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エッセイその102.翻訳の沼(9)どういう口調で喋らせるか③クララとお日さま


しばらくの間 夫と、カズオ・イシグロの新作、
「クララとお日さま」を毎晩同時に読んでいました。
1日に何ページと決めて読むことにしたのでした。

最後の日、私が最後まで先に読み終えまして、
夫が読み終えるのを待ちながら、末尾の「解説」を読んでいました。

そこでかなり驚くことがありました。
大袈裟ですが、ビックリハウスで ぐるっと体が反転させられた
ぐらいの感じです。

このあとはネタバレですので、これから読む予定の方は、
足元にお気をつけてお帰りください。すみません🙏



その解説は、英文学者の日本人女性によるものでしたが、
クララのことが「子供」だと書いてあったからなのです。

引用しますね。

「私が最も強く惹かれたのは子供の存在だ。最初に作品を読んだときに、子供たちが、とりわけクララが発する優しいが強いエネルギーに魅了された」


ところが私は、読み終わるまで、クララの「喋り方」から、
クララを 二十代半ばの女性としてとらえていたのです。
日本映画にするのなら、黒木華、蒼井優にやってもらいたいです。

一冊を、
「若い女性であるAIと、10歳ぐらい年下の少女との物語」
だと思って最後まで読んだため、急には気持ちがついていきません。

解説には最後の方に、
「クララはカズオ・イシグロが創ったもっとも美しい子供だ」
とありますが、自分では全然、それが同じクララ、
私が見てきたクララと同じ人物とは思えなかったのでした。

カズオ・イシグロさんは、どんなつもりで・・どのぐらいの年齢のクララとして、書いていたのでしょうか。
もちろん、機械なので年齢はないわけですが、
どのぐらいの年齢の女性として行動させていたのでしょう。

英語で書かれたものを読めば、その意図が汲めるようにできていて、
翻訳家の方も、それにより、クララの喋りかたを決めたのでしょうか。


この物語は、戦争や病気、飢えなどのわかりやすい「悲惨」はありませんが、
読むほどにじわじわ暗い気持ちになるディストピア小説です。
(読後感が悪いとか、読み終えて希望が持てないと言う意味ではありません)

この世界に生まれた子供たちは、どうやら何かの「処置」を受けて、
優劣を厳しく分けられるらしいです。
怖いです。

子供同士の交流の場は 学校などではなくて、お互いを値踏みするかのような
なにか不健全な感じの集いだけであるようです。

登場人物の置かれた状況や家族の歴史も、ぼんやりとしか語られません。

この、少しだけ未来の世界が どのように形作られたのか。
どういう経緯でアンドロイド型のAIが、子供の友達として買われ、利用されるようになったかなども一切出てきません。
それはもう、そういう世界なのだというところへ 読者は放り込まれます。

クララについても、髪型や着ている服しか明かされません。

そうなると、見た目年齢を含めた彼女のイメージは、
翻訳家氏が選んだ、「クララの喋り方」から汲み上げることになります。
少なくとも私はそうでした。

ジョジーは、お店でクララを選んで、お母さんにクララを買ってもらいました。

やっとその日が来たときです。

ジョジー:いてくれたんだ! いなくなっちゃったかと本気で思った。

クララ:いなくなるなんて。約束しましたから。

女児ー:うん、たしかにしたよね。守らなかったのは私の方。
     こんなに長くかかっちゃったんだもの。

・・・ママ、これがその子よ。私が探していたAF!」

ジョジーは同い年同士のように話し、クララはずっとで、
「ですます体」で 控えめに話します。

でも私は最初にクララを大人だと思ったために、
ジョジーのことは、年上でも遠慮せずハキハキ話せる子供なんだ
というふうに思ったようです。


でもどうですか、上記のこの会話で、
「同い年ぐらいの少女同士」って思えます?
少女と、大人の姿をしたAIの会話に聞こえませんか?

二人の話し方と、周りの大人の話し方とで、私は二人の関係を、
ご主人様の子供と、子供に仕えている家庭教師の若い女性
というふうに捉えたまま、最後まで読んだのでした。

日本語は、相手との関係性によって、敬語から、ですます体、カジュアル体と、自由に使い分ける言語です。
それぞれの話し方が、その人の属するグループのユニフォームになっている言葉ですね。

それにしても私と、この英文学者の方の見方がこうまで違うとは。
クララを大人だと思って読んだ人って、多いでのしょうか、少ないのかしら。
しばらく、自分の読解力というか、感じ方を疑ってしまいました。

そのあと、日本版の表紙をあらためて見てみると、
そこには小学生ぐらいに見える女の子の絵がありました。
これ、クララっていうことですよね?

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英語版はというと、人物は一切ありません。

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最初に本の表紙絵をよく見ていたら、私は違う読み方をしたのでしょうか。
今ではもうわかりませんね。

夫に聞いてみました。

私:英語のクララって、どんな口調で話している?
子供の喋り方とか大人の喋り方とか、英語では はっきりあるの?
夫はクララのことを、大人だとして読んでいた?

夫:別にそういうふうに思いながら読んでいませんでした。
  クララはクララだから。
  でも確かに、クララの年齢はわからない書き方をしているね。
  強いて言えば、クララはAIなので、
 「AIのようなドライな無機質的な喋りをしている」
 と、読者に思わせるような英語だね。



翻訳家の方も、訳するにあたって、ずいぶん悩まれたんじゃないでしょうか。

日本語のような階層のない言葉、英語で書かれたこの小説は、
翻訳家の数だけ、違うクララが生まれ出そうな気がします。


すごく奇妙な読書体験をしましたが、
そう言う意味でも、とても面白い本でした。


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