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ダム | daily

豪雨による水害が起こる度にダムについての議論がなされているようです。実際、治水の方法はいくつかあるようなのですが、あらゆる問題に対して言えるように、ダムが適している場合とそうでない場合があるのでしょう。ただし人間は細やかな議論には向いていないですし、継続的に関心を持って研究している人の意見を尊重する文化もないので、それこそダム無駄みたいなダジャレではないですが、無駄な時間を過ごすよりは然るべきルートを通して政策に落とし込んでいくという工作が必要なのだろうと思います。大切なのは説得ではなく工作です。

ところで、ダムの話がしたいというよりは、ダムを比喩として用いることについて書きたいと思い書き始めたのでその話をしましょう。

よく心の堰を切ったように、荒ぶる胸の内を曝け出す、みたいな例えがあります。ダムと堰は違うよ、と言われればそうですね、という話なのですが、そこはまあそれ、何かを堰き止めているものがその容積をオーバーしてしまう、という想像の世界の話なわけで、比喩に厳密さを求めるのは野暮というものです。で、同じようにコップの水が溢れ出すように、とか、注ぐ前に止めればいいのでは?とか、誰が注いでるんだ?などということを考え出すと、文章が読めなくなってくるわけです。さておき、ダムに沈んだ村、というのは情緒を刺激するものがあります。

人にはそれぞれ許容量というものが仮にあるとして、それは仕事であったり、人間関係であったり、ストレス耐性であったり、可処分時間であったりと、色々なパラメーターの結果として出力される人生のある時点でのその人の生きる力なわけです。ダムに貯水量のリミットがあるように、人の生きる力にもリミットがあると考えると、それが決壊した時にはどうなるかも想像できそうなものです。

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