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「原油戦争」の仕掛人はプーチンだと思う理由

ご存知の通り原油価格は今月に入り急落している。

世間一般の解釈は「サウジアラビア」が仕掛けたとされる、今回の米シェール企業をターゲットにした価格競争であるが、私はそうは考えていない。

確かに、OPECの交渉決裂後にすぐさま増産を発表したのはサウジアラビアであるし、二大石油大国であるロシアは「サウジアラビの脅しには屈しない」と話しており、表面的にはロシアよりもサウジアラビアが仕掛けたとように見える。

しかし、何年もマクロ投資に携わり、グローバルな地政学や国家財政などを分析してきた私には、今回の原油価格競争はプーチン大統領が仕掛けたものだと感じる事実がいくつか存在する。

そして、仕掛けたのが”サウジアラビア”なのか、あるいは”ロシア”なのか。
このい二つの違いは、今後の投資戦略上、大きく異なる意味合いを持つため、今日はそのことについて書きたいと思う。

サウジアラビアよりも圧倒的に周到な準備をしてきたロシア
次のグラフはサウジアラビア(上)とロシア(下)の外貨準備の推移である。

このグラフを見るとわかるように、サウジアラビアとロシアは2015年から2016年にかけて外貨準備を大きく減らしている。

当時、原油価格が100ドル台から30ドル台まで急落したことで、財政難(サウジ・ロシア)と通貨安(ロシア)に陥ったため、やむなく外貨準備を消費している。

当時の原油価格競争はシェール企業の台頭に凄まじい危機感を覚えたサウジアラビアが半ば捨て身で仕掛けており、OPEC+の枠組みがまだなかったロシアには寝耳に水の状況であった。(OPEC+は通常のOPECにロシア等を加えた共同石油機構)

加えて当時のロシアはウクライナの内戦に干渉したことで、欧米から制裁を受け、国際社会から孤立した状態であった。
当時のロシアは「ウクライナ内戦(それに関わる欧米の制裁)」と「サウジアラビアが仕掛けた原油価格競争」のダブルパンチを受けて、通貨の価値が半分以下になるという通貨危機に見舞われている。

当然、国内のインフレ率は急上昇し、一時は17%にまで上昇するなど国内経済は大打撃を受けた。

ロシアはその時の教訓から、為替市場とインフレ率が落ち着いた後、すぐに2つのことに取り組んでいる。

その一つが「外貨準備の増強」である。
ロシアの資本市場のフローは原油価格との相関が非常に高い。
その特徴を逆手にとって、ロシアの財務省は「原油価格が財政の前提価格を上回った月の翌月」は外貨を購入し、逆に下回れば外貨を売却するという巧みな戦略を実行するようになる。

結果として、この5年間、ロシアの外貨準備はインフレや通貨安を起こすことなく、史上最高水準まで増強されている。

そして、もう一つが「財政改革」である。
当時のロシアの財政を均衡させる為に必要な原油価格は$80〜$100/バレルと言われていた。

しかし、ロシアは5年近くかけて年金改革法案などを成立させ、年金の受給年齢を大幅に引き下げることで財政均衡に必要な原油価格を大きく引き下げることに成功したのである。

そして、今ではロシアの財政を均衡させる原油価格は$40/バレル未満まで改善している。

その一方、サウジアラビアはこの5年間、何をして来たのか?
実は、この国の実質的な支配者であるムハンマド皇太子は国内の政敵(異母兄弟)を粛清するのに頭が一杯で、実質的な改革は何一つとして進んで来なかった。

石油依存から脱却する為に始めた、投資(ソフトバンクのビジョンファンドなど)も全くうまくいっておらず、財政を均衡させる為の原油価格は相変わらず$80/バレルと高い。

また、外貨準備高もロシアとは異なり、この5年間全く増えていない。

価格競争を仕掛ける上で重要な財政均衡価格と外貨準備というリソースは、圧倒的にサウジアラビアよりもロシアの方が周到に準備して来たと言えるだろう。

サウジアラビアの減産に一番反対したのはロシア
中国でコロナウイルスの影響が大きくなると、石油需要の落ち込み懸念から原油価格が下げ始めた。

2月中旬以降、サウジアラビアを主導にOPECはこの原油安に対応する為、150万バレルの減産案を提示し、ロシアもこれに参画するよう促したが、ロシアはその案に強く反対し、結局OPECの合意は崩壊した。

ロシアは、表向きこそ「原油は自律反発するだろう」と言って今回の減産を見送ったとされるが、本音では米国経済にもコロナウイルスの影響が出始めている中、”米国シェールに止めを刺す”絶好のタイミングであると判断したからであろう。

サウジアラビアは価格競争への準備が不十分であったことから、本音では今回のような展開を望んでいなかったはずである。

しかし、OPEC+のような一種の談合は、全員が協力する時のみ効果を発揮し、誰か一人でも裏切り、増産するのであれば、全員が増産せざるを得なくなる囚人のジレンマの状況を抱えている。

よって今回、ロシアが協調しなかったことで、OPEC+の枠組みは崩壊し、産油国がこぞって増産に走ったのである。

マーケットへのインプリケーションとして重要なのは、この価格競争がサウジアラビア主導なのであれば、比較的短期間で終わるが、ロシアが主導しているのであれば、その戦いは長期にわたり、米国のシェール企業が淘汰されるまで戦いが続くだろうということである。(あるいはロシアが本当にやばくなるまで続くだろう)

繰り返しになるが、サウジアラビアは価格競争への準備が不十分であることから、彼らが主導した戦いであれば、その体力の無さから戦いは短期決戦ということになる。

しかし、ロシアは財政上も、外貨準備も体力が十分であり、私にはこの5年間、まるでこの日のために蓄えてきたのではないかと映っている。

プーチン政権も5年前より国内体制をさらに強固にしていることからも、今回の原油戦争は”長引く”という前提で投資戦略を練った方が良いと私は考えている。

そして、それは米シェール企業のクレジットが当時よりもはるかに悪化することや、メキシコやノルウェーなどOPEC外の産油国も多大な影響を受けることを意味している。


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