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嫌われる人に好かれがちな嫌われる保留/230917


「その女、嫌われてるだろうなぁ」

親友と話していてとある人の話をしたらそう答えた。   

派遣社員をしている時に知り合った女性の方とよく話していて、その人がよく自慢をする人だった。
私はそれ自体は全く嫌ではなくて、むしろ私からあれこれ質問しなくても自分から話してくれて楽だなぁと思っていて、きっとこの人にとってはこういう部分がとても誇りなんだろうなぁと思う程度だった。

だけど親友としては難しいらしく、そしてそれは多くの人が同じように思うらしかった。

そして私はそういう女性に好かれやすい

「そりゃそうだよみんな聞きたくないのに保留はうんうん聴いてリアクションしてんだから話したいだろうよ」

そういうことだったのか

私自身は全くそういう話は嫌ではなくて、愚痴や悪口より全然良いし、面白くはないけどつまらなくも嫌でもない。
そして面白くないと言えば大体面白くはないのでそれが通常運転だと思っているし、面白くはないけど楽しいし嫌ではないのでやっぱり全然良い。

38年近く自慢したい人、ただ話を聞いて欲しい人の受け口になっていたので慣れている、もあるし、当時は嫌だなぁと感じる程度で自覚していなかったし今はそういう瞬間が少ないのでむしろ面白いと思うようになった。

やたら毎日電話がかかってきて「私の精神安定剤!」と言う人、
仕事終わりに毎日電話を1.2時間×2年、
夜に毎日LINEを1.2時間×2年、

思い出すだけでこれだけいて、しかもこれは全員違う人だ。
それに、当時はそういうことでしか好かれないと思っていたから私が相手をしてもらっていたようなものなので特に今は何も思っていない。
良くしてもらったこともあるし、それ自体はいい思い出だ。

でも昨日の親友の言葉を応用すると、おそらく彼女らは私以外にそんな話を聞いてくれる人がいなかったのだろう。
そう思うととても可哀想になってきた。

無職の、メンヘラで何もない私にしか助けを求められない、もしくは吐き出せないというのは可哀想なことだ。

感じてはいたけど自覚していない、はHSPによくあるのかなと思うけど私は、自覚したらこの幸せ(まやかしだけど)が終わってしまう、という感覚だった。

これは言語化して思ったら終わりになってしまう

だからしない


これを潜在意識と顕在意識の間に置いていた。
あらゆることがこれにまみれていたので言語化を無意識で止めていて、今はそのストッパーを取ったので瞬時に言葉にできるようになったらしい。

モヤ…が来る前に言葉になっている、みたいな

ただ、私はそういう彼女らのどうしても看過できない部分があった。

話を聞くのはいい
言いたければ言えば良いし
それが自慢でもなんでも構わない

だけど私の話を聞かないのは論外だ

感覚的に9:1で私が1で、私が話すと流されてしまっていた。
たったの1すら聞いてもらえないなら関係は成立しないのに、それでも1でもいいから聞いて欲しかった。

だけど無理だった

しかし私も「これだけ相手の話を聞いているんだから1だろうと聞いてくれるだろう」という打算があったのでそれは反省している。

誰かの悲しい話

誰かの傷ついた話

誰かの嬉しい話

誰かの自慢話

私の中では全部同じだ

そこに対話が成立すればなんでもいいのだ

なので会社の女性に対しても「いっぱい話してくれて楽だし自分から話してくれるから楽だなぁ」と思いつつ「これで私の話も聞いてくれたら仲良くなりたかったなぁ」と思っていた。

というかその話を経験した私より経験してないくせに新鮮に怒っている親友が面白かった。

男性の自慢話はもっと好きで、落ち着いて話してはいるけど子供みたいに「聞いて聞いて」みたいに見えて可愛いし、実際ほんとにすごい、という場合が多いので面白くて楽しい。

面白くて楽しいのは、私の話も聞いてくれて対話してくれるからで、そして相手もそう思ってくれているのがわかるからだろう。

私にとって会話は内容ではなく尊重を感じられると最高に面白くて楽しくなれるらしい。

それを対話と呼ぶのだろう。






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