概要です。

過ごしやすく、良い国

個人的な印象としては、過ごしやすい良い国だなと思います。

首都や都市であれば、英語で日常生活を送る事は可能であるし、何よりアジア人への偏見や差別意識を感じません。
西欧諸国を訪れると、少なからず、街の中でアジア人への偏見を感じる事がありますが、セルビアではほとんど意識しませんでした。

お店やキオスクなど、相手が英語が分からず、こちらがセルビア語を分からなくても、邪険に扱われないでし、何とか伝えようとしてくれたり、Google翻訳に打ち込んでくれたり、周囲の英語を分かる人が助けてくれます。

おもてなし精神が高く、現地の方には本当に良くしてもらいました。
こちらの記事でも感じられるかと思います。

治安も大変良く、現地に住む日本人は皆、『日本よりも治安は良い』と言ってました。


ITやスタートアップの可能性は次回以降に回し、まずは前提となる地政学や歴史に触れてみようと思います。


EUと中露の狭間~素晴らしい外交バランス

このバルカン地域、特に今のセルビアのある地域は、いにしえの時代から大国の狭間で争いの拠点になる場所でした。
近代においても、北のオーストリア帝国(ハプスブルグ帝国)と南のオスマン帝国(イスラム帝国)の狭間で揺れた地域です。


大戦後の旧ユーゴスラヴィア時代においても、西側(アメリカ・西欧)と東側(ロシア・中国)の狭間にある中で、どちらにもつかず、社会主義だがソビエト連邦には入らず、西側とも仲良く付き合う、非常に卓越したバランス感覚のある外交政策をとってきました。


現代においても、ヴチッチ大統領は八方美人外交と言われ、EU加盟を目指しEUとも良い関係を保ちながら、中国・ロシアとも非常に良い関係を保っています。


現政権はポピュリズム政党で中道右派のセルビア進歩党(SNS)。
一つ前の政権は、中道左派の民主党(DS)で親EU派でしたが、現政権になってからもEU加盟を上げています。


現ブチッチ政権の評価は人にまちまちですが、色々な人の意見をざっくり纏めると、

『中道右派のポピュリズム政党で、地方での支持が高い。都市部のエリート層やインテリ層からは不満もあるが、野党に対抗馬もいないため、2020年に再選したと言われる。』のようです。

上記のように、八方美人外交で、EUと中露の外交のバランス感覚は評価されています。


コロナ対策においても、いち早くワクチン確保に動き、早い段階でファイザー、アストラゼネカ、シノファーム(中国)、スプートニク(ロシア)と、東西からワクチンを確保しています。

中国製のシノファームは今年1月に欧州で初の供給を受けていますし、3月にはセルビア国内にシノファームの製造工場建設を発表しています。
5月末からロシア製のスプートニクのワクチンの国内製造も勧められています。
4月にはCOVAXからもいち早くアストラゼネカ製のワクチンを入手しています。


また、EU加盟を目指し、行財政(債務削減)・司法改革や汚職対策、投資誘致を積極的に行っています。
FDI流入も2010年には1000Mユーロ程度だったところ、2019年には3815Mユーロと4倍近くに伸びています

欧州・ロシア・米国等への特恵関税制度・FTAによる無関税での貿易が可能です。

EU入りを掲げ、EUからも資金を得つつ、中露からも支援を得ているバランス感覚は凄いですね。


『セルビアはEU入りを焦る必要もないし、EUか中露のどちらにつくか、焦って決める必要もない。』という見方はなるほどなと思います。

EU加盟を目指して国内の基準を整備し、インフラを整備する。EU加盟のためなのでEUからもお金を引っ張ってこれる。
同時に、一帯一路にも入っており、中国からも支援を受けてインフラなどの整備をしている。
ロシアともエネルギー政策で上手く繋がっています。


特に現政権が習近平に接近し、親中の姿勢をアピールしています。
在セルビア中国大使と大統領がメディアに登壇したり、中国アピールをしていることもあり、
以前は嫌中の色があった市民も、親中度合が増しているようです。

実際、この10年で対中債務は約10倍になっています。(2011年末に1億1800万ユーロから、2020年末に11億ユーロ)


表向きはEU加盟の必須条件は、コソボ民族問題の解決と言われています。
ただ、経済面ではセルビアにとってはコソボが独立してもしなくても大きな問題になりません。
そのため識者によっては、コソボ問題をEU加盟の時間稼ぎに使っているという見方もしています。


EUへの交渉手段として、コソボ問題の解決は世論を纏めるのに時間がかかると言い分は政権の努力だけではどうにもなりません。
コソボ問題が未解決のままであれば、EUと中国のどちらにつくか、じっくり選べる立場を作り、両国から好意的な支援を受ける事ができます。


EUも、バルカン半島は地政学的に重要地点であり、スロベニア、クロアチアの先にあるセルビアをEUに囲い込みたい意図はありつつ、
ルーマニア、ブルガリアのEU加盟で課題も抱えており、以前のような積極的な加入姿勢からは後退しています。

中国においても、一帯一路の中で、南のトルコを押さえ、アドリア海を挟んだイタリアのミラノに影響力を伸ばし、北マセドニア、セルビアを押さえておくことは面で押さえるのに大きな意味があります。

以下の記事でも、セルビア内への中国の影響力の高まりに対して、欧州議会が懸念をしてしています。

セルビアはまだ財政改革で対外債務をGDPの6割以下に抑えているから良いですが、
モンテネグロは対外債務がGDP比の1.5倍に達しており、その中で中国の高速道路の債務が重くのしかかります。

中国に返済できないモンテネグロがEUに支援を要請し、EUもそれに応じるなど、
バルカン半島がEU・中国にとって重要な拠点であることが分かります。


実際、EUも焦りがあるのか、セルビアとモンテネグロに対して、これまでの方針を変えて段階的にEU加盟を進める新たな方針を出しています。


この小さなセルビアという国が、超大国のEUと中国を相手にとって外交をしている様は見事ですね。


なぜ、ユーゴスラヴィア連邦は解体したのか?

この壮大な問いに、一か月旅行しただけの私が答えられるものでもないですが、この地域の複雑さを知る上で紹介させてください。

二つの世界大戦の中で、大きな帝国に挟まれたバルカン半島が集まり、ユーゴスラヴィア連邦を作りました。
スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの共和国と、セルビア共和国内のヴォイヴォディナとコソボの2つの自治州によって構成される多民族国家。
その統治の難しさは後に「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と表現されました。

このような国で戦後の長期間にわたって平和が続いたことは、チトーのバランス感覚とカリスマ性によるところが大きいとも言われます。


一方で、独裁・強権で統治しており、きちんとした後継者もおらず、1980年にチトーが死去すると各地から不満が噴出します。
1980年代に既にコソボ、スロベニア、クロアチアで独立の気運が起こります。

そこに、1989年のベルリンの壁の崩壊。
『あれ?これまで変わらないと思ったものが変えられるのか!』という機運が高まります。

東欧革命が起こって東欧の共産主義政権が一掃される中、ユーゴスラビア共産主義者同盟も一党支配を断念し、1990年に自由選挙を実施します。結果、各共和国にはいずれも民族色の強い政権が樹立します。

1991年に、スロベニア、クロアチアが独立を宣言します。
そんなに民族的な混ざり合いもなく、独自の経済、体制を築いていたスロベニアはあっさり独立。
一部地域で民族が混ざっていたクロアチアは泥沼化。クロアチア紛争は長期化し泥沼状態に陥りました。

これだけ聞くとと、ユーゴスラヴィア解体は、民族問題、宗教問題が原因のようにも見えますが、実際にはそう単純ではないようです。


世界には、宗教や民族が異なっても、仲良くとまでいかなくても上手く折り合いをつけている国も多いです。
民族や宗教が違う事は難易度は高くなるとは言え、解体の理由には見えません。

元々、大国に対抗するために別々の国が合わさる事は良くあります。
その後、時間をかけて民族や文化が交じり合って、調和し、イデオロギーが生まれて、一つの文化圏を形成します。
建国当初は、各民族の独立を尊重しつつ、1世紀、2世紀も経てば混ざり調和していくのでしょう。

ユーゴスラヴィアの場合、強権で押さえていたチトー大統領がなくなり、後継がおらず、文化的な調和も進んでいない。
特に、経済的に圧倒的に優位にあるスロベニアは、経済格差の中、他のお荷物に引っ張られたくない。

スロベニアは、鉄道でさえも独自の運用をしていたようで、自分達は違う文化だから。という意識も強かったのでしょう。
元々オーストリア・ハンガリー系の国民と他民族・他宗教は、40年の短い期間では十分な調和が起こらなかったようです。
あっさり独立します。

逆に中途半端に入り組んだボスニアなどは非常に難しく、どこで領土を分けるのか?など泥沼化していきます。

北と南ではそれほど文化が異なるのか?

本来であれば、隣国にも訪れてお互いの国をみて回れれば良かったのですが、コロナ禍で行く事が叶いませんでした。

ただ、違いを示す事例は見聞きしました。

例えば、廃棄物処理問題。
セルビア、ボスニアのゴミ処理、廃棄物処理は質が低く、リサイクルも焼却も固形燃料化もほぼなく、穴を掘った埋め立て地にそのまま捨てられています。

ここに、EU基準を満たした新しい廃棄物処理場が来年オープンします。
フランスのスエズ、日本の伊藤忠などがIMFやEBRDのファイナンスで作っています。

ちなみに、この処理場では、日本の焼却方式が採用されています。
日本の焼却方式で、EU基準を満たし、EBRDからお金を得ていることは画期的なようです。
※ヨーロッパは伝統的にごみを焼却せずに埋め立ててきました。リサイクルできないものは固形燃料化(RDFやRPF)し、固形燃料にできないものを埋め立てるか、焼却処分します。
近年は西欧や北欧では、焼却施設を持つ国も増えていますが、東欧ではまだまだ埋め立て処分が主流です。

セルビアは国民の環境意識も高くなく、ごみの分別やリサイクル意識は浸透していません。街中にもたくさんのゴミが放棄されていますし、分別も全くされていません。
滞在先でも家庭ごみを捨てていましたが、ビンも缶もプラスチックも全て同じコンテナに投げ込みます。

一方で、スロベニアの首都リュブリャナは、2014年に欧州で初めて「zero-waste(廃棄ゼロ)」を目標に設定しました。

リュブリャナはその環境政策での成果や市民の環境意識が向上したことが評価され、2016年に欧州の「Green Capital賞」を受賞しています。

上記の環境意識の違いはどこから来るのか?

色々な人に尋ねていったところ、
セルビア第二の都市Novi Sadの省庁の方は以下のように仰っていました。

ちなみに、Novi Sadはセルビア北部のボイボディナ自治区の州都で、セルビアでも最も発展している地域の一つです。ハンガリー系の文化が色濃く、中南部のセルビアとは異なる文化で、スロベニアにより近い文化のようです。

”ユーゴスラヴィアの時代から、スロベニアとセルビア、ボスニア、モンテネグロ、北マセドニアとは文化が違うから。
このNovi Sad、ボイボディナ州でも南部セルビア地域とは異なる。

例えば、納税率や公共料金の支払率。ボイボディナ州は9割を超えているが、他地域は50%もいかないと聞いている。
Novi Sadでさえこの違いなので、スロベニアとの差はもっと大きいのでは?”

スロベニアのように、文化がはっきり分かれ、経済的にも優位な立場にあった地域は、あっさり独立を果たしますが、

民族が混ざり合う中で泥沼を呈したのがボスニア・ヘルツェゴヴィナです。
正教、イスラム教、カトリックの3つの宗教が拮抗し、現在も3主要民族をそれぞれ代表する3名の大統領評議会メンバーが、8か月毎の交替制で同評議会議長を務めています。
中々3者の足並みがそろわず、新しい政策導入なども難しいようです。


単に民族の違い、宗教の違いと捉えるのは難しく、地域によっても状況は異なります。
元々の民族・文化の違い。
チトー大統領のカリスマ性と裏腹の独裁で後継者を育てずに空転。
40年という、文化が十分に調和しなかった期間。
地域間経済格差。
大国EUやアメリカとの関係性、介入
などなど様々な要因が絡んでいます。



さて、セルビア・バルカン地域のIT、スタートアップ、イノベーションを考える上で、
まずは、地政学や歴史を知っておくのは大事だなと思い、滞在中に聞いたこと等を元に整理してみました。

次回へ続く~

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