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日本の自治体でのナッジの広がり⑤:浅田昌宏さん(岡山県倉敷市)

 日本の自治体におけるナッジの実践をお伝えするシリーズ、今回は、2021年度に岡山県倉敷市で行われた「消防署節電ナッジ実証プロジェクト」について倉敷市消防局の浅田昌宏さんにお伺いします。


担当者 写真

浅田昌宏さん 大学卒業後、2003年に倉敷市消防局に入庁。倉敷消防署、水島消防署、予防課を経て2016年より、消防総務課に配属。人事担当主任、装備品担当主任を歴任し、現在は総務係長。消防局全体の運営に係る財務や施設管理から企画事務に従事。


庁舎


ー消防署での節電ナッジと言いますと、これまで類似の事例もなく非常に新しい取組ですが、どのようなきっかけでこの取組を行うことになったのでしょうか?

 消防署は、市民の安全を守る非常に重要な施設の一つです。消防署、分署、出張所と庁舎規模の違いがありますが、いずれの施設も24時間対応であることが特徴です。つまり、24時間を通して照明や機器が利用されているため、そこでエネルギーを適切に利用することは、地球温暖化対策の観点からも行政コストの削減という観点からも非常に大きな意味を持っています。 

 とはいえ、消防署の本業は市民の安全を守ること。また、消防署員は緊急事態にも冷静かつ適切に対処することが求められ、ストレスの多い仕事としても知られています。そのため、本業に影響がなく、職員たちに過度な負担をかけずに省エネを実現できる方法を探っていました。


防火服のロッカー

 

 エネルギーコストを削減する方法としては、LEDなどの高効率省エネ機器や、自動消灯システムなどの導入も考えられましたが、実際に設置できているのはほんの一部分のみで、当時の状況だとさらなる追加設置は予算面で実現が難しい状態でした。

 また、一般的な節電対策としては、節電等を呼びかけるポスターはすでに庁舎に掲示されていましたが、何か他のアプローチがないだろうかと考えていたところでした。

クールビズポスター


 そんなとき、以前受けたナッジ研修のことを思い出し、ナッジによる節電行動促進が考えられるのではないかと思い、岡山県版ナッジ・ユニットに相談しました。

 そして、節電行動を促進するナッジの知見を持つ糸井川高穂先生(宇都宮大学)とポリシーナッジデザインをご紹介いただき、共同研究という形でこの取り組みをスタートすることになりました。


ー業務の性質や予算面の制約、これまでの取組内容も踏まえて、ナッジに新たな可能性を見出されたのですね。具体的には、どのようにプロジェクトは進んだのでしょうか。

 プロジェクトは、2021年4月から始まりました。新型コロナウイルスの影響で、行動制限がかかっていたために、打ち合わせや施設の説明なども全てリモートで行いました。


 まずは、消防庁舎の現状をご説明しました。その後、効果のありそうなナッジの種類を特定するために、職員に対するアンケートを実施してもらいました。


 その結果、直感的かつビジュアル的な訴求が効果がありそうだということがわかり、糸井川先生にその要素をふまえたナッジを作成いただきました。


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設置されたナッジの一例 出典:糸井川, 駒場, 植竹, 岩上, 浅田(2022)


ーかわいらしいキャラクターで、従来の「節電呼びかけ」とは一味違いますね。職員の皆さんの反応はいかがでしたか。

 職員に対してのナッジに関する詳しい事前説明は行いませんでした。職員が”調査されている”という先入観を持つことで、プロジェクトの結果に影響が出ることを避けるためです。

 そのため、「何これ?」「誰が書いたの?」「なんか消防総務課が変わったこと始めたね。」と反応は様々。

 ただ、表示の意味が分かるかと職員に尋ねると、「意図していることはわかるよ、照明切ったり、エアコンの温度を下げ過ぎるなってことでしょ?」といった反応でした。


大変だった点や、苦労された点はありましたか。

 本プロジェクトについては、消防本部の幹部に理解をしてもらっていましたので、幹部から各所属長への事前説明等もあり、消防総務課長名での依頼文にも各所属がスムーズに対応してくれ、事務作業以外に大きな労力はありませんでした。

 結果を正しく計測できるよう、データの計測機器の設置場所やナッジの掲示タイミングには気をつけるとともに、各署の担当者とよく連携を取ることを心がけました。

   強いてやりにくかった部分を挙げるならば、ナッジプロジェクトということをはっきり言わずに、ナッジプロジェクトを進めるといった点でしょうか。


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設置されたナッジやセンサ                         出典:糸井川, 駒場, 植竹, 岩上, 浅田(2022)


ー実証実験はどのように進めましたか。

12の消防署・分署・出張所を、次の3つのグループに無作為に分けました。

庁舎の規模を考慮し、1つのグループあたり、1消防署、1分署、2出張所といった構成にしました。


1)対照群(何も設置しないグループ)
2) 介入群1(ナッジを設置するグループ)
3) 介入群2(ナッジを設置するグループ)

ナッジを設置した箇所に照度計や人感センサを設置し、「人がいないのにも関わらず電気が点灯されている状態」がわかるようにしました。そして、データからその状態がどのくらい続いているのかを読み取り、各群で比較しました。


ーナッジの効果はいかがでしたか?

糸井川先生たちに検証していただいたところ、次のことがわかりました。

スクリーンショット 2022-08-17 14.37.27

ナッジを設置した群と設置しなかった群とを比較すると、


・ナッジの設置により、不在時の消し忘れは設置前の44%に減少した。退室時の消し忘れを低減したと言える。


・ナッジの取り外しにより、不在時の点灯回数はやや増加(設置前の63%)に転じた。


・ナッジの設置により、平均的な連続点灯時間に大きな違いはなかった。まれに生じる長時間の不在時点灯が、平均的な不在時点灯時間を押し上げた。


ーなるほど、たまに起こる長時間の消し忘れが影響して連続点灯時間そのものにはあまり変化がなかったものの、消し忘れ回数自体は半減したんですね。

 はい、基本的には消し忘れがないようにしてくれたと思いますが、たまに起こってしまう長時間の消し忘れの対策が必要だと感じました。

 ただ、これは後日談になってしまうのですが、たまに起こる長時間の消し忘れには、とある事情が潜んでいました。これは、ナッジプロジェクト終了後の2022年8月、行動制限のないタイミングで、糸井川高穂先生チームによる現地視察が行われ判明したことです。

 消防庁舎には通信室と呼ばれ、常に職員が常駐する部屋があります。この部屋については、深夜時間帯であっても2時間ごとのローテーションにより通信勤務を行います。通信勤務中は、着座により無線対応、事務作業等を行います。特に深夜時間帯であれば、出動指令がない場合は、次の通信勤務員が来るまでほぼ2時間着座のままということがほとんどです。

 つまり、この深夜時間帯の通信勤務が、人がいるにもかかわらず動きがないため人感センサーが反応せず、長時間の消し忘れとしてデータに計上されていました。もちろん、すべての消し忘れが深夜時間帯の通信勤務というわけではないものの、この事情を考慮すると連続点灯時間の検証結果にも多少の違いが生じていたであろうと推測されます。


 また、ナッジ取り外し後はやや消し忘れが増えてしまっていることから、消し忘れ抑制の効果の定着のためにはラベルを引き続き掲示することが望ましいと考えられます。


ー人の動きが少ない時間帯が「長時間の消し忘れ」にカウントされてしまっていた可能性があり、もしかしたらもっとナッジ効果が高かったかもしれないということですね。今後は、どのような取り組みを予定されていますか。

 今回の実証実験は、合計で6週間程度と短期間なものでしたが、このようなタイプのナッジが一定の効果があることがわかったので、より長期間掲示することでさらに効果が見込めるのではないかと考えています。ただ、余り長期化し過ぎると、慣れによるナッジ表示の無力化(馴化)も懸念されます。数パターンのナッジを作成し、定期的な更新が必要であると感じています。


 今回の調査対象である夏場の電気使用量は、気温の影響を大きく受けるため、なかなか年度ごとの比較というのは難しいところがあります。しかし、調査結果からもわかる通り、消防庁舎の節電にはナッジが有効に機能するということがわかったのは大きな収穫です。


―今後の展開もとても楽しみです。今回は大変貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました!


<後記>

今回は、消防署での節電ナッジについてご紹介しました。

環境行動の促進には、ハード面とソフト面の両面からの対策が肝要だと言われています。ハード面の整備は非常に重要ですが、その実現には一定の時間やコストを要します。その中で、ソフト面からの対策として、ナッジは低コストかつストレスの少ない手法として環境行動の促進に有効であることがわかりました。

2022年夏には政府による節電要請が行われ、今後も節電要請が続く可能性が示唆されています。

ちょっとした仕掛けで自発的な行動をもたらすナッジ、皆さんもぜひ職場や家庭で活用してみてはいかがでしょうか。


参考文献:糸井川高穂, 駒場みなみ, 植竹香織, 岩上竜也, 浅田昌宏(2022)「スイッチ近傍への情報設置による不在時点灯時間の短縮化」BECC JAPAN2022発表資料


(写真提供:倉敷市消防局)

(構成・執筆:ポリシーナッジデザイン合同会社 植竹香織)




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