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ベリンダ・ハズナガンの特別な朝

 裏庭の木の上でがなり立てる2匹の鳥の笑い声でベリンダ・ハズナガンは目が覚めた。上向きに少し開けてあるブラインドから覗く外の色はまだ濃紺である。もう少しすると他の鳥たちも囀り始めて、やがて朝がくる。

 夜明け前のひんやりと澄んだ時間と色を彼女は好んでいた。研究室での実験や解析、海での探索などに夢中になってしまうとどうしてもこの時間にベッドにいることは難しい。だから今朝はベリンダ・ハズナガンにとって例外という特別な朝である。

 そんな特別な理由から、今朝の自分が昨日までの自分とは全く『別様』になってしまったことに彼女は暫く気が付かなかった。

 ふんわりとした枕の上でとろりと瞼を閉じ、窓から聞こえてくる鳥の声に耳を傾ける。普段のアグレッシブな時間とは異なるゆるい流れ。違った幸せ。段々と近づいてくる春は、明け方の気温を少しずつ上昇させていく。ベッドの中で片足を動かし、ひんやりとしたところを探す。ベッドの中を泳ぐように掌の感触を楽しむ。そしてまた夢の中へととろりと落ちていく。

 川の中を泳ぐ。スイスイと泳ぐ。それはそれは気持ちよく泳いでいた。と、急に川の水が両手足に纏わりついて動きを制限してくるのを感じた。…?物理的な抵抗…?引っ掛かり…?
そんな感触が気になって目が覚めた。持ち越した感覚が「なんだ?」という言葉を口にさせ、それがぼんやりとした意識に違和感と不安を運び込んだ。耐えきれずガバッと彼女は起き上がった。被っていた羽根布団は中央付近できれいに2つ折りになった。手元に視線を落とす。そして掌を見る。目に入った両掌はぶよぶよと白かった。裏返した手の甲は鮮やかな緑色だった。

 「なんだ?」と再び言葉にしたが、その音は間違いなく「グェコ?」である。慌ててクローゼットに取り付けられた大きな鏡に顔を向けた。ベッドに起き上がった大きな蛙がこちらを見ている。

 眉間に皺を寄せて目は左上の方瞼裏にぎゅっと寄せられて暫く考えたのち蛙は「グェコグェコ、グェコ」と言った。これはベリンダ・ハズナガンの耳には「疲れているから今日は休もう」と聞こえた。

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