脳梗塞で怖いのは、血管損傷よりも炎症!? -治療に関する最近の研究を覗いてみよう-
こんにちは、ビビです。雨の週末、ピアノの音色に耳を傾けながら、まったりPCに向かっています。ピアノの音に混ざる雨音も良きです☂️
さて、本日は私たちの大切な臓器である脳のお話です。脳はヒトの臓器の中でもかなり繊細な臓器です。そして全体の2%程度の重さしかないこの臓器は、20%近くものエネルギーを費やします。栄養や酸素を送る血管は、この臓器にとってまさに命綱です。
脳血管が破れたり、詰まったりすることで生じる疾患を脳卒中と総称します。血管が破れる脳出血、脳動脈瘤が破裂するくも膜下出血、血管が詰まって起こる脳梗塞に分類されますが、今回は脳梗塞についてまとめてみました。
🕸️まずは脳梗塞について
脳梗塞は、高血圧や脂質異常症などによる動脈硬化、あるいは血栓が細い血管に詰まることによって、酸素や栄養が届けられなくなり細胞が死んでしまうこと(虚血壊死)が原因で発症します。脳には神経細胞だけでなく、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアなどのグリア細胞と呼ばれる細胞たちがいます。虚血下では神経細胞が一番センシティブで3分ほどで細胞死を起こしますが、他の細胞もすぐに生存できなくなります。これが脳梗塞による細胞死です。
ところが、脳梗塞による脳細胞へのダメージはこれだけではないのです。最初の細胞死により炎症反応が誘導され、それが更なる細胞障害である脳内炎症を誘導します。どんなメカニズムなのでしょうか。
🕸️脳内炎症ってどんな炎症?
本来、脳は血液脳関門(Blood-Brain Barrier, BBB)で他の組織と隔離されており、これがバリアとなって特定の物質以外の通過、特にウイルスなどの外敵の侵入を防いでいるため、炎症が起こりにくい環境にあります。それにもかかわらず、脳梗塞では炎症反応が生じるのです。このような炎症を無菌的炎症と言い、自己由来因子に対して生じているのが分かっています。その過程を順に見ていきましょう。
まず脳梗塞で虚血状態になると、2つのことが脳内で起こります。
1つめはBBBの機能低下です。脳梗塞や心筋梗塞で虚血状態になった際、シグナル伝達分子(クロストーク因子)としてスフィンゴシン 1-リン酸(sphingosine 1-phosphate, S1P)がペリサイトやアストロサイトから放出されます。元々、ペリサイトやアストロサイトはBBBの安定化に寄与しているのですが、S1Pの放出は、BBBを形成する細胞間を繋ぐタイトジャンクション(tight junction, TJ)の機能を低下させ、通常は脳に入れないマクロファージや好中球などの免疫細胞の侵入を許してしまいます。
もう1つは、細胞死によるダメージ関連分子パターン(damage associated molecular patterns, DAMPs)の放出です。DAMPsとは、細胞死により放出される核酸やタンパク質のうち、免疫系を活性化して炎症の原因になる因子のことです。虚血により細胞に酸化ストレスがかかると、これに抵抗するための物質であるHMGB1、ペルオキシレドキシン、DJ-1といったタンパク質の発現が上昇します。上昇した細胞がストレスに耐えきれずに死に至ることでこれらの因子が細胞外に放出されます。これらの物質が、DAMPsになることが研究により明らかになっています。
この2つの事象はいずれも脳梗塞後24時間あたりにピークになります。つまり、ちょうど免疫反応が最大になるタイミングで、免疫細胞とDAMPsが出会ってしまうのです。この結果生じる炎症は数日続くこともあり、脳梗塞による脳組織へのダメージは、最初の虚血による細胞死だけでなく、この炎症により拡大されることになります。
🕸️脳梗塞の治療方法は?
臨床で用いられている脳梗塞の治療は、最初の血管の詰まりを薬剤やカテーテルによって除去するものが一般的です。二次的に生じる炎症を抑制したり、失った細胞とそのネットワークを再構築したりする治療法はありません。まだ研究段階なのです。折角ですので、どのような研究が進んでいるのか少しだけ覗いてみましょう。
🕸️炎症を抑制することで細胞死を抑制できる?
1つめは、BBB機能を抑制するS1Pを作り出すための合成酵素(Sphk1)を阻害する薬(SKI-II)や、S1Pの細胞外への放出に関与するABCA1輸送体を阻害する薬(Probucol)がBBBの機能低下を抑制する可能性です。ただし、免疫細胞がBBBを通過する前に投与する必要があるので比較的早期の治療開始が必要です(2019年、長崎大学)。
2つめは、DAMPsを撃退する方法です。DAMPsであるDJ-1を標的とする抗体を作成し、脳梗塞モデルマウスに投与すると、炎症性サイトカインの産生が抑制され、脳梗塞体積の減少が見られました(2021年5月、東京都医学総合研究所)。炎症を引き起こすためのDJ-1の作用部位を抗体で覆うことで炎症の拡大を抑制できる可能性があります。通常ですと、抗体のような大きな分子はBBBを通過できませんが、脳梗塞でバリア機能が低下しているので通過できるのです。また、抗体が結合したタンパク質はマクロファージなどの貪食細胞の標的にもなりますので、ダブルで炎症を収束させる可能性があります。
いずれもマウスの実験ですので、すぐに臨床応用ができる訳ではありません。これから何年もかけて研究を続けていく必要があるのです。
🕸️失った神経細胞を再構築することはできる?
元々、神経細胞は増殖できない細胞です。増殖するのは、未成熟な神経前駆細胞あるいは幹細胞です。その上、脳梗塞などで脳組織にダメージがあった場合、その部分は空洞になってしまいますので、成長しようにも足場になるべきものがありません。
そこで、正電荷を持つ単量体と負電荷を持つ単量体を一定の割合で重合し、神経幹細胞が接着できる足場をつくることで神経幹細胞の成長を促した研究があります(2023年2月、北海道大学)。
彼らはゲルに予め穴を開けて多孔質ゲルとし、空洞化したマウスの脳に埋め込みました。2週間後には血管が伸長し、そこに神経幹細胞を注入すると3週間後には神経細胞やグリア細胞が確認され、組織の再構築に成功しました。
直近では、ダイレクトリプログラミング(多能性幹細胞(iPS細胞)を介さずに直接目的の細胞に変換する方法)で神経細胞を新生する研究成果が報告されています(2023年10月、九州大学)。
マウスの実験で脳虚血後7日の時点で、損傷部位には免疫細胞であるミクログリアやマクロファージが集積しています。この細胞に神経誘導性転写因子であるNeuroD1を発現させると神経細胞への分化転換が可能なことが分かりました。ただ分化転換に成功しただけでなく、神経機能も改善したようです。
こちらもマウスでの研究結果ですので、ヒトに応用できるかは分かりません。また、NeuroD1の導入方法も検討すべき重要なポイントです。
まだまだ基礎的な成果ではありますが、心から期待している研究のひとつです。
今日はここまでです。
このように、再生しないと言われていた神経細胞についても研究が進んでいます。これらの成果もアカデミア研究者が、ポジティブなデータ、ネガティブなデータを繰り返し積み重ねた基礎研究の結果です。バイオの研究が創薬のターゲットとして見出されるまでに10年から20年かかると言われています。
私たちがサイエンスに興味を持つことが、彼らの研究を後押しするための最初の一歩だと思います。この記事がそのきっかけとなると嬉しいです。
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サイエンマニア
#25. 脳の中の免疫って考えたことはありますか?[脳と免疫①]
#26. 免疫のシステムと脳の炎症[脳と免疫②]
#27. 脳で炎症を見つける犯人をどう見つけるか?[脳と免疫③]
#28. 脳科学のこれからと、「科学」と「社会」の架け橋[脳と免疫④]
研究発表ほか
1. 血液脳関門
2. ペリサイトやアストロサイトはBBBの安定化
3. 関連分子パターン(damage associated molecular patterns, DAMPs)
4. 脳梗塞における炎症励起・収束メカニズム
5. 脳梗塞後に働いているシグナル伝達分子の役割を解明(2019年、長崎大学)
6. 「脳内炎症」を引き起こす新たなタンパク質を発見(2021年5月、東京都医学総合研究所)
7. 新規開発したゲルを用いて脳の神経組織の再構築に成功(2023年2月、北海道大学)
8. ダイレクトリプログラミング
9. ダイレクトリプログラミング法を用いてヒト肝前駆細胞を作製することに成功(2023年10月、九州大学)