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彼方へ - Go Beyond - 連載 Vol.38



著 / 山田徹

第六章 最終章
其の十四 3速

すぐに検視官たちが到着した。陽は少し傾いた。日本大使館の参事官も到着。あたりはにわかに騒然としてきた。丘の上に腰を下ろし、作業風景を眺めるしかなかった。
「GPSは生きてそうだなあ、デイバックの口はしっかり閉ざされたままだ」
と眺めながら考えていた。GPSを見れば軌跡も時間も全てが記録されているはずだ。検視官は、デイバッグのファスナーを開けて所持品を並べ始めた。きちんとジップされたナイロン袋に封入されたパスポートなどは、まるで新品のままのように見える。まだ飲んでいない、朝受け取ったゼリーのサプリメントや、非常食が出てきているのを眺めているうちに、胸が詰まってきた。彼が非常に几帳面であることが見て取れたし、その事故は一瞬の事だったことも、また困難な一日にあってまだこうしたゼリー飲料を残していたことにも驚いた。
「せめてGPSを見せてくれ。時間と、場合によっては、どの方角から侵入して落下したのが分かるから」
と通訳に伝えるものの
「そうなのならなおさら渡せない」
とばかりに警察官が仕舞い込んだ。
「あとで返せよ」
そういうのが精一杯だった。
「これはなんだ」
警察官が彼の持ち物の中からイエローの表紙の小冊子を取り出した。
「我々が配布しているエマージェンシーマニュアルだ」
興味深そうに眺めたかと思うと、GPSと同じようにナイロン袋にしまった。コマ地図は何キロ地点を指しているのか。そう思ってバイクを覗き込むのだが、角度が悪く見えない。やがて作業が一段落したので、警察官が降りてきて良いという。
坂を駆け下りた。バイクを覗き込むと、コマ地図はすでにゴールを指していた。彼はミスコースをして、ゴール手前のGPSポイントを目指したのだ。そこはゆるやかに波打つ丘陵地帯だ。波打った谷は、水の浸食で出来ていて、いわゆる幼年期の地形をなしている。その稜線伝いに走ったのだろう。日が沈むとその谷は、かなり視認性が悪くなっていた。
バイクに近づいて許可を得て何速に入っていたのかギアを調べた。慎重に慎重にシフトダウンをした。1回踏むとカツリと低いギアに入った。1速ではなかった。では2速だったんだろうが、確認のためにも更にシフトダウン。カツリ。おや、3速だったのか。それでも念のためにさらに
シフトダウンを試みたが、もう下がらない。さらに慎重にニュートラルに入れてみた。ニュートラルだ。
バイクを少し動かして確認した。さらに2速、3速と上げてみる。4速に入りにくい、冷や汗が出る。何速に入っていたか、間違いなく確認しなければならないというのに。
しかし3速にはいっていたのは間違いない。
「ここを3速で走っていたのか。いや落下する時や着地時に足が当たったとも考えられるから、走ってた時のギアが3速と決め付けてしまうのはいかん。いま、3速にあったという事実だけだ」
そう伝えた。
「バイクのエンジンはかかるか」
ひとりの警察官が言い、ひとりが手馴れた手つきで下り斜面を利用して押し掛けをした。それは不思議なほどに、すぐにエンジンがかかった。バイクには異常がない。しかしナビゲーション周りは、川で見かけたという遊牧民の情報どおり、黒いタイダウンベルトでグルグル巻きにしてあった。
どこかでひどい転倒をしてマップホルダー周りを破損させたに違いない。見たという遊牧民は、確か黒いガムテープでライト周りを巻いていたと言ったはずだ。しかし事故を致命的なものにしたのは、ICOの照明用のアルミバイザーの端部であることは容易に確認できた。見るからには、それはさほど危険なものには見えないのだが、分厚いアルミの短い板が少しばかりめくれ上がっていた。

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