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日本の自治体でのナッジの広がり⑥:安倍隆さん(北海道情報大学)

 日本の自治体におけるナッジの実践をお伝えするシリーズ、今回は、2021年度に北海道情報大学で行われた「大学キャンパス内のコンビニエンスストアにおける食品ロス削減ナッジプロジェクト」について、北海道情報大学事務局長(当時)の安倍隆さんにお伺いします。

本プロジェクトは、北海道情報大学をフィールドに、えべつ地球温暖化対策地域協議会が主体となり、北海道行動デザインチーム(HoBiT)、宇都宮大学糸井川高穂先生、ポリシーナッジデザイン合同会社により実施されました。

安倍隆(あんばい たかし)さん
1963年福島市生まれ。現在は、北海道情報大学 常務理事。専門はICTを活用した教育システムの開発やインストラクショナル・デザイン(授業設計理論)、グリーンITなど。業務のかたわら、北海道温暖化防止活動推進員やえべつ地球温暖化対策地域協議会(会長)として、地域の環境保全・環境教育活動やゼロエミッション・アーティスト(自然への負荷がないアートの制作者)として活動中。

 食品ロスとは、売れ残り、規格外品、返品、食べ残しなど、本来食べられるのに捨てられている食品のことです。食料生産に伴い多量のエネルギーが消費されるうえに、ごみ処理経費がかかり、またその過程で廃棄の際に運搬や焼却でさらに余分なCO2を排出するなど、食品ロス対策はSDGsの目標の一つにも掲げられ(SDGs12 つくる責任つかう責任)、世界的にも対策が急務とされています。

 食品ロス対策としては、大きく分けて、各家庭で発生する食品ロスの対策と、事業活動(食品製造、卸売、小売、外食)に伴う食品ロスの対策があります。

 本プロジェクトでは、北海道情報大学の学生が、事業活動(小売)に伴う食品ロスの課題に行動科学の観点から挑みました。


ーこの食品ロス削減ナッジの取り組みは、どのようなきっかけで行うことになったのでしょうか?

 私は元々環境行動の促進に関わっていましたが、行動を始めるハードルの高さが課題だと感じていました。私が事務局長を務めている北海道情報大学には、デザインを学んでいる学生たちが多くいます。ナッジは、ちょっとしたデザインの違いで行動を変えることができるので、学生たちが今後社会でデザイナーとして活躍していく上でも重要な考え方だと思っていました。そこで、教員や学生たちを巻き込んで環境行動を促すナッジをデザインできたら、環境行動促進と学生たちの経験の双方に有意義だと考え、北海道行動デザインチーム(HoBiT)や糸井川先生、植竹さんのサポートを得ながら実証実験を実施することになりました。


ープロジェクトはどのように進みましたか?

 まずは、私が食品ロスの現状や問題点などについて解説を行ったあと、倉野さんをはじめとする北海道行動デザインチームの皆様に大学まで来ていただき、ナッジについての基礎的なセミナーを実施していただきました。主に環境分野でのナッジについて、現状や海外事例をふまえ、分析〜考案〜検証のプロセスについて講義いただきました。

 次に、糸井川先生、植竹さんにナッジワークショップを実施していただきました。ワークショップでは、具体的なケーススタディを通じて、
①行動をプロセスごとに細分化
②行動を阻害する要因の検討
③行動を推進する要因の検討
④ナッジ案の考案
という流れを教えていただきました。

ワークショップを受講する学生たち


 その後、学生が自分たちで現場の下見をしたり、店員へのインタビューで情報収集しながら、取り組みのターゲットとなるペルソナやペルソナの行動分析、ターゲットに響くナッジの開発をチームで行いました。アドバイザーの皆さんからフィードバックをもらい、実際に実施可能な案を絞っていきました。

それぞれのPCで作業する学生たち
学生たちが検討したペルソナシート


ー学生たち自身がターゲットだったので、行動のボトルネックを考えるのもスムーズでしたね。大人には思い付かないような視点もあったりしましたね。

 本当にそのとおりで、ターゲットそのもの、またはターゲットに近い人がナッジを考案することの重要性を感じました。私たちではいくら推測したり話を聞いてもその感覚や行動原理自体はトレースできないわけですから、行動変容を促したい当事者の関与が重要だと感じました。

 ワークショップでは3つほどのアイディアが出ましたが、店舗側の負担やオペレーションなどの実現可能性も踏まえ、最終的には「学生の描いたオリジナルキャラクターのイラストのシールを賞味期限間近の商品に貼り付ける」というナッジを採用することになりました。

消費期限間近のパンに貼られたナッジシール


大変だった点や、苦労された点はありましたか。

 実は、当初はレストランでお客さんの食べ残しを減らすためのナッジを想定していました。しかし、そちらは事情で難しくなってしまったため、ご縁のあった学内のコンビニエンスストアにて、賞味期限切れで廃棄される食品を少しでも減らすためのナッジを検討することになりました。

学内のコンビニエンスストア

ー実証に協力してくれる場所やパートナーを探すのは、プロジェクトの過程でも骨の折れるところですね。実証実験はどのように進めましたか。

 お店にご協力いただき、ナッジ設置前の2週間と、ナッジ設置中の2週間の食品廃棄物のデータを提供いただきました。

 ナッジ設置中には、シールを食品に貼り付けるなどの作業をスタッフの方にご協力いただきました。

 合わせて、この取り組みを知らせるポスターを店内と学内に貼りました。

食ロス削減キャンペーンを知らせるポスター


ーナッジの効果はいかがでしたか?

 得られたデータを分析したところ、ナッジ設置前と比較して、ナッジ設置期間中に有意に食品廃棄物が減ったという結果は得られませんでした。

 今回の検証は、検証期間が限られていたこと、対照群が準備できなかったために厳密な検証が難しかったという限界がありました。

 また、実施後の時期は、コロナの拡大でリモート授業が多くなり、登校する学生の数が減ってしまったのも理由かもしれません。

 しかし、アンケートでは好意的な声も見られました。食品ロスへのアプローチとして新鮮に感じたという声や、実際にイラストが魅力的だったので購入したという声もあり、学生たちも大変励みになったようです。

出典:えべつ地球温暖化対策地域協議会報告書


ー実施前と実施後の比較だと他の要因の影響を排除できないという弱点もありますが、アンケートで良い反応があったのは収穫でしたね。今後は、どのような取り組みを予定されていますか。

 学生たちは意欲を持って短期間でナッジの方法や設計を進めてくれ、本人たちもやりがいを感じたようです。また、その様子を見ていた教員からも評価いただきましたので、学生たちによるグリーンナッジの取り組みはぜひ何らかの形で発展させていけたらと考えています。

 また、個人的には、今回参加した学生自身がプロジェクトを通じて食ロスに興味を持ってくれて、プロジェクト終了後にもスーパーで食ロスが気になると言っていたことを嬉しく思いました。ナッジプロジェクトに取り組んだこと自体で行動変容が起きたと言えると思います。

 今回の教訓として、協力者との調整を早いうちから行うことが挙げられます。今回は幸いにも店舗側のご理解でご協力いただけたわけですが、ナッジの実装にあたっては、設計段階から協力者のリソースやコストにも十分配慮する必要があると感じました。十分な検証期間や検証セッティングが取れれば、考案したナッジの効果をさらに正確に検証できるので、より良い施策につなげることができます。

―大学キャンパスでのグリーンナッジは国際的にも注目されている取り組みですね。今後も素晴らしい取り組みを期待しています。大変貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました!


<後記>

今回は、大学キャンパスで学生たちにより考案されたグリーンナッジの取り組みについてご紹介しました。

大学生が自ら行動デザイン、ナッジの具体的な手法やメソッドを身につけ、大学キャンパス内での環境問題への解決策を考え、実践し、効果を検証するーこの一連の流れ自体が研究活動そのものであり、また、学生たちにとっても環境問題への新たなアプローチとして良い経験になったのではないかと感じました。

 大学キャンパスでのナッジを使った環境行動促進といえば、国連環境計画(UNEP)のグリーンナッジプログラムでも推奨され、各国の大学で活発な取り組みが広がっています。


このように行動科学を用いて身近な問題の解決を目指す"学生ナッジユニット"のような存在が、小学校、中学校、高校などでもクラブ活動やサークル活動として行われる・・・そんな未来を予感させる取り組みでした。

今後も、子どもxナッジ、学生xナッジに注目です!


(写真提供:北海道情報大学)
(構成・執筆:ポリシーナッジデザイン合同会社 植竹香織)

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