見出し画像

彼方へ - Go Beyond - 連載 Vol.18

著 / 山 田 徹


第三章 モンゴルへ
其の九 重大事故、起きる

エタップ3、つまりラリー三日目だ。
優勝候補の一角を担うゼッケン8尾崎哲生は、ここまで慣れないナビゲーションに苦しめられ一日目で7位と出遅れていたが、それでも鮮やかなサテン地のブルーのジャケットをまとったXR600が、草原を疾駆する姿は、感動的ですらある。
「一流の早さだ」
それにライディングフォームも実に力強く、よくしなる鋼を思わせた。
「やっぱり尾崎さんでしょうか」
「なにが」
「いや、優勝ですよ」
「主催する者が、そういうこと言うもんじゃない」
「個人的な意見ですよ」
「それより、昨日はどうだった」
「昨日もミスコースをしたらしいですが、SSは2位のタイムです。トップの博田に7分遅れですね。で、総合では4位です」
「総合でトップとの差は」
「エタップ1で一時間以上遅れましたからね、まだ一時間十五分ほどありますね」
「問題は今日だ、ナビは簡単だからトップグループは飛ばすぞ。前半戦の勝負の山と読むだろうしねえ。アクシデントが無ければ良いのだが」
「やっぱり今日のルートは、ハイスピード過ぎますか」
「そうは思わないけどな。で、メディカルカーは予定通り出発したか」
「M1は、トップ3のスタートのあと出ました」
メディカルカーは、救急救命医が乗り込んで、いつもトップグループに続いて出発する。そして後続に次々と追い抜かせ、CP1くらいではラリーの中ほどからやや後方になるようなフォーメーションをとってある。そして最後尾から、本来であればカミオンバレイが進行するのだが、もうこれで彼らの姿を見なくなって三日目になっていた。
「昨日のビバークも、撤収したあとにカミオンバレイ宛のメッセージを残しておきました」
「つらいだろうなあ、ラリーやっているかどうかも分らないぜきっと」
しかし彼らは、的確な仕事をしていた。行方不明者を捜索しながら、また放置されたマシンを回収しながら、ラリーから一日半の行程遅れて進んでいた。カミオンバレイが遅れるということは、ままあることなのだ。したがって、最後尾にはM2と呼ばれる、メディカルカーの2号車を投入してある。もちろんここにも医師は乗車している。
こうしてヘリが上空から支援し、CP1までにすべての参加者の先頭に出て、そこに着陸、CPを手伝い、通過していく参加者のチェックをしながらメディカルカーを待つということにしていた。
「ヘリが、反対方向から飛んできたのでびっくりした」
という話を、しばしば聞くのだが、理由はこういうことでCP1で待機しているときに緊急の要請がかかれば、ルート上を逆に飛ぶことは良くある。このように参加者は、常にCPとカミオンバレイの間に挟まれている状態を作り、その中に1台ないし2台のメディカルカーとヘリで常にガードされている形を作っているのだ。
「この形だけは絶対に崩すなよ」
しかし日没が近くなるとヘリは帰投しなければならなくなるし、カミオンバレイや後方を走るメディカルカーは、極端にスピードが落ちてくる。もちろん疲労もすさまじい。
つまるところ夜間の危険性は、いやがうえにも高まってくる。この日は西に向かう。ゴビの入り口の町チョールへ526・90KmのSSが続く。彼方には陽炎が揺らめき、いよいよ暑くなってくるはずだ。
スタートのカウントが始まると、尾崎選手は4番手で、草原の中に姿を消した。この日スタートしたのは67台、既に17%がリタイアを喫している。スタートが終わり、ヘリに向かって歩いているところへ、メディカルカーから救助要請が入った。
「M1より本部、75Km地点で、ゼッケン8転倒負傷、ドクターの見解は重傷。至急緊急輸送の必要あり、以上大至急回答願います」

ここから先は

3,782字 / 1画像
1998年に創刊。世界のエンデューロ、ラリーのマニアックな情報をお届けしています。

BIGTANKマガジンは、年6回、偶数月に発行されるエンデューロとラリーの専門誌(印刷されたもの)です。このnoteでは、新号から主要な記…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?