日本の大学でのグリーンナッジの取り組み:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(國枝美佳先生)
日本の大学でのグリーンナッジをご紹介するシリーズ、今回は、2022年11月に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで行われた「Green Nudgeathon(グリーンナッジコンテスト)」についてご紹介します。
Green Nudge(環境配慮行動を促進するナッジ)は、国連環境計画(UNEP)から大学キャンパスでのグリーンナッジガイドブックが発行されるなど、ナッジの分野の中でも注目されている分野の一つです。今回ご紹介するグリーンナッジコンテストは、國枝美佳先生が担当する慶應SFCの「実験行動経済学演習」で実施されました。
学生たちは、行動経済学上のバイアス(人間の思考の癖)を学んだ上で、数人のグループに分かれて、キャンパス内での環境配慮行動を促進するポイントを調査し、実際にキャンパス内で環境配慮行動を促すための仕掛けを考案、設置。このナッジの一連のプロセスを、効果検証まで含めて7週間という短期間で実施しました。
本記事では、2022年11月14日に行われた最終報告会の様子をご紹介します。
最終報告会では、各グループのメンバーから、それぞれのグループでの実践について発表がありました。発表内容を抜粋してご紹介します。
なお、メンバーは留学生が半数以上であり、発表は全編英語で行われました。
グループAの発表
テーマ:飲み残しのない状態でペットボトルを捨ててもらう
背景:ペットボトルに飲み残しがある状態でごみ箱に捨てると、飲み残しを適切に処理するために清掃員に追加の手間がかかってしまうため、適切なごみ処理が望まれる
ナッジ:ペットボトルを空にして潰した状態でないとごみ箱に入れられないように、投入口を加工する(Easyナッジ:物理的環境の変更)
結果:前後比較を行ったところ、ある程度潰した状態のペットボトルごみも見られたが、有意差はなかった。ナッジが壊されてしまったことも何度かあった
考察:①ホット飲料用のペットボトルは厚みがあり潰しにくい(季節的要因)、②ナッジのSquish it(つぶして)が「廃棄するペットボトルを潰すこと」だと伝わらずに、設置したナッジ自体を潰すという意味に取られてしまった可能性がある
グループBの発表
テーマ1:学生食堂での食品ロス削減
ナッジ:
①食品ロスの認知を高めるポスター
②少なめメニューを明確に掲示(Easyナッジ)
③残飯廃棄用のごみ箱の下に計量計を設置→自分の廃棄量をフィードバック
結果:前週同日と比較して食品廃棄量が3kg(約14%)減少した
テーマ2:ごみ分別促進
行動調査:キャンパス清掃員にインタビュー調査を実施。本来捨てるべきでないものや危険物(缶詰や電池、針など)が捨てられていたり、飲み残しが含まれたペットボトルが捨てられている。危険物は怪我をするなど事故につながったり、飲み残しペットボトルごみの処理には40-50分余分に時間がかかってしまう
ナッジ:
①ごみ種別と捨ててはいけないものをわかりやすく伝えるポスター(日英併記)(Easy)
②講義棟内でのごみ箱の位置とごみ種別を視覚的に示すポスター(Easy)
③ごみ分別がなされないと追加でかかる作業時間や様子がわかる写真(Social: 互恵性)
結果:ナッジ介入1週間後に、再度清掃員にインタビューを実施。危険物等の捨ててはいけないものについては改善が見られたが、飲み残しペットボトルについては依然捨てられている
改善策:飲み残しを捨てる設備をごみ箱の横に設置するなどが考えられる
グループCの発表
テーマ:講義室の消灯
ナッジ:消灯を促すポスターを講義室の照明スイッチ部分に設置
手法:事前に講義後の部屋の消灯状況を調査し、特に点灯がよく確認された4つの講義室に対して介入を実施して、前後比較を実施
結果:介入後、点灯しっぱなしの教室は10%程度減少した(消灯率:84%→95%)
グループDの発表
テーマ:使い捨てプラスチックスプーンの削減
ナッジ:食べられるスプーン(1本80円:味は5種類)の販売
結果:「使い捨てスプーンの代わり」として訴求すると、スプーンにしては金額が高いという反応だった。「ヘルシーなお菓子で、スプーンとしても使える」と訴求したところ、反応が良かった(参照点の変更)
グループEの発表
テーマ:キャンパスでの飲用水ペットボトル本数の削減
行動分析:キャンパス内のコンビニエンスストアでの飲用水ペットボトルの購入数は週に約280本。講義棟に冷水機が設置されているものの、あまり知られていない。冷水機及びマイボトル利用意向は非常に高い(88%)
ナッジ:①コンビニエンスストアに、無料の冷水機の使用を呼びかけ、設置場所を知らせるポスター(Easyナッジ)を掲示
結果:介入前270本、介入後257本。改善策として、ポスターサイズを大きく(A4→A3)、設置箇所を示すマップに冷水機の写真を追加したものを考案
今後、可能性のある介入:
①ペットボトルと水筒の費用比較を通じて水筒の使用を呼びかけるポスター(Timely: 将来的利益の具体化)
②冷水機が通路から見えない位置に設置されているため、設置場所を移動(Easy: 物理的環境の変更)
5グループの発表は2時間にわたり、その後、EASTの各要素をどの程度活用していたかによって審査が行われ、見事グループBが優勝しました。
國枝先生へのインタビュー
本取組について、國枝先生にお話をお伺いしました。
ー授業はどのように進められたのでしょうか?
まずは、学生たちに行動経済学のバイアスや、ナッジを立案するプロセスを「グリーンナッジミニガイド」も使いながら、学んでもらいました。
そして、学生の興味関心に基づいて3〜4名ずつのグループに分かれ、学生が自分たちで現場の下見をしたり、店員へのインタビューで情報収集しながら、取り組みのターゲットとなるペルソナやペルソナの行動分析、ターゲットに響くナッジの開発をチームで行いました。実際に管理部署や生協の担当者と調整して、ナッジ介入を学食や講義棟の教室や廊下、ごみ箱などに設置させてもらって、ナッジの効果検証を行いました。
そして、授業の最終回では、学内外から4名の方を審査員としてお招きし、学生たちの取り組みを評価してもらうことにしました。
ーナッジソンは非常に盛り上がりましたね。各グループ、それぞれいろいろな工夫が見られました。
はい、それぞれのグループが課題特定、行動分析、介入案作成、効果検証、とプロセス通り実施してくれました。グループによっては大幅に発表時間を超過してしまいましたが(笑)。
それぞれのグループで、ごみの分別、食ロス、使い捨てペットボトルの使用抑制、紙のリサイクルの促進、照明の消灯など、さまざまなテーマを扱ってくれました。
「ペットボトルに飲み物を残した状態で捨てないためのナッジ」「学生食堂での食べ残し削減ナッジ」「キャンパスに設置されている冷水機の活用促進ナッジ」など、「環境」というテーマから、キャンパスで実際に見られる具体的行動に焦点をあて、具体的な介入に結びつけ、実践してくれたことには手応えを感じました。
消灯に関しては、学生たちが講義後の教室の消灯状況を実際に調査したところ、点灯しっぱなしの講義が特定の科目に偏っていたりと、ちょっと面白い発見もありました。きっとその講義を受け持つ先生方はこれからは消灯に気を付けてくれると思います。多くの講義後には消灯されていて、消灯していないのは少数派だということがデータでわかったと思いますから(笑)。
ー先生たちにも良いナッジになりましたね(笑)。また、慶應SFCは留学生が多いため、一般的な日本の学校とは違った視点もありましたね。
例えば、適切にごみ分別をしてほしいと言っても、適切な情報提供(例えば英語での併記)がなければEasyではないということになります。今回、当事者でもある学生たち自身の目線から現状を見たことで気付かされた点も多いのではないかと思います。
ー今回の取組の中で一番感銘を受けたのは、プロジェクトの実施にあたり、学生たちが自ら関係者(例えば、キャンパスの清掃員や施設管理を行う部署など)と関わり、彼らにヒアリングしたり、あるいは掛け合ったりして、行動の原因を探ったり、自分達の考えたナッジを実際にキャンパスに設置して、効果検証まで行ったところです。
はい、事前に少し相談はしていましたが、学生たちに主体的に動いてほしかったので、学生たち自らで関係性を作ったり、調整を行うことも重視していました。
実際に社会に出て、自分達が何かやろうと思えば、そのような調整能力というのは必須です。その過程で、やろうと思っていた内容ができなかったり、変更せざるを得ない場面もたくさんあったようですが、実際に社会で実装していく際にはそのような調整はつきものですので、それを乗り越えた上で何ができたのか、という点も重要だと考えていました。
ー今後はどのような取り組みを考えていますか?
この授業は必ずしも毎年開催されるわけではありませんので、次にどうなるかはわかりません。しかし、大学キャンパスの中で実際にナッジによる行動変容に取り組んでみることは、大学生だからこそできることでもありますし、また、大学自身もよりサステナブルになっていく必要があると考えているので、こうした学生の取り組みから変化が生まれていけばと考えています。
ー今回は、貴重なお取り組みについてお話を聞かせていただき、ありがとうございました!
後記
今回は、最終報告会に外部審査員として参加しましたが、2時間にわたる学生さんたちの発表の熱気に驚くと同時に、とても頼もしく感じられました。
全体として、短期間で行動分析〜介入案の作成〜検証を実践された様子が素晴らしく、また、学生さんたち自身が実際の介入で最も手間のかかる現場(管理部署等)との調整を実践したことに感銘を受けました。
なかには、介入で用いた資材が壊されてしまったりと予想外の出来事の報告もありましたが、「グリーンナッジミニガイド」にもあるとおり、介入が逆効果となったり、思いもしない別の行動に影響を与えることはあるものです。
事前の十分な想定も必要ではありますが、実際にはこのように現場に出ないとわからない反応もありますので、それを含めて非常に学びのある実践だったのではないでしょうか。
サステナビリティは今後も非常に重要なキーワードであり続けると思います。ぜひ、大学、それから、小・中・高校などでも「グリーンナッジ」に取り組んでみてください!
(構成・執筆・写真撮影:ポリシーナッジデザイン合同会社 植竹香織)
(写真・資料提供:國枝美佳先生)
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